第百三十六話 ヨセミテ3
俺も落ち着いてきたので、いよいよダンジョンを探索することになった。
地図などは持ってきていないが、ここにいるのは、日常的にこのダンジョンに潜っているリンレンパパと、小さい頃はよく潜っていたというレンさんとリンさんがいるから安全でしょう。(フラグ)
はじめに出会った頃のレンさんがやっていたように、ある程度の弱さのダンジョンなら、レベルがあれば行き当たりばったりでもソロ余裕だからな。
⋯⋯余裕なのかな?
ちょっとわからない。
普通に考えて迷ったら死ぬよね。
ちょっと俺も気をつけて道を覚えることにしよう。
心配ないとは思うけど、もしはぐれたりでもしたら面倒だからな。
リンレンパパ、俺、サトラ、リンさん、レンさんという並びで探索に当たる。
一番弱いリンレンパパを先頭に出すのはよくないとわかっているんだけど、本人のやる気が尋常じゃなくて、そういうことになった。
いつもはソロでやれているらしいし、このダンジョンの平均レベルは50ちょいらしいから、さすがに杞憂だとは思うんだけどね。
『ヨセミテダンジョンで主に出てくるモンスターを知っているか?』
「知らないです。」
初見攻略勢なので。
⋯⋯。もともと、そこそこ情報収拾はする方だったはずなんだけど、状況に対応するために流されていたら、そんな余裕が取れなくなっていた。
もはやレベルでゴリ押せるし。
『なら、教えてやろう。各種耐性つきグリズリーにデスコンドル、ヘルモドキだな。クマはともかく、他の二種は鳥だから対空手段が重要となる。』
「なるほど⋯⋯。」
結構動物系のダンジョンみたいだ。
デスコンドルはともかく、ヘルモドキってどんな鳥なんだろうか。
ちょっと気になる。
『クマ以外は大部屋に群れを作っていることが多いな。突入前は用意を整えていた方がいいぞ。』
先達からのありがたいお言葉を噛みしめる。
実に有用な情報だ。
『基本的に洞窟の中には入ってこないから、外からちまちまと削るのもアリだ。俺もソロの時はそうしている。』
「せこい⋯⋯。」
『ソロは安全マージンを取ってなんぼだろ。それにグリズリーに襲われることもあるから完璧じゃない。』
「今回は、安全マージンなんて取る必要はないと思いますよ。」
『そうだな。いつもは行けない大部屋にでも突撃するか。』
「行きましょうか。」
まあゆうて大丈夫でしょ。
無限にフラグを立てて、それをへし折っていくのが俺たちの流儀だ。
●
余裕でした。
赤色をしたグリズリーと、水色をしたグリズリーと、その上にとまったデスコンドル。それに上を飛び回る二十羽くらいの赤い鳥。ヘルモドキ。
それが大部屋にいた全てだった。どれもレベルは50~60くらい。ワンパンで沈む。
ヘルモドキが上空から炎を飛ばしてきたのは厄介だったが、サトラが水魔法で相殺した。相殺どころか威力で勝ってそのまま一網打尽にしてしまった。
得物だというクロスボウを構えて上を狙っていたリンレンパパが呆然としていた。
まあ、初めてみたら、そりゃあねえ。
『改めて化け物ですね、トライヘキサ。』
『サトラはすごく強いよね。』
『意味が、わからない。』
「よくやったな!」
親指を立てる俺に、笑顔でVサイン。
強さと可愛さを兼ね備えるとか最高だと思うんだ。
俺?
