第百十七話 実食
さて、そろそろサトラの料理を食べることにしよう。
決してビビっていたわけじゃない。ないったらない。
サトラの料理はチキンに変わったタレがかけられている感じだ。
レモン汁はともかく醤油はどうなんだろう。美味しいのかな。
少し不安だが、食べてみることにする。
当たって砕けたらその時はその時だ。
慎重にお箸でつまむ。
大丈夫。チキンは美味しそうだ。
よっぽどのことがなければ大丈夫だろう。
恐る恐る口に運ぶ。
サトラがニコニコしながらこちらを見てくるから、食べないという選択肢は存在しない。
「うん。美味しい。」
『ああ、これはいいものだね。』
『さっすがサトラ!』
口に含んで驚いた。
醤油とレモンのタレが、思っていた以上にチキンにマッチしている。
チキンの焼き加減もちょうど良くて、噛むたびに肉汁が溢れていく。
これはうまい。
これがサトラの故郷の料理か。
アテナの言ったことが本当なら、もう滅ぼされていて、人は一人も残っていないらしい。
この料理を作れるのはサトラだけしかいないのかもしれない。
それはとても惜しいことだと、そう思った。
『仁の料理も美味しいよ。』
サトラは満足そうにはにかむ。
褒められて恥ずかしくなったので話題転換をしたいようだ。
慎しやかでかわいいなあ。
『直方のも、美味しかった。』
『そうだね。少々家庭的すぎるきらいはあるが、十分美味しいよ。』
あさげのことか⋯⋯!
いや、でも技能「料理」の無駄活用により、あさげもそんじょそこらの味噌汁とは一線を画す出来に仕上がってくる。これは単に、食事のタイプの違いを指摘されただけだ。
『こういうのもいいものだね。』
ナルデはほうと息を吐いていた。
俺もそう思う。
いやほんと、英彦山に行ってから気が休まる暇がなかったんだよ。
ここらで一回休むのも悪くないだろう。
むしろ積極的に推奨されるべきではないか。
俺はそう思うね。
『で、この近くにはどんなダンジョンがあるの?』
若干一名、そう思っていない人もいるみたいだけど。
レンさんも俺と同じくらいダンジョンに潜ったよね。
そろそろ休憩したいなみたいな気持ちにならないの。
『私は力不足を実感したから。直方とサトラの、力になりたいんだ。』
まっすぐな視線で彼女は俺たちを見る。
自分の出自のことなど度外視した確かな意思がそこには込められていた。
レベリングか⋯⋯。
『私も、レンが行くならついていくよ。』
いつの間にやらサトラもレンと仲良くなっていたからな。
なら俺も行こう。
レンが行くならサトラも行く。そしてサトラが行くなら俺だって当然行く。
単純な答えだ。
「わかった。近くのダンジョンに潜ろう。」
『おねーさんだけ仲間はずれはよくないぞう。ここは私に任せなさい。強くなるための最適解を技能「探求」で導いてあげるから。』
蚊帳の外に置かれていたナルデが唇を尖らせる。
確かにそれはありがたい。
正直に言って、この近くのダンジョンのことなんてほとんどわかっていなかったからな。
一生日本から出ることはないと思っていたし、サトラと会わなければ、ずっと東京で第一層をさまよっていただろう。
つまるところ、ここら辺の情報は不足している。
情報屋であるナルデの協力は願ったり叶ったりだ。
『ここら辺のダンジョンで、一番レベリング効率がいいところ、か。』
ナルデはふむふむと考え込む。
多分最適解は、もう一度あのクロノスの迷宮に行ってミノタウロスを倒すこと何だろうな⋯⋯。あのレベルのモンスターなんて、そうそうお目にかかれない。
Lv500のミノタウロスとか、杉のダンジョンマスターのところのたぬきちゃんより強いぞ。
ただ、今回やりたいのは、レンさんのレベル上げだ。
Lv500のミノタウロスは俺とサトラが倒すことになるだろうから、レンさんにはほとんど経験値がいかないことになる。それに何もなくてもあいつらは手強い。 ダンジョン踏破がかなりの強行軍で疲れていたとはいえ、それにしても手強かった。
『他に要望はあるかい?』
「西に向かいたい。」
個人的理由でしかないけど、このくらいのわがままは聞いてもらいたい。
『なるほど、何かしらの理由がありそうだ。わかった。その条件で探してみよう。明日の朝にでも結果を話してあげようじゃないか。』
あら、一日置くのか。でも、探求が人々の物語を一つずつ覗く力ならば、検索にはそれ相応の時間がかかるか。
逆にナルデだからこそ、この程度で済んでいるのだと言える。
『今日はゆっくり休んでくれたまえ。』
ナルデの言葉に僕らは頷くのだった。
●
リン・ワールドは、一週間ぶりに姉からの連絡を受け取った。
『何やっていたんですか姉さん。ギリシャが動き出して色々と大変だったんですよ。』
『そのギリシャにいるよ。』
『ひょっとして、あれって、姉さんたちの仕業ですか。』
『一応、そういうことになるのかな⋯⋯。』
『どうしました。姉さんらしくもないしおらしい声で。』
『私って全然強くないんだなって実感することが多くて。』
『姉さんが強くないなんてありえません。姉さんは私よりもはるかに強いんですから。』
『それでも求める場所はもっと遠くにあるんだよ。最近は直方もメキメキ力をつけてるし。もう、ダンジョンじゃ勝てない。』
『直方ってあの日本政府のエージェントですか。日本政府、やはり侮り難いですね⋯⋯。』
『うーん。そんなことはないと思うんだけどね。』
『ともかく姉さんの状況はわかりました。それで、いつこちらに帰ってくるんです?』
『そうだね。軍に戻るかはともかく、里帰りはしたいね。サトラ⋯⋯トライヘキサも連れてくると思うから、根回しよろしくね。』
『へ?いやちょっと待ってください。姉さん!姉さん?⋯⋯切れてる。』
リンは途方にくれながらも、関係各所への根回しを始めた。
もしかしたら彼女がいちばんの苦労人なのかもしれない。




