第百四十九話 ダゴン
それからも扉は何個かあったが、すでに開かれた後だった。
何かしらの操作をしたらしき石盤の跡がある。
だが、俺たちが再度ギミックを解きなおす必要はないようだった。
正直なところ、ありがたい。
俺たちの力で解けたかは微妙だ。
こう言う分野に関しては、ナルデの力が突出しているからな。
その力を借りられるのなら、言うことはない。
重苦しい、石の通路。
ところどころにあの、インスマス水妖をかたどった石像が置かれている。
幸い、最初の部屋のように動き出すことはないようだったが、それでも心臓に悪い。いつ動き出すかわかったものじゃないからな。
その石像は、先に進めば進むほどに、その大きさを増しているようだった。
もともと俺の肩くらいの高さしかなかったはずなのに、いつの間にやら、俺の背丈の二倍近い高さになっている。
徐々に核心部へと近づいているのは間違いないようだ。
ただ、このサイズの相手が出てくるのは勘弁だな。そんなにレベルが高くない相手だったらいいんだけど、今までの相手から考えると望み薄だ。
ボスはレベル500くらいになっていてもおかしくはない。
もっと上であることもありうる。せめてクロノスレベルであって欲しい。
もう夜に吠えるものレベルの相手と戦いたくない。
流石に本の中のダンジョンでそう言うことはないと思うけど、あたりの不気味さ的には十二分にあり得る範囲内に思えてくる。
ナルデがボスに到達する前に、俺たちが追いついて力を合わせられればいいんだが。
見たところ、戦闘がほとんどなくて、ギミックを解くものが大半だった。
それじゃあナルデの足止めはできない。
「ダンジョンボスとナルデが戦っているかもしれない。出来るだけ早く追い付こう。」
そう、その可能性が一番高い。
二人とも気を引き締めたようでうなずきあう。
俺たちが追いつくまで、無事でいてくれよ。
●
戦闘音が聞こえてきた。
ナルデの放つ銃声。狂乱の叫び。
重々しい打撃音。
一気に速度のギアをトップまで引き上げる。
今まで使っていなかった、最高速度で、俺とサトラは、その場に飛び出した。
天井の高い部屋だった。
これまで天井が高かったことはあったが、今回のは、まさしく玉座の間というべき高さだ。
そこに大きな椅子が置かれている。
大きな生物が座っている。
ナルデの銃撃を受けたのか、ぷすぷすと頭から煙が出ているが、大した痛手には見えない。
ヌメヌメとした肌。足元に触手。
夜に吠えるものを想起させるような肉体。
流石に、あの時ほどの圧は感じないが、それでも、それは、こんなところにいていいものであるはずがなかった。
そこにいたのは、体長10mに達しようかという、インスマス水妖の巨大版だった。いや、ちょっと違うか。
インスマス水妖には、触手なんてものはなかった。
後から無理矢理に触手を付与したような、いびつな構造。
どこか嫌悪感を抱かせる姿をした、四つ目の魚巨人。
それが俺たちの目にしたこのダンジョンの大ボスの姿だった。
ダゴン
Lv666
技能「津波」「畏怖」「追跡」
称号「深きものどもの長」「堕神」「水神」
その眼前で、小さな体を横たえている姿が目に入った。
「ナルデ!」
今は彫像のように動かないダゴンの動きに注意しながら、俺たちは駆け寄る。
『⋯⋯はあ。はあ。⋯⋯ううぅ。そう⋯⋯か。君たちが、いたな⋯⋯。』
ナルデは、息も絶え絶えと行った様子だったが、死んではいなかった。
消えた記憶も戻ったようだ。
『一発、もらってしまった。あいつが、この世界の核心だと突き止めたまでは良かったんだけどね⋯⋯。』
「助かったから、下がっててくれ。」
『いたいけな私は一歩も動けないよ。』
「それはいたいけな人から出るセリフじゃなくない?」
『こんなに可愛い美少女に、なんてことを言うのかな?』
「少女って年齢じゃないでしょ⋯⋯。」
少なくとも大学に在籍していたのは間違い無いんだから。
飛び級という可能性に関しては考えないものとする。
ともあれ、それだけ軽口を叩けるのだったら、心配しなくても大丈夫そうだ。
「こちらは任せろ。」
『一つ。あいつには、どうにも不自然なところがあるんだ。そこを突けば、突破口が開けるかもしれない。』
「よくわからないけどわかった。」
『任せた!』
「よし。レンさんは援護を。相手はLv666。あのクロノスと同じレベルだ。肉弾戦は俺たちに任せてほしい。」
『仕方ないね。なら、私はナルデを守っているよ。』
不服そうではあるけど、レンさんは引き下がった。
レンさんも強いけれど、俺たちほどチートなわけじゃ無い。
神レベルの相手と戦うには、力不足だ。
それをいうなら、千鳥を持ってきていない俺もその疑惑があるが、まあ、近接役は多いほうがいいだろう。
自らをチートと言ってはばからない日が来るなんて、サトラと会う前は想像もしなかったな。
サトラと出会ったから、強くなって、サトラと会ったから、こんな戦場に臨んでいる。
自分のレベルが上がるにつれて、相手のレベルも上がっていく。
少しも楽になった気がしない。
それでも、相対したのなら、戦うしかない。
「いくぞ。サトラ。」
『うん。』
「まずは触手だ。斬りはらうぞ!」
千鳥があれば楽だったんだが、装備の不足を嘆いても仕方がない。
ダゴンの巨大さを前に俺の持っている紅葉刃の小ささが、頼りなく感じる。
進む俺たちを確認して、ダゴンが重々しく立ち上がった。
呻き声のような音を上げて、巨体が震える。
ネクロノミコンダンジョン、最後の戦いが、始まる。




