第百四十五話 海の中の館
俺とサトラとレンさんは集まって次の行動をどうするか相談していた。
「とりあえず下に降りてみよう。」
『うん。私も、気になるところがある。』
『私の勘は全力で行かないでくれって言ってるんだけどね。まあ、仕方がない。二人が行くなら私も行くさ。当然ね。』
レンさんもやる気十分だ。
彼女がいてくれるだけで、大幅な戦力向上が見込める。
危険かもしれないが、虎穴にしか脱出口はない。
行くしかないだろう。
俺たちはうなずきあうと、街の下方、港へと歩みを進めた。
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街は相変わらず静かだった。
街灯は不規則に明滅を繰り返している。
いい加減変えればいいはずだが、お金がないということなのだろうか。
おそらくは演出の一環だろうが、チカチカとして目に悪い。
どうせ役に立たないだろうし、火魔法で燃やしておくのも一興だが、流石に必要はないか。
MPの節約の方が重要だ。
生憎俺は魔法使いではないので、MPという概念があるのかはよくわかっていない。
でも、あると考える方が自然だろう。
いざ切れた時に何もできないようじゃダメだ。
限りある資源は大切に使わなくちゃいけない。
一昔前の地球環境に対して推奨された姿勢で臨むことだ。
地球の資源枯渇問題は、ダンジョンの出現によって、解決したように見えるからな。一見無尽蔵の資源がここにはある。
あくまで見た感じであるということは注意しなくてはいけないが、資源という面ではしばらくは安泰だろう。
話が逸れた。MP温存の話だった。
とりあえず呪文使うなの方針でいくことを二人に話して、ゆっくりと海へと近づく。
本の中だというのにどこか生臭い潮の香りがもうここまで漂ってきている。
まるっきり異界なのだ。
杉の中にダンジョンがあったくらいだし、本の中にダンジョンがあってもいいだろう。
とはいえ、戻ったらリンさんに頼んで調べてもらう必要はあるかもしれない。
本を開いて気づいたらダンジョンにいたなんて、怖すぎる。
俺たちのようなレベルを持っている人なんてほとんどいないんだぞ。
⋯⋯。でも、ナルデの友人さんは無事に戻ってこれたのか。
うーん。謎解きが本命だったりするんだろうか。
それとも、ここで死んでも現実には影響がないとか。
記憶はなかったらしいからな。
その線もあり得る。
どちらにせよ、普通のダンジョンのように、階層が別れていたり、進むべき道が二つか三つしかないということはなさそうだ。
良い言い方をすれば、無限大の可能性。
悪い面を言うなら、選択肢が多すぎて、正解がわからない。
そんなダンジョンだ。
ちょっと困るな。本当に勘を頼りに行くしかないみたいだ。
ようやくたどり着いた海の側。
黒々とした海は、街の灯りを吸収して、それでもなお真っ黒だ。
水深が深いのだろう。
重苦しい漆黒。
のたりのたりと波が寄せて返している。
まるで水ではなく、重油のような、ゆっくりした動きだ。
このダンジョンが不気味なのは今に始まった事ではないので、気にしないほうがいいだろう。
『何かあるかい?』
「うーん。見つからないな。」
一見した限りでは、その海に異常など見られないように思えた。
『仁、あれ。』
サトラが指をさした方を見る。
遠くの方でゆらゆらと、厳しい岩が浮いている。
ただの岩のはずなのに、そこから感じる雰囲気は、アテネで見た神殿と同一だった。
「怪しいな。だが、遠い。」
『うっすらと道が見える。』
『ん。どこにどこに?』
『海の下。』
サトラに言われて改めて注意深く見る。
「ほんとだ⋯⋯。」
言われないと気づかない。
黒い水面の中で、少しだけ周囲よりももっと黒い部分があるだけだ。
だが、それは、きっちりと遠くの岩神殿に続いているようだった。
海の中ということで、襲われたらひとたまりもない可能性もあるが、今のところ、あんなに怪しい場所もない。
見るからにラスボスの館っぽい雰囲気だ。
船を手に入れるなどして向かうのが常道なのかな?
とはいえ、この街は、港町のはずなのに、海岸に一隻も船が見当たらない。
ここで船を借りられるかというと、望み薄だろう。
なんなら、無事に朝が来るかだってわからないしな。
さっきから星の配置が変わっていないように見える。
ずっと夜のままなダンジョンである可能性は非常に高いと言える。
つまり、あそこにたどり着くには、この見るからに危ない海の道を通る必要があるというわけだ。気乗りしないな。
海の中に、さっき戦ったインスマス水妖がたくさんいて、沖に出たら襲ってくる。とてつもなくぞっとする。
めちゃくちゃいそうだし、お約束的に襲ってこないわけもなさそうなんだよな⋯⋯。
後ろの住宅街で、ナルデを探すという説もちょっとある。むしろナルデはそこにいる可能性の方が高そうじゃないか?
わからんけども。
楽そうな方に逃げたくなってくる。
しかしまあ、あのナルデだもんな。
面白そうな方に行くに決まっている。
戦力的な意味でも、サトラと俺がいる時点で、大半の相手には負けない。
もう、覚悟を決めていくしかないだろう。
「行くか。」
『うん。』
『そうだね。ここから出るなら、それしかなさそうだ。』
二人の同意を得て、足を踏み出す。
チャプリと海水が浸る。
アメリカが、靴を履いたまま家に上がる文化でよかったと考えるべきだろうか。
ゴツゴツとした岩を足裏に感じながらそう思った。
読んでいる時に裸足だったら、こちらでも裸足だった説が濃厚だもんな⋯⋯。
「足場はしっかりしてそうだな。」
『進めると思う。』
「よし。いくぞ。」
俺たちは海の中へと、歩みを進めるのだった。




