第百五十一話 バビロンの神
下の触手部分が戦闘不能になったことがトリガーとなったのか、紅葉刃の紅変で停止していたはずの、上部が意識を取り戻した。
だが、お前の下半身はもう風穴が空いている。
進むことなどできはしない。
『感謝を。』
明瞭な声が上から響いた。
同時に風穴部分が塞がった。
ダゴンの上半身が、触手部分を押しつぶすように縮んだのだ。
『奴に長いこと操られていたようだ。』
ん?
これは、話が通じる雰囲気じゃないのか?
ナルデのいう通り、不自然な部分こそが鍵だったのか?
『この地は消失させよう。だが、しばし、試させてもらうぞ。』
ダゴン
Lv712 ↑
技能「津波」「畏怖」
称号「水神」「バビロンの神」
レベルが上がっている。
いや、力を取り戻しているという方が、適切か⋯⋯?
「堕神」の称号と「深きものどもの長」の称号が消えている。
そして、「バビロンの神」の称号が加わっている。
堕ちた神。それがダゴンの真実だったのだろう。
触手と融合されて、「堕神」に落とされた。
それをなした相手は、つまり、神をも支配下にできるということで、かなりやばい相手だろう。
深く事情を聞かなければ、多分関わり合いになることはないはず⋯⋯。
サトラに関係するということでないのなら、無視しておこう。
フラグを建設しておいた。
『耐えてみせよ。我が津波。』
ダゴンが腕を振る。
神殿が揺れた。
一拍おいて、耳鳴りのような音がした。
それは徐々に大きさを増し、耳を聾するほどの轟音となった。
「サトラ、一旦戻れ!」
技能を参照してそれを見つけた時から、やばいなとは思っていたが、触手を分離させることが発動のトリガーとなるとは。
サトラと一緒に、レンさんとナルデのところまで戻る。
「津波が、来る!」
波濤が押し寄せてくる。
逆巻いてその大きさを増しながら、凄まじい音を立てている。
津波はそれを発動したダゴンをも巻き込んで、さらに大きくなっていく。
地震の被害はほとんどない日本でも、津波の被害は甚大なんだぞ。
早く青キ○を呼んできてくれ。
いないね。どうする。
海という捉えどころのない、しかし、とんでもない質量の物体を前に、俺たちは絶体絶命だった。
●
解決策。一つ。水魔法は氷魔法という理論で、サトラの水魔法に期待する。
「サトラ、あれを、氷漬けにできるか?」
『無理。私に氷は扱えない。』
ダメだった。そこが完全に分かれるタイプのシステムか。
もう一つ。最大威力をぶちかまして、風穴をあける。
やっぱりサトラ頼りになってしまうけど、どちらかといえば、こちらの方が現実的かもしれない。
「なら、さっきと同じように、あの波も槍で貫くしかない。難しいだろうけど、頼む。」
『うん。任せて。』
サトラは迷いなく頷く。
彼女がそう言うのなら、信じよう。
「レンさんは、サトラに続いて。ナルデは、俺が背負う。」
『いっつもすまないね。』
「それは言わない約束⋯⋯ってこれが初めてだろ!」
突っ込みながらも最速で背負う。
ナルデの体が小さくて助かった。
『いくよ。』
迫り狂うは水の猛威。
それでもサトラの背中に、一片の迷いもない。
彼女なら、絶対に風穴を開けてくれると言う信頼を抱かせるのには十分な後ろ姿だ。
真上から水が落ちてくる。
『うおりゃああ!!』
彼女の全力の投槍。
後先を考えないそれは、水に突き刺さり、突き抜け、風圧で完全に弾き飛ばした。
一面に穴が開く。
それを埋めようと重力に引かれて水が落ちてくる。
その前に、駆け抜ける。
思っていたより水の厚さはなくて、先は地面。
速度を緩めずにダゴンの元まで、たどり着ける。
後ろで、建物に当たって、波が砕ける。
轟音がした。
とんでもないエネルギーがぶつかったのがわかる。
これを相殺してあまつさえ風穴を開けたサトラの槍技を褒めるべきだろう。
俺も千鳥があったら⋯⋯。
無理か。刀は縦への指向力には寄与しないからな。
サトラのおかげだ。
『見事⋯⋯!』
ダゴンは、静かに膝をついた。
もうダゴンにはこちらと戦う気がないようだ。
正直、助かった。
経験値が惜しいのは惜しい。
だけど、負けてちゃ元も子もないからな。
ダゴンは鑑定で覗くとすでにLv843にまで上がっている。
津波もまだまだ打てるだろうし、このまま戦っても勝つのは難しいだろう。
津波を攻略するの、杉ダンジョンの天狸ちゃん呼んで、岩石魔法で壁作るくらいしか思いつかないぞ⋯⋯。
『私の呪縛を払ってくれて助かった。それに、津波にも耐えるとは、認めよう。お前たちは強い。』
上から声が降ってくる。
座っていても、こちらを見下ろす大きさはある。
だが、先ほどまではあれほど邪悪に感じた魚人の顔が、今はとても優しく感じた。
まともな神だと思える。
『水神の巫女。お前の行く先に選択を授けよう。』
こちらが警戒しながらも、ひとまず落ち着くのを待って、ダゴンは、サトラに話しかけた。
どう言うことだ⋯⋯?




