第四十話 大学へ
朝起きて、向こうのベッドでサトラが寝ていることに安心する。
昨日出て行かれそうになったから、確認するまでどこか不安だった。
これなら、勝手にいなくなることはないだろう。
お礼に美味しい食事を作ろう。
⋯⋯やっぱり、ご飯と味噌汁になるけど、変わらないのはいいことなので問題はない。
サトラがこれを家庭の味だと思ってくれたら嬉しい。
美味しそうな匂いが漂ってきた。料理は順調だ。よしよし。伊達に一人暮らしを続けてないぜ。
『ん。いい匂い。』
「サトラ?!」
いつの間にかサトラが起きてきていて、俺の隣で鼻を鳴らしていた。
全然気づかなかった。さすがレベル666だ。
「もう少しできるからちょっと待ってて。」
『わかった⋯⋯。』
ちょっと不満そうだ。お腹が空いていて今直ぐ食べたかったのだろう。
「美味しいのができるから。」
『うん。楽しみにしてる。』
見るからに機嫌が上向いて、彼女はダイニングの方に戻っていった。
少しだけ残念だ。見てくれてていいんだけど。
⋯⋯ この前は気恥ずかしさがまさっていたけど、今はできるだけ一緒にいたい。
俺もなかなかわがままだな。
ほどなくして料理は完成した。
机に運ぶ俺の姿を見て、サトラの瞳が輝く。
全くわかりやすくて愛おしい。
配膳する。サトラは待ちきれない様子だが、ちゃんと我慢している。
「召し上がれ。」
『いただきます。』
箸を上手に使いこなして、サトラはご飯を口に運ぶ。
来た頃は苦戦していたけど、もうすっかり慣れたようだ。
適応力が凄まじい。さすが最強のレベルを持つ少女だ。
俺の料理も気に入ってくれているようで何より。
食べ終わった。
サトラは満足そうにお腹をさすっている。可愛い。
「今日は大学に行かなくちゃならない。サトラは待っててもいいけど⋯⋯。」
『嫌。直方を一人にするのは不安だもん。』
「わかったよ。」
頼りないと思われているのは癪だけど、気にかけてくれるのは素直に嬉しい。
なんとも複雑な気持ちだ。
何はともあれ、彼女も着いてくることになった。
今日は活動的な服装をしている。
随分と動きやすそうだ。褐色の肌が随分とたくさん露出していて、目に毒なのが玉に瑕。
露出している部分はデコルテっていうらしい。この前、彼女と服を買いに行った時に聞いた。
とはいえ、さすがに視線を集めすぎると思うので、適当なジャケットを着せた。
露出が減ったので過剰な注目はされないはずだ。
外に出ると、見通しが甘かったことに気づいた。
上半身に注目する人はあまりいなかったが、その代わり彼女の下半身がどうしようもなく視線を集めた。
パンツの丈が短すぎた。ホットパンツというやつだ。
それは彼女の肉感的でむっちりとした太ももの魅力を遺憾なく発揮させた。
⋯⋯ 今更仕方ないけど、今度からは気をつけよう。
大学までは地下鉄を一回乗り換えれば着く。
夏休みの間は一度も行っていないので新鮮といえば新鮮だ。
私立敷島大学。
歴史としては戦後からに過ぎないが、大企業の肝煎りで設立したこともあって、早慶と並ぶ私学の雄だ。
ここに入れたからこそ、俺は田舎から東京に越してくることが出来た。
ここでの暮らしは気に入っているし、今はサトラもいる。
大学生という都合のいい身分を手放すのは惜しかった。
戦後に建てられただけあって、質実剛健なコンクリート造りの建物が多い。
近代的なガラス張りのもいくらかあって、最先端研究でもやってそうな雰囲気を醸し出していた。
ゆるい研究室に配属されたので、本当のところはどうだか知らない。
聞くところによると、ノーベル賞一歩手前の研究が何個もあるらしい。
ええと。教務課はどこだったっけ。
そこで振り込み手続きさえ済ませてしまえば、今日の用事は終了だ。
余裕を見て午前中に出てきたからよっぽどのことがない限り大丈夫なはず。
振込手続きくらいネットでできるようにしていてほしいんだけど。
時代遅れだ。
まあ、ぼやいてみても始まらない。
相変わらず視線を集めるサトラの姿を隠すようにして、俺は道を急いだ。
銀杏並木を抜け、講堂の横を通ったら、その先にある背の高いビルの三階に目的地はある。
不思議と、建物の中に入ると人の気配は減った。
いつもならもう少したくさんの人が行き交っていたように思うけど。
違和感を覚える。
たまたまかな。
視線が少ないのはいいことなので気にしないことにした。
エレベーターを使って三階へ。
なんとなく、サトラがピリピリしているようだ。
気になったので尋ねてみた。
「サトラ、どうかしたのか?」
『嫌な感じ。誰かが狙っているみたい。』
サトラが言うならそうなんだろう。
「どこから?」
『わからないけど、殺気を感じる。」
彼女に気配を悟らせないとはなかなか手強そうだ。
⋯⋯あと少しで今日のミッション達成なのにな。
まあ、まだ午前中だしなんとでもなるか。
『来る。』
彼女がそう言うと同時に、たくさんのことが起こった。
まず、どこかで見覚えのある軍人制服を着た女性が突然目の前に出現した。
ついで彼女の指先から短剣が三本放たれ、俺の眉間を狙った。
視認するかしないかで、サトラが俺を抱えてその場を離脱した。
具体的には、窓の外に。
ガラスが割れて、体が宙に投げ出される。




