第百十五話 「料理」に頼り切ってしまう人の話
「というわけで、本日は俺がキッチンを借り受けさせてもらいます。」
ナルデに許可を取って、俺は料理をすることになった。
夕食だ。
題材は和食。
この国の料理に挑戦することも考えたが、ナルデたちにも和食を食べさせてみたいという思いと、それに何より、久しぶりに自分で和食を食べてみたいという思いに抗えなかった。
「サトラ、食材は頼むな。」
『任せて。』
俺の隣に立ってサトラはやる気を見せる。
可愛いなあ。
っとサトラを愛でてばかりいたら何も進まない。
献立はとりあえずご飯と味噌汁でいいだろう。
さすがに夕食としては味気ないか⋯⋯?
魚とかって買い込んだっけ。
最後に補充したのが東京にいた頃だからかなり記憶が曖昧だ。
いつの間にか地球を半周してたもんな⋯⋯。
確認したところちゃんと在庫はあった。
なら、とりあえず焼き魚ということでいいだろう。
さて、米を炊かないとな⋯⋯。
しかし、ナルデの家には炊飯器なんていう代物はなかった。
主食がパンなら仕方がない。なんでピザ窯はあるんですかね⋯⋯。
となると飯盒炊爨ということになる。
さすがに炊飯器は持ってきてないからな⋯⋯。
いやでも土鍋でもいけるんだっけ。
土鍋ならあるぞ。
台所にあるものは好きに使っていいという許可は出ている。
でもこれ、本当に土鍋なのかな⋯⋯。
なんか別の鍋だったりしない?
ちょっと底が薄い気がするんだけど。
まあでも、米なんて、水につけて炊けばそれでオッケーだからな。
持ってきた飯盒炊爨道具で、4人分のご飯を作るのは骨だし、こっちを使わせてもらおう。大丈夫だ。技能「料理」先輩を信じろ。
技能「料理」の導くままに研いだ米に水を入れて、しばらく待つ。
それから蓋をして火をつける。
技能「料理」の力でタイマーなんてなくても、最適な時間に火をつけることが可能だ。
冷静にちょっと恐ろしくもあるけど、便利なので、身をまかせる。
「料理」パイセンに任せておけば安心だ。
ようしお米はこれでおーけー。
じゃあ次は味噌汁だな。
お味噌を持ってくるのは流石に重いので、ここはあ○げで代用しようと思う。
あさ○はバカにできないからな。お湯をかけるだけで完成とは思えないくらいの完成度を誇る。
日本食に慣れた人にとっては物足りないかもしれないが、入門編としてはちょうどいいだろう。
欲しくなった時に取り寄せるのも簡単だし。
最後は魚だ。
サトラの収納内は時間が止まっているようなので、昔買い込んだものでもなんら問題はない。
ここは秋刀魚の塩焼きかな⋯⋯。
俺の国の食文化を紹介するっていうことになっているのだし、変に寄せに行くこともないだろう。
もちろん焼き加減も塩の配分も完璧だと断言しよう。
全自動料理マシーンとは俺のことだ。
⋯⋯できれば全部自分でやったほうがいいのはわかっている。
俺たちに技能を与えたであろう女神も捕まっているし、いつ世界中からダンジョンがなくなってもおかしくない。そしたら技能も消えてしまう可能性が高い。
ちょっと後で愛さんに進展がないか聞いてみるか。
それはそれとして、技能「料理」は最高に便利なので一度使ってしまったら二度と元の体に戻れない。
全自動で体が動いて美味しい料理が出力されるのだ。
冷蔵庫とか洗濯機が導入された頃の人々ってこんな感じだったのかもしれない。
技能というより家電なのでは⋯⋯?
美味しければいいんだよなんでも。
『直方の料理は美味しいから楽しみだよ。』
レンさんが、俺の手元を覗き込みながら言う。
さっきまでいなかったよね?
「いきなり顔を出さないでくれませんか。危ないので。」
心が乱れると、技能「料理」の精度も乱れるのだ。
『ごめんごめん。あんまり美味しそうな匂いが漂ってくるから、ついね。』
レンさんは舌を出して謝った。悪戯小僧の笑みだ。
俺はため息をついてレンさんを調理場から追い出す。
「そろそろ出来上がるから、大人しく待っててください。」
『むう。わかったよ。』
レンさんは引き下がってくれた。
助かった。もし手伝うよとか言われて、余計な調味料を足されたらどうしようかと思ってしまった。
うなぎパイとか作るような人だからな、レンさんは。
味がめちゃくちゃにされてしまう。
サトラは一人で何やら作っているようだ。
元々の料理の腕はそこまででもなかったと思うけど、かあさんに習っていたし、あの時の料理はとても美味かったから、期待してもいいだろう。
楽しみだ。
「そろそろかな。」
俺は炊き上がったらしきご飯を覗く。
うん。とてつもなくふっくらとしていて美味しそうだ。
同時に味噌汁と秋刀魚も出来上がる。
やばい料理パイセンの時間感覚が完璧すぎる。
ひょっとして全てを把握して調理してました?
自分の技能ながら末恐ろしい。
盛り付けして、レンさんとナルデの所に持っていく。
ナルデは見るからに興味津々だ。
『なるほどこれが日本の家庭料理。視界で見たことはあるけど、こうしてこの目で実物を見るのは初めてだ。いい匂いだね。』
やっぱり君の技能はおかしいよ。
世界中の人々の視界を借りることができるんだか、物語として見れるんだかだったと思うけど、ほとんど全知じゃん。
まあ、サトラの話はアテナ様じゃないと知らなかったわけだし、万能ではないか。
過去は見れないと言うのは大きな弱点だろう。
いや、物語なら過去は観れるのか。でも、その人物が生きていることが前提。
やっぱりチートだと思う。
『早く食べよう!』
レンさんは待ちきれないようだ。
ウズウズしているのが伝わってくる。
俺は苦笑するしかない。
いや、嬉しいけどね。ここまで楽しみにされたら制作者冥利につきるってものだ。口に出すのは恥ずかしいので、苦笑にとどめているけど。
「サトラの料理が終わったら食べよう。」
『オッケー。』
『サトラの料理か。とても楽しみだ。』
俺たちはワクワクしながら彼女の料理が出来上がるのを待つのだった。




