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Lv666の褐色美少女を愛でたい  作者: 石化
第四章 アメリカ+

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第百四十一話 インスマスにて

 

 奇妙な断絶があった。


 先程までの自分と、今の自分の間に深い隔たりができているように思える。

 自分は何者なのか。そんな風にちらりと考えたけれど、すぐにどうでも良くなった。


 深夜だった。

 俺のいる大通りは静まり返り、なんの気配もしない。


 奇妙なまでに沈黙した闇が明滅する街灯に照らされて、浮かび上がっては消える。


 なんとなく、ここにいてはいけないような気がした。


 外にいてはならない。

 そんな強迫観念に突き動かされる。


 しかし、立ち並ぶ家の門は固く閉ざされている。


 中に入ることはできそうもない。


「誰かいませんか!」


 声を上げる。


 静寂とともにどこからか、耳障りな笑い声が聞こえてくる。

 こちらが追い詰められるのを見て嘲笑うような声だ。


 閉ざされた門の中からではない。静寂だったはずの闇の中からそれは響いてくるようだった。



 一人だ。


 それは俺の心を蝕んだ。


 この不気味な状況で一人。


 せめて誰かと一緒であれば、状況は変わっていたに違いないのに。


 そんな思いが頭をよぎる。


 まるで誰かが、ずっとそばにいたような。

 そんなわけはないのに。

 俺はずっと、この闇の中で一人だ。


 それでも俺は慎重に歩き出す。

 いつまでもここにとどまっているわけにはいかない。


 闇が、だんだん近づいてくるような、いやな感じがする。


 ちかちかと明滅する街灯が道を、不十分ながら照らしている。


 笑い声は忘れた頃にクスクスと耳元で鳴る。


 不気味だが、今すぐどうこうということはないようだ。


 上下に道が分かれる三叉路を、上に上がる。


 丘へ向かう方がいい気がした。

 なんとなく、だ。


 街灯の数がだんだん減ってきて、闇の気配が濃くなってくる。


 それでも、俺の勘は、こちらが正解だと告げていた。



 上り坂の突き当たりに公園があった。


 その後ろにはほのかに浮かび上がる街。どこか歪な形をしているように見える。

 街灯は何かを囲むように途切れていた。黒さの違いから、それが海であるらしいことがわかった。湾岸の港町、ここはそのような場所らしい。


 公園に目を向ける。

 よく見ると、誰かが浮かんでいた。

 赤い膜に包まれて、ふわふわと仰向けで。


 それは急に現れたようにも、ずっと前から俺を待っていたようにも思えた。


 頭が急に痛んだ。

 何かを忘れているような感覚だ。


 その思いは彼女の純白の髪の毛と、引き締まった褐色の肌を見て、さらに強まった。


 名前を呼ぼうとして、さらに頭が痛んだ。


 絶対に自分と関わりがあるはずなのに、なぜか思い出せない。



 ずるりずるりと、重いものを引きずるような音がした。


 彼女の方へ、何かが近づいている。


 ペチャリペチャリと水の滴るような音も聞こえる。


 手と足があって、二足歩行をしているのは確かだが、どう考えても、人間ではない。魚が陸に上がって二足歩行をしているような、そんなシルエットだ。


 鑑定が発動した。


 名前 インスマス水妖

 Lv222

 職業「司祭」

 技能「水神讃美」「生贄奉納」

 称号 なし


 そういえば、そんな能力を持っていたな。

 自分のことなのに、初めてそれを認識する。

 Lv222はそこそこやるが、今の俺にとっては雑魚だ。

 そこまで思考が回っていく。


 腰に差していた紅葉刃を構えた。

 千鳥の方は、腰に帯びてはいないようだ。

 今は武器があるだけマシだろう。


 わけのわからない不安感が、強烈な戦闘欲によって塗りつぶされていく。


 そこにLvがあって、鑑定に表示されるなら、それはホラーでもなんでもない。

 ただの、モンスターに過ぎない。


 俺はまっすぐに突進する。


 それを目視したインスマス水妖は慌てたようだった。


 俺が恐怖のあまりに動けないとでも思ったか?


 あんまり自分の容姿に自信を持つものじゃないぞ。


 こうなった時に恥ずかしいからな。



 相手は慌ててこちらに手のひらを向ける。


 水が発射された。


 アワアワとしたかなり大きな水の塊だ。


 もし捕まったら溺れてしまうだろう。


 だが、いかんせん遅い。

 昔ならいざ知らず、今の俺の動きは、遅い攻撃を完璧に見切る。


「その人を返してもらう。」


 記憶になくても心でわかる。

 彼女は俺の大切な人だ。


 一気に距離を詰めた。


 紅葉刃は短剣だ。

 リーチは短い。


 だが、俺のスピードは、そんなハンデをものともしない。



 インスマス水妖が放ってくる水弾を全弾避けて接近。


 そのブヨブヨの肌にそのまま突き刺した。


 魚のような肌が、紅く染まっていく。


 紅葉刃の紅変が発動した。


 徐々に相手の動きは弱っていき、ついに動かなくなった。


 相変わらず凄まじい能力だ。


 相手を強制的に紅葉状態にするというのが正解なんだろうか。


 傷をつけたらほとんど勝ちって相当だよな⋯⋯。



 インスマス水妖は一匹のようだった。


 一匹だと大したことはなかったが、数匹が一斉に水弾を放ってくると途端に対処が難しくなりそうなモンスターだ。群れていなくて素直に助かった。



 それはさておき、女の子のことだ。


 赤い膜は、彼女を守るように展開している。

 触れていいのかどうか判断に迷うが、見守っていても仕方がない。


 慎重に、指でつつく。


 いきなり膜が破れた。

 慌てて背中に腕を入れて支える。

 昔は到底支えられない位置だったけど、レベルが上がって、このくらいなら簡単にできるようになった。


 少女がぼんやりと目を開く。


 深い海のような青色が、俺の姿を映していた。


 強烈な既視感が俺を包み込む。


「おはよう。サトラ。」


 そして全てを思い出した。


「うん。仁。」


 サトラは、そう言って、とびっきりの笑顔をくれた。


 一番最初に出会ったときの、警戒していた彼女と、今の彼女の違いが、これまで育んできた絆のように思えて胸が熱くなった。



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