第百四十六話 館への海中道
もちろん当然のごとく襲撃は行われた。
四方八方から水の玉が飛んできた。
安定しているとは言い難い足場だ。
難しい対処を迫られた。
左をレンさん、右をサトラが受け持ち、そちらへ炎魔法を放って相殺。
相殺しきれなかった水は俺が捌く。
切り裂けばそこで水球は割れて落ちるのでなんとでもなる。
とはいえ、決してこちらに姿を見せようとしない相手に、俺たちは防戦することしかできなかった。
敵の数が減らせていないというのは、正直辛い。
ナルデが本当にこの道を押し通れたのかわからなくなってきたな。
彼女の戦闘スタイルなら、水球を射抜いて威力を減衰させるのはお手の物だろうが、これほどまでの敵がいたら、その限りではないのではないだろうか。
「無事でいてくれよ。」
我知らず、焦る。
それでも、じりじりと前進し続けるしかない。
『埒が明かない。』
「どうにかできるか?」
俺の手札では無理だ。
『多分、行ける。私ならできる。』
『そうだよ、サトラならできる。』
レンさん、何もわかっていないのに乗っかったな⋯⋯。
でも、サトラが何かを思いついたのなら、それは現状を打破できる一手かもしれない。
「頼む。」
『もちろん。任せて。』
俺の言葉でより一層気合が入ったようだった。
『水火魔法。』
彼女が放ったのは、複合魔法とでもいうべきものだった。
水の中で炎が燃えている。
相反する二つの魔法を、一つに合わせて、両方の性質を兼ね備えた魔法とする。
理屈はわからなくもないが、それを本当に実践するとは⋯⋯。
水火魔法は、海の中に着弾しても、炎を宿したままだった。
まるで熊本の海で見られるという不知火のように、海面を炎で染め上げる。
水であり、火である。
その性質は、海中に潜んでいたインスマス水妖には、とても効くようだった。
いや、もともと火が弱点で、海水によって守られていたのだろう。
その水が炎となって襲う。
間違いなくこいつらにとっては悪夢に違いない。
耳障りな断末魔を残しながら、インスマス水妖たちは消えていく。
『こっちにも!』
『うん。』
レンさんの受け持っていた方の海にも水火魔法が着弾する。
こちらも同様に、燃える炎で、インスマス水妖たちが炙り出される。
目を覆いたくなるような数の、魚似の人間じみた化け物が苦しむ姿は、不気味ではあるが、少し滑稽だった。
「やったぞ、さすがサトラだ!」
俺はサトラの頭を撫でる。
『えへへ。』
サトラは控えめに笑った。
可愛いんだよな。大好きだ。
『ほんとすごいよ、サトラはやっぱり頼りになるね。』
レンさんもはしゃいでいる。そのまま俺とサトラの体を抱きしめた。
『うん。君たちとなら、何処へだって行けると思う。』
レンさんの体が暖かいし、何よりサトラに触れているので、心がぴょんぴょんしてくる。
それを誤魔化すように俺は言った。
「そうだな。とりあえずここからだ。」
『もうちょっと情緒を噛み締めてもいいんだよ?』
「今のうちに抜けるぞ。」
『もう。』
もう、妨害はなさそうだ。
燃える海を背景に、黒々とした神殿が浮かび上がっている。
大きな扉には、邪悪な像が飾られており、嫌な予感をひしひしと感じさせる。
もしかしなくてもガーゴイルでは?
鑑定をしてみたけど、普通の石像のようだ。
それにしては、魚っぽい上に触手まであって気持ち悪いけど。
魚とタコのあいのこかな?
まあ、実害がないなら放っておこう。
「よし、開けるぞ。注意してくれ。」
二人が頷くのを確認して、俺は扉を開いた。
内開きの扉は、しばらく使われていなかったらしく、錆びたような抵抗感だた。
二人が火魔法を放つ。
二人ともMPはまだまだ余裕がありそうだ。
見たところ、部屋には何もないようだった。
4隅の石像も動く気配はない。
そこそこ大きくて、5mくらいはあるが、動かないのなら大丈夫だ。
正面に扉。
そして、上方にも扉。
到底届くとは思えないが、脱出用だろうか。
『ねえ、直方。足元を見て。』
レンさんに言われて、見る。
岩を直接削り取ったらしい黒色の床。
その床からじわじわと水が滲み出してきていた。
「これは、水が入ってきている?」
『おそらくね。』
となると、早めに次の部屋に向かいたい。
上の出口は、水が回りきった時への逃げ道か?
それは随分優しい作りだな。
普通に、正面の扉を開けるのが一番早いだろう。
だが、俺たちが扉の前に立つのと同時に、4隅の石像が動き出した。
扉は開かない。
これが、ギミックか。
石像を倒したら、扉が開くのだろう。
「みんな、やるぞ。」
戦闘開始だ。




