第二十二話 花火の終わりに
俺とサトラは、二人一緒に出店を巡った。
さっきのトラブルがなければ、もっと一緒にいれたのに。
そう思うと口惜しいが、今は彼女が隣にいる。それで十分だ。
わたあめに焼きそばにチョコバナナ。屋台の食べ物にサトラは興味津々だ。
この前作ったなそういや。
こんな早く本物を食べに来ることになるとは思わなかったけど。
わたあめを恐る恐る舐めて、甘いと言って彼女は笑う。
楽しんでくれているようで何よりだ。
花火より食い気だな。
両手に持ちきれないほど買い占めて、二人で並んで空を見上げる。
絶えず上がる花火は、一夏の思い出として、心に残るのだろう。
君の方が綺麗だよなんて言葉が口から出そうになって、押しとどめる。
流石に格好つけすぎだ。
音が空に響いていく。立ち止まった俺たちは、群衆の中で取り残される。
世界に二人だけで放り出されたような心細さがなぜだか心を蝕む。
それでも、彼女と一緒にいれるならいい。
思考がだいぶサトラ中心になってしまったと気づいて、笑った。
『直方。次はあのお店に行こうよ。』
「ああ。行こう。」
こうして二人で言葉を交わして、このままずっと生きていければ良い。
そう願わずにはいられなかった。
⋯⋯あれだな。幸せすぎてさっきから死亡フラグを立てまくっている気がするな。
あんまり気にしてても仕方ない。縁起の悪い予感は気にしないことにしよう。
『あれは何?』
「あれは金魚すくいだな。破れやすい網でどれだけ金魚を拾えるのかって遊びだ。」
『やってみたい!』
「飯じゃないからな。」
そこだけ念を押しておく。金魚を食べるサトラ⋯⋯。ちょっとありそうで怖い。
『そうなの?!』
やっぱり⋯⋯。
それでもやりたいと言うのでとりあえず俺がやってみせる。
正直そんなに得意じゃないので、一、二匹でも取れれば御の字だろうか。
こうやって、ポイを水につけて金魚が上に来たところで一気に引き上げれば⋯⋯。
一匹は取れた。取れたは良いが、網が破れた。
だめだ。やっぱり苦手すぎる。
『大体わかった。』
サトラは浴衣をまくった。大変気合が入っていらっしゃる。
ゴクリと唾を飲み込む。正直破れる可能性の方が高いと思う。
でも彼女のレベルを考えると、とんでもないことが起きそうだ。
「サトラ、水が周りに飛ばないように抑えてね。」
『⋯⋯わかった。』
とりあえず一番ありえそうな大惨事を未然に防いで、勝負開始だ。
サトラの雰囲気が鋭くなる。ダンジョンで時々感じた本気の彼女だ。
一拍おいて、水しぶきが上がった。
抑えてって言ったのに⋯⋯。いやでも、そんなに飛んでないな。抑えてはいるのか。
でも全然見えなかったんだけど。
さらに言うとすでに金魚十匹くらい乗ってるんだけど。
サトラの腕がすごすぎる。
抑えてこれなら本気を出したらどれだけすごいんだ。
『ああっと。破れちゃった。』
失敗を誤魔化すように笑ってる。
全然失敗じゃないぞ。大戦果すぎる。お店の人も怖い顔しちゃってるから。
これ以上やったら止められそうだ。
金魚を袋に分けてもらってブラブラさせながらのんびりと歩く。
そろそろ花火も終盤に差し掛かってきていて、ちらほらと帰り支度をしている人も増え始めた。
俺たちも帰るか。
そんなに焦る必要はないと思うから、まだ屋台を物色しながらゆるゆると帰る方向に足を向ける。
近づいてきた言問橋は、さっきの比じゃないほどに人が詰め込まれていた。
これみんな帰る人々なのか。マジでか。
地下鉄の混み具合が洒落にならねえぞ。
ちょっと時間をずらそう。
まだ花火大会も終わったわけじゃない。
そうだ。
大和杉を見に行ってから帰るって言うのも悪くない。
彼女の手を引いて歩き出す。
カランコロンと下駄が鳴る。
祭りの喧騒が離れて、夜の街が戻ってきた。
どこか落ち着く。
この手の先には彼女がいる。ちょっと見つめれば笑い返してくれる。
今回のとか、毎年花火大会の日が来るたびに思い描いていた花火大会デートだからな。
満足以外の感情がない。今の俺は満ち足りている。
しばらく歩いて、大和杉の真下についた。
花火の煙か雲の足か。上空は煙っていて見えない。
それほど高いこの杉は、当然のように周りに柵を巡らせて、自身に近づくものを許さない。
保護するためだから仕方ないとは言え、木肌には触ってみたかったなと思う。
『すごいね。』
「ああ。」
サトラも大和杉には圧倒されているようだった。
ダンジョンでもこれほどの生物はいなかったと見える。
まあ、こんなモンスターがいたら勝てるわけもない。樹高600m以上のトレントか⋯⋯。いないよね?
この杉の幹がしなってこちらに倒れてくるところを想像して震える。
普通に根っこが襲いかかってきたとしても厳しいものがあるだろう。
ただの植物で本当に良かった。
「サトラ? どうかしたのか?」
いきなり彼女の雰囲気が固くなった。
何かを警戒しているような、そんな様子だ。
『直方。あそこの様子、見てもいい?』
サトラは真剣な表情で大和杉の根元を指差した。
あたりを見る。
花火の日にわざわざここに来るような観光客は少ない。
さらに、警備員の数もいつもより少なそうだ。
いけないことはない。
「いいぞ。」
サトラのことを信用する。彼女がそう言うのなら、何かがあるんだろう。
少しぐらいの横紙破りは許してもらおう。
二人して、こっそりと柵を乗り越えた。
芝生を通って、大和杉の根元へ。
「ここに何があるんだ。」
『それは⋯⋯。ちょっと待って。』
俺を手で制して彼女は根元を調べた。
『おかしい。』
彼女は手を幹につく。
なんとなく嫌な予感がして、そばに寄った。
ぬぷりと手が、幹の中に滑り込んだのが見えた。
サトラが杉に引き寄せられる。
あの固いはずの樹皮が、柔らかく沈んでいく。
思わず手を伸ばして、手を掴んだ。
もう絶対に離さないと決めたんだ。
踏ん張ろうとして、さらに強い力で幹の中に引きずり込まれる。
意識が飛びかけてもなお、俺は、手の中の彼女を掴み続けた。