俺はまだ体の調整がいるかな⋯⋯。レベル800越えだよ。ちょっと頭と体が連動しないよ。
『ま、まあ。嬢ちゃんはいい。ただものじゃないことはわかっていたからな。』
声が震えている。年長者の威厳を保とうと必死だ。
少なくとも年長者であることは間違い無いんだから、気にしなくてもいいのに。
『次はどこに行くの?』
サトラは目をキラキラと輝かせている。
自分の力を思うままに振るえて楽しいようだ。
そういえば、レベルアップしたのは初めてなのか。
自分の力が上がる感覚は、とても良いものだからな。
ついついはしゃいでしまうのも無理はない。
『あー。下に潜るか。』
「なんなら、攻略してしまっても構わないだろ?」
『言うねえ。そんなに活躍してなかっただろ。』
「俺だって強いからな。見てろよ。」
そう。空中戦ではあまり出番がなかったと言うだけのことだ。
実質レベルで言えばこの中で一番高いからな。
『期待してるよ。』
リンレンパパに笑われたけど、これは失笑なのか嘲笑なのか判断がつきかねますね。なんなら微笑ましいと思われている可能性もある。
とかく人の感情は難しい。
●
二層、三層と下に潜っていったが、敵のレベルは10ずつくらいしか上がらなかった。まあ、これが普通だよな。上がり幅がおかしいダンジョンは反省してどうぞ。
まあ、一番難しいダンジョンは上がり幅が1で階層が1000層あるダンジョンなのかもしれないけどね。そんな特殊なものは考えないようにしておこう。潜っても潜っても先が見えないダンジョンは何個かあるらしいけどね⋯⋯。
夜に吠えるものでLv999だったことを考えると、このレベルシステムの上限はそのあたりだと考えられる。俺がその上限を超えられるのではないか疑惑は置いといて、少なくともダンジョンであれ以上のものが出てくるとは考えにくい。
となると、やはりどんなダンジョンでも1000層ということはあり得ないな。
俺は安心することにした。
湧いてくるモンスターも全員一回の攻撃で沈むし、攻撃速度も遅い。
もはや洞窟を散歩しているような風情だ。
リンレンパパだけは解せないという顔をしていたが、俺たちをダンジョンに連れてきた時点でこうなることは決定していたと言えるだろう。
●
ボスはグリズリーコンドルとかいう、コンドルの体に熊の頭が乗った怪物だった。醜悪な見た目だが、熊の頭が重そうだった。なんらかの実験によって生まれた悲しみの生物という感じがする。その名前なら逆でもよかったんじゃないかな⋯⋯。
頭の重みで、空に飛ぶこともできていなかったから、俺とサトラが近接攻撃をしてサクッと倒した。
Lv200なら、まあこんなもんだろう。
リンレンパパは口をあんぐり開けて信じられないとでも言いたげな表情だ。
あっ。頬をつねっている。
残念ながらこれは現実なんですよね⋯⋯。
ダンジョンマスターは出てこないようだ。
これもモン・サン・ミシェルダンジョンと同じような形式なんだろう。
それにしてはレベルが高いけど、どうしてだろうか。
ダンジョンのレベルは基本的に様々だ。
神が絡んでいたミノタウロスダンジョンと、ンガイの森を除けば、突出して高かったのは、杉ダンジョン。あそこのボスはLv400を超えていた。
あれほどではないにしてもここもレベルが高い方だ。
モン・サン・ミシェルとか、ボスでLv100だったんだぞ。
翻ってこのダンジョン。
ボスのレベルLv200。それだけあれば十分だろう。むしろ高レベルとも言える。
原因として考えられるものは⋯⋯。
わからない。共通点。強いていうなら、樹の高さだろうか。
樹高600mを超える大和杉は当然として、ヨセミテダンジョンの周りにあるのは樹高100mを超えるジャイアントセコイアの森だ。
それがなんらかの作用を起こして、ここのモンスターのレベルを引き上げたとは考えられないだろうか。
ここがダンジョンマスターがいないにも関わらず、高難易度のダンジョンだった理由として、ワンチャン⋯⋯。
いや、ないな。さすがに荒唐無稽が過ぎる。
サンプルも二つだし、単に偶然の一致だろう。
中国ダンジョンには普通にここよりレベルの高い敵はゴロゴロいたしな。
とりあえず怪我もなく終わってよかった。
サトラが技能「収納」にドロップ素材である胆嚢を格納している。
あれ、美味いのかな⋯⋯。珍味って聞くけど。
『私から見ても意味がわからないわ。』
リンさんがサトラを見ながらつぶやいていた。
「リンさんもボスドロップ欲しいの?」
パーティ分配も考えなくちゃな。
『あなたたちがほとんど倒したんだから、あなたたちのものってことで構わないわ。受け取れるほど貢献していないもの。』
「謙虚だね。」
かけてもらった防御ダウンとかとても有用だったけどな。敵の攻撃に当たらなければ、こちらの下がった防御なんて問題ないし、向こうはバターみたいにサクサク攻撃が通る。
本当に強い力だと思う。
「よし。帰ろうか。」
『⋯⋯。ああ。』
リンレンパパは頷いて、よろよろと上へ足を踏み出した。
今のところ杉ダンジョンにしか入り口送還システムが実装されていないんですけど、修正まだですかね。




