第三十五話 俺はお前と一緒にいたい
月光と白熱灯が俺のアパートの前の通りを照らす。
その道をサトラは歩き出そうとしていた。
寄る辺なさそうに、どちらにいけばいいのかわからないようにふらふらとしながら、それでもここから離れようとする。
そして、俺は、それを絶対に許さない。
阻止してやる。
「サトラ!」
呼び止める。ここで逃げられたら流石にショックだが、彼女はそんなことはしないと確信していた。
『直方? どうして? あんなにぐっすり眠っていたのに。』
「君が出ていく気配がした。起きるのにそれ以上の理由は必要ない。」
階段を降りて、彼女との距離を詰める。
サトラは俯いて、俺が近くに来るのを待った。
『正面から言うのは嫌だったのに。』
「俺は納得してない。何の理由も告げずに去るのは卑怯だ。」
『理由は、簡単。私といれば、直方まで危ない目にあう。大事な人がそんな目にあうのは嫌。』
彼女の理屈は単純だが、筋が通っていた。理屈で崩すのは難しいだろう。
「それでもいい。」
だから、前提を覆す。
『へ?』
「それでもいいと言ったんだ。サトラ、君と一緒にいれるなら、どんな危ない目にあっても構わない。」
『でも。私は、嫌。』
彼女はそれでも拒絶する。それは罪の意識に囚われた無垢な少女の懺悔のようで。清澄な理と、排他的な思想に基づいていた。
「でも、サトラが守ってくれるんだろ。今までだってそうだった。俺が出会った危ない事件は全て君が守ってくれた。それはとても嬉しいことだった。多分、サトラも同じ気持ちだったはずだ。」
『でも、それは、もともと私が招いたこと。あなたを守って気分が上向いたとしても、所詮は自作自演の域を出ない。』
「それでいいんだ。危険なんていつ来るかわからない。むしろ、味方に絶対に守ってくれる人がいるんならこれほど心強いことはない。」
『⋯⋯。』
「それに、サトラ、俺はいつか君と並び立つ強さを手に入れたいと思っている。守ってもらうだけじゃないくて、一緒に危険に立ち向かえるような。二人でどんな火の粉でも払えるような。そんな存在になりたいんだ。そのために、君の近くにいたい。」
『それは随分勝手だと思う。』
「それでも、俺はそうなりたい。絶対に君にとってなくてはならない存在になってみせる。それに、何より、そうなったら、楽しそうだろ?」
俺は嘘偽りのない本音を吐露した。
実力的にはまだまだだから、理想論に過ぎないけど、こうあれかしと願った未来だ。
それを彼女に押し付ける。気遣うことなど夢のまた夢。ただ自分の願望だけを叩きつけた。
『そうだね。うん。しょうがないな。』
サトラは複雑そうな表情で、でも確かに口の端をあげた。
それは笑顔に足りなくても、嬉しそうで。
そういえば、最初無表情だと思っていた印象がいつの間にか消えていた。
そんなことまで考えてしまう。
『楽しそう。確かにそう思う。そして、多分嬉しい。この感情は、そう名づけていい。』
「サトラ。俺と一緒に生きてくれ。絶対に後悔はさせないから。」
『私ほど強くなるなんて大言壮語にも程が有る。けど、直方はそれでいいのかもしれないね。』
「じゃあ。」
『ああ。あっ。でも一つだけ条件をつけてもいい?』
「何だ?」
『毎日アイスを食べさせて。』
「なんだそんなことか。」
力が抜けて、俺は笑った。
『重要だからね。』
サトラは真剣に言う。
「もちろんだ。毎日食べさせてやる。」
『ありがと。』
今度は思いっきりはにかんで、彼女は距離を詰める。
そして、俺の手を取った。
サトラの手は小さくて、しっかりしていて、そして暖かかった。
月夜に鈍く輝く褐色の色を俺はずっと忘れないだろう。
どうせなのでコンビニに寄って、アイスを買ってやる。
記念というやつだ。
『この時間でもお店が開いてるんだね。』
「割高だから普段は利用しないんだけどな。今日は特別だ。」
『うん。ありがとね。』
そんな嬉しそうな顔をされたら、特別も何もあったもんじゃなくなりそうだけど。
⋯⋯お金は大丈夫かな。
俺は少し懐事情が気になってきた。
まあ、アイス程度で潰れるようなものじゃないはずだ。
流石にそのくらいの余裕はある。
何か忘れているような気がするけど、気のせいだろう。
●
翌朝、食事の支度をして、サトラが起きるのを待つ間に郵便受けを見に行った俺が見たのは、大学の授業料未払いについての書類だった。
完璧に忘れていた。親に催促しても、西から東への預金転送は時間がかかる。
一週間くらいはザラだ。
二日後までに出さなければ退学の文字が躍っていたし、そんな時間はない。
えっ。どうすればいいんだ。
とりあえず久しぶりに大学に赴こう。
いや、その前に少しでも金を作っていくべきか。
ダンジョン産素材買取所に行くのを優先しよう。
あのオリハルコンゴーレムの残骸ならいくらか金になるだろう。
なんならポーションをつけてもいい。
⋯⋯昨日サトラを追いかけなかった場合、詰んでなかったか?
あんなに疲れてたのによく目覚めた昨日の俺。グッジョブすぎる。




