第百十六話 サトラの料理
『お待たせ。』
『サトラの料理が食べられるんだ。待つなんてことはなんでもないよ。』
「ああ。俺も食べたい。」
『ありがとう。嬉しい。』
ふわりと笑う。
花が咲いたような笑み。
こんな綺麗な笑顔も彼女は浮かべるようになったのだと、幸せを実感する。
『それで、サトラが持ってきたこれは、なんなの?』
レンさんは不思議そうだ。
俺もあんまり見たことのない料理だ。
どうにも鶏肉にあんが乗った料理のようだが、醤油の匂いがする。
『記憶の底にあった料理。名前までは思い出せなかった。』
しゅんとするサトラを俺たちは慌てて慰める。
『きっと美味しいのだろう?なら、それだけで十分だよ。』
ナルデの言葉は温かいもので、サトラもそれに頷いた。
『うん。いい匂いだ。』
ナルデは機嫌よく目の前のご飯を見る。
「ナルデに音頭を頼もうか。家主だし。」
『なら、その言葉に甘えよう。』
彼女はニンマリと笑う。
これはロクでもないことを考えていそうな顔だ。
『我ら生まれるときは違えども、死ぬときは同じ!』
「なんでそうなるんだよ桃園の誓いをねじ込んでくるな。」
『おや、中国の古典に造詣が深いのかね。』
「日本じゃ一番有名な中国の話だよ。」
西遊記とどっちが有名だろうか。
少なくとも水滸伝より有名なのは間違いない。
「もういい。俺が取る。」
『ほう。なら、当然、弁えているよね?』
くりくりっと煌めく瞳で、ナルデは期待を示す。ボケろってか。
「この世の全ての食材に感謝を込めて、いただきます!」
⋯⋯やってしまった。
『『『この世の全ての食材に感謝を込めて、いただきます!』』』
そしてみんな乗るなよ。いや無言よりは乗ってくれた方がありがたいんだけどさあ。
『直方—、何恥ずかしそうな顔してるの?』
レンさんが不思議そうに尋ねる。
そうだよな。何も恥ずかしがることなんてない。ただこの世の全ての食材に感謝を込めただけだ。
それは間違いなく良いことだろう。
心なしか料理もさっきより美味しく見える気がするし。
「なんでもない。」
俺は、それだけ答えた。
ご飯を食べるのはずいぶん久しぶりな気がした。
おそらく、あの朝、母さんのお料理教室で食べて以来だ。
うん。やっぱり美味しい。
お米以外を主食にするなんて正気の沙汰じゃない。
異世界主人公たちはこぞって米を取り寄せたがるわけだ。
俺だってそうする。パン食はたまにだからいいのであって、やっぱり主食はご飯以外にありえない。
しかし、よくそんな近くに東の島国なんて国があるよな⋯⋯。
中世ヨーロッパだとしたらシルクロードを使うか、船で一年以上航海するかしないと日本まで来れないんだぞ。絶対気候変化が激しすぎて異常気象が多発する。
まあ、世界によりけりなんだし、基本は創作だからあんまり噛み付いても意味はないか。
それより美味しい。
味噌汁もやっぱりご飯に合う。
味噌の香りは所詮あさげに過ぎないが、それでもやっぱり良くできていて、ご飯にはこの味しかないと思ってしまう。
そして最後に秋刀魚の塩焼き。
漁獲量は減っていたが、その分養殖の技術は進んでおり、ダンジョンのせいで遠洋に行けなくなったために、再び主力に返り咲いた魚だ。
川魚よりは流石に少ないが、それでも十分な量が流通している。
なんでも、養殖に最適な迷宮の道具が見つかったとかなんとか。
その秋刀魚の身をパクリといただく。
サトラの収納の力で時間が止まっていたため、新鮮そのものの味わいだ。
さっぱりと淡白。
だが、脂の乗ったところはガツンとしっかり旨味を内包し、何よりご飯がめちゃくちゃ進む。
『これがお箸というものか、慣れないね。』
ナルデは箸の扱いに苦戦しているようだ。
難しいよね使うの⋯⋯。
俺も子供の頃はどうにかスプーンで代用できないか四苦八苦したものだ。
慣れてくれば食べやすいんだけど、ナルデは初めてだし、素直にスプーンを使った方がいいだろう。
『嫌だ。私は日本の食文化を全て味わうと決めたんだ。』
そう言ってテコでも箸を使い続けている。
「そのままじゃ冷めちゃうぞ。仕方ない。俺が使い方を教えてやるから。」
見ていられなくなったので、教えることにした。
サトラも箸を使えるようになったし、俺の教え方は要点を押さえていると評判なんだぞ。
サトラの器用さが人外だったから説は少しあるけど、ナルデだって、一応人外並みのレベルではあるんだ。
DEXがレベル依存だとしたら箸くらいすぐに使えるようになるさ。
ちなみにレンさんは一瞬で箸の使い方を会得している。
DEX依存というより、レンさんの才能の説が濃厚だ。
ナルデはなかなかに不器用で、全然箸を扱える気配がない。
ひょっとしてDEX、レベルじゃ上がらない?
それでも何度か続けているうちに、鷲掴みという持ち方だけど、一応箸を使えるところまできた。
これ以上の正式な持ち方とかを教えるのは一朝一夕には無理だ。
何より食事が冷める。
俺は諦めた。
ナルデは楽しそうに、箸を扱って食事を始めている。
やっぱり先ずは成功体験が大事だと思うんだ。
決して俺が教えるのが下手だったとかそういうことじゃない。
そのはずだ。




