第百十四話 ギリシャ観光
『ここがパルテノン神殿だよ。』
ナルデは自慢げにそう言った。
ギリシャ中の混乱もようやく落ち着いてきた頃だった。
時間のズレとダンジョンの出現という二大ニュースに、ギリシャの人々は驚くほど早く適応した。
もともと観光業で食ってきた国であるということが大きいのかもしれない。
EU離脱みたいな話もあったほどに、経済は壊滅状態だったという。
まあ、七年前のことだし、凍結したしで、もはや国の経済がどうなっているのかなんて誰もわかっていない。
クレタ島臨時政府との交渉だってあるんだろうしな。
まあ、その辺りは、俺たちにはあまり関係ない。
考える必要もないだろう。
関係あるとしたら、国民であるナルデと、地位が高い愛さん。
そして、アメリカ軍最高戦力のレンさんかな⋯⋯。
愛さんとはすでに別れているから、考えなくてもいい。
感謝の言葉と口座にお金を振り込んだことを最後に言われたけど、口座の中を見るのが怖い。
そんなやばいことにはなってないよね。
まあ、それはそれとして、こちら側の通貨には変えられないから日本円で持っていても意味はない。
ミトが俺たちに興味津々で、ついて来ようとしていたけど、愛さんに止められていた。
ミトはともかく、ミトに追随するようについて来ようとしていたルナに関しては、どうにも扱いきれる気がしなかったので、丁重にお引き取り願った。
怪獣になる可能性がある子はちょっと難しいかな。
ひいおじいちゃんに会いたくないんですかって言われて大人しくなってたけど、ひいおじいちゃんっ子なのかな。
おじいちゃんではないんだね⋯⋯。
なら、わんちゃん死んでない?
ミトたちの時間が止まってからもう七年も経っているんだよ。
おじいちゃんならいざ知らず、ひいおじいちゃんはそろそろ亡くなっていても全然おかしくないと思う。
でも、愛さんは会いたくないですかって言ってたし、まだ大丈夫なんだろう。
愛さんが、そんな間違いを犯すはずはないもんな。
それがちょっと前の話。
ナルデの家に泊まらせてもらって、混乱が落ち着いた頃を見計らって、ようやくアテネ観光に乗り出したというわけだ。
『この神殿はアテナ様を祀ったものなんだよ。』
アテネ市街を一望する小高い丘の上にパルテノン神殿はある。
市街地からもその威容はよく見えて、アテネの象徴となっていることは想像に難くない。
アテナ様が祀られているのは、都市の名前と無関係ではないのだろう。
アテネ市はどう考えてもアテナ様から名前をもらっている。
アテナ様って確か都市の神でもあったしな。
しかし、最近言葉を交わした人が祀られている神殿を観光で訪れるのは、なんだか変な感じだ。
もちろん立派な柱は10mほどもあって、それが何本も立ち上がっては天井を支えていて、さすがはギリシャの遺跡だと言える。
白亜の壁が神々しい。
観光客もほとんどおらず、静謐な雰囲気を纏っている。貼られたロープからは、普段の観光客の多さが伺えてしまうけど。さすがに、時間停止後にすぐに観光をしようなどという豪胆なものは少数派のようだ。
こういう世界遺産には、ダンジョンの入り口があるというのが定説で、トルコのアヤソフィアとかも例外ではなかったんだけど、何故か今のところギリシャでは迷宮は見つかっていないようだ。
もともとヨーロッパは、そこまでダンジョンが多い地域ではない。
とはいえ、一国丸々全部ないというのはあまり考えられない。
もしかしたら、女神とクロノスが共謀していて、時間停止を知った女神が、ダンジョンを置く意味はないと考えてのかもしれない。
クロノスもダンジョンの中に居たんだし、全然あり得ることだろう。
なら、ギリシャは世にも珍しい、安全地帯なのかもしれない。
ナルデもずっと頑張っていたんだし、そういうご褒美があってもいいんじゃないだろうか。ギリシャの人たちもずっと動けなかったわけだしね。
『この辺りはメガロポリスと呼ばれていてね。昔アテネが都市国家だった頃の中心地だったのさ。』
ナルデは生き生きと解説をしている。
七年ぶりの故郷で、七年ぶりのものに触れるのは、彼女にとってとてつもない幸せだろう。
ここまで見せたお姉さんぶりは何処へやら、身長相応にはしゃいでいて微笑ましい。
解説は当然ガチだが、それも子供が背伸びをしているようなほのぼのした感じがある。見ていて癒される。
ずっと働きづめだったんだし、たまにはこんな休暇があってもいいだろう。
「レンさんは戻らなくても大丈夫なんですか?」
『大丈夫大丈夫。妹にはちゃんと報告しておいたから。』
俺とサトラは当然として、レンさんもまだ俺たちと行動を共にするつもりのようだ。
神と戦ったとかいう謎の報告を受けるリンさんのことが気の毒だ。
あの人真面目そうな人だし、目を回してなければいいけど。
『ナルデ、ご飯。』
『ああ。もちろんだとも。とびっきりのお店を紹介しようじゃないか。』
サトラは観光よりも食い気のようだ。
美味しそうに食事をするサトラはとても可愛いからな。
ぜひ行こう。
それに、この頃忙しくて何もできていなかったし、たまには俺も料理をしてみるのもいいかもしれない。
そう思いながら、俺たちはメガロポリスの丘を降りていくのだった。




