第三十九話 一緒にお風呂?
買い物をしていたら思っていた以上に時間が経っていた。
そろそろ帰って料理を作るのが面倒になる時間帯だ。
臨時収入も入ったし、外食するか。
料理上手い人を目指してたはずなのに、なかなか料理しようとしてないな⋯⋯。
反省してます。でも今日は許して。昨日の疲れが残っている気がするし。
朝ごはんは作ったからセーフ。そう思い込もう。
レストランに入った。
夕方のレストランは書き入れ時でファミリーやカップルの客で賑わっている。
サトラはキョロキョロと辺りを見渡している。
どことなく嬉しそうだ。
やっぱりご飯を食べるシチュエーションが一番好きらしい。
食いしん坊なの可愛いな。
隣の席に座っていた女性同士の声が大きくて、耳に入ってくる。
制服から見るに、高校生みたいだ。
「距離の詰め方? あいつ堅物でしょー。難しいよねー。」
「だからこそ何かないですか?」
「えー。どうしよっかなー。」
「意地悪は良くないです。」
「仕方ないなー。そうだね。裸の付き合いとかいいでしょ。」
「くっ、詳しく!」
「その彼氏くんがお風呂に入ってる時にね。いきなり風呂に入るんだよ。」
「恥ずかしいです。」
「もちろん水着は着るの。彼ともっといい関係になりたいんでしょ? なら躊躇っちゃだめだから。」
「なるほど⋯⋯。」
恋愛相談らしい。
大人し目の女子高生が活発そうな子に相談を持ちかけている。
微笑ましい。⋯⋯美人さんなので彼氏が羨ましくもあるけど。
聞き耳を立ててたら、注文した品が到着した。
「っと。いただきます。」
『⋯⋯⋯⋯。あっ。いただきます。』
あれ?今、食いしん坊のサトラがいただきますを言うの遅れたぞ。
どうしたんだろ。何か気になることでもあったのかな。
ちょっとひっかかったけど、結局美味しそうに食べ始めた彼女が幸せそうだったので眺めているだけで気にならなくなった。
⋯⋯俺、サトラを眺めているだけで充足するな。
生きる上で必要なすべてはここにあるのかもしれない。
世の中の真理に気づいてしまった。
とはいえ、充足だけしておくわけにもいかない。
食べ終わったら家に帰って、明日は大学にお金を払う手続きをしに行かないと。
約束どおりアイスも注文する。
サトラは口に運んでは悶えていた。
一気に食べるより、一口ずつ食べる方が美味しいことに気づいたらしい。
その贅沢をじっくりと味わってほしい。
いつの間にか子供を見守る親のような心境になっている。
そういう愛で方もあるよね。
●
家に帰る。
昨日と同じようにお風呂に先に入るようにとサトラに言われた。
疲れているか疲れていないかでいうと、やっぱり当然疲れているのでありがたく受け取ることにした。気遣ってくれるのは嬉しい。
昨日のようにいつの間にかいなくなっていないかが少し不安だけど、あそこで思いをぶつけたんだから、大丈夫だと思う。
そんなことを考えながら、体をお湯に沈めた。
考えることといえばサトラのことばかりだな。
卒論とか就活とか考えなければいけないことはあるはずだけど、気が回らない。
思い浮かぶのは、彼女の姿だけだ。だいぶ重症だな。
『直方。入るよ。』
「えっ?」
ドアが開いて、サトラが中に入ってきた。
いきなりすぎて止める暇もなかった。
「なんで?」
『直方ともっと仲良くなりたいから。』
一応、今日買った水着を身につけているから、大丈夫っちゃ大丈夫だけど。
いや、そういう問題ではない。
男女が一緒にお風呂に入るなんて、俺の下半身的にやばくないわけがない。
彼女の水着は白いパレオ付きビキニで、おしゃれだ。
ただ、それ以上にエロい。
目の保養だけを考えて買ってしまった物だが、こういう用途を想像していたわけではない。胸が近すぎる。着痩せで大きくは見えないけど、本当は立派な彼女の胸が今度ばかりは強調されてしまっている。
『入るよ。』
俺が動けないでいるのをいいことに彼女はお風呂に足を入れた。
ちゃぽん。
全てが終わった音がした。
俺の目の前で彼女がお湯に潜る。
目に毒な肌色は隠れたけど、足とか手とか色々当たって、さっきとは別の意味で彼女のことを意識せざるを得ない。
『これで、仲良くなれる?』
「別の意味での気もするけど、一応。」
多分。
とりあえず俺のサトラ大好きゲージは振り切れた。
効果は絶大と言える。
『よかった。』
彼女の褐色の頬に赤が加えられたような気がした。
どういう感情だそれは。照れてる⋯⋯?
何はともあれ自分の心臓の音が痛い。
彼女と向かい合って、お湯の中で二人っきりだ。
意識するなという方が無理だ。
出来るだけ前かがみになって、下半身を隠す。
これじゃ、彼女の顔がよく見えない。でも、それ以上に大事なことはある。
彼女に嫌われないことの方が大事だ。
『直方、何か隠してない?』
「⋯⋯別に。」
『怪しい。そこ見せて。』
彼女が怪しんでいるのは俺の下半身のようだ。
くっ。不自然な動きをしすぎたか。
必死に抑えようとする俺の腕を抑えて、彼女は、顔を近づける。
力が強いから逆らえない。
でも、ダメだ。絶対に彼女を汚したくない。
俺は最後の力を振り絞って、お風呂場から逃げ出した。
『直方⋯⋯。』
サトラの悲しそうな声に後ろ髪を引かれたけど、ダメだ。
俺は鉄の自制心を持つ男。就寝して煩悩を鎮めるぞ。
⋯⋯今日はサトラにベッドを譲ろうかな。
お風呂は譲ってもらったしな。
譲ってもらったかどうかはうやむやになった感もあるけど。
じゃあ、ソファで寝よう。
目を瞑るも、頭の中はさっき一緒にお風呂に入った彼女の姿のことでいっぱいだった。




