第百六話 クロノス2
クロノスの猛攻をサトラは折れた槍で防いでいく。
受け止めたのち出来るだけ早くに切り返すことで、アマダスの鎌の「万物切断」になんとか対抗できている。
とはいえ、初撃でへし折られたため、劣勢なのは確かだ。
サトラと同じレベルの相手だ。さらにこのハンディキャップ。
クロノスが自分の力を十全に扱えない様子でなければすぐにこちらの敗北で勝負は決していただろう。
あと、味方のステータスを1.2倍にするレンさんの職業「英雄」の効果もあるのかもしれない。
その戦いに俺とレンさんはなかなか割り込めずにいた。
本気を出したサトラのスピードに涼しい顔をしてついていくクロノス。二人の戦闘はあまりに高速だった。
こちらが技能「加速」を用いなければ、その速度に対応はできない。
だが、技能「加速」には制限時間がある。あまりに早く使うと、後の戦いが辛くなる。
使い所を見極めていきたい。
『ははははははは。自分のことばかり気にしていても良いのか?そら!』
クロノスは鎌をずんと横薙ぎする。
もちろん、サトラに当たるわけがない。
彼女は軽快なステップで避けた。
だが、あろうことか彼はその大鎌をそのまま投擲した。向かう先は、俺たち二人だ。
全てを切り裂く大鎌が、回転しながら飛んでくる。
まずい。俺ならいざ知らず、レンさんは避けられない。
とっさに彼女を抱いて技能「加速」を併用しながら、飛び退いた。
『ふええ。』
レンさんが彼女らしからぬ声を上げているような気がしたが、気にしている余裕はない。
彼女を退避させ、千鳥を構える。
『へえ。雑魚じゃあなかったか。』
ニヤニヤした笑いを顔に貼り付けたままクロノスはそう言った。
「光栄だよ。」
神の賞賛を言葉どおり受け取って、俺は、彼の元へと駆けた。
すでに彼は先ほど自分で仕掛けた奇襲で武器を失っている。
レベル差は圧倒的でも、付け入る隙は有る。
「うおおおおお。」
帯電。そしてえ!
「雷切ぃー!」
ばちばちと音を立てて、雷がクロノスの体に落ちる。
これが俺の最大威力だ。
『一撃も重い。相当な研鑽を積んできたと見える。喜ぶといい。お前は人間の道の限界を解放することができる可能性がある。』
ぷすぷすと、雷切によって焼き切れた煙を上げながら、それでもあくまで威厳は保って。
クロノスは薄ら笑いを浮かべていた。
俺の最大威力がほとんど効いていない事に俺は驚愕する。
レベル差のせいか?
200くらいしか違わないはずなんだが⋯⋯ 。
いや、大きいな。その差は大きい。
やはりサトラを主軸にしていかない事にはどうにもならないか。
そう。ならば、こちらに注意を引きつけた事には意味がある。
サトラの槍が、クロノスのいたところを通過する。
『砕いたはずだが?』
『替えはある。』
サトラは表情を変えずに言う。
その不変が、とても心強い。
サトラの「収納」には、当然ながら予備の槍が入っている。
直接渡り合っていなければ、それを取り出すのはたやすい事だ。
『謀ったな?!』
「お前のミスだろ?」
サトラと息を合わせるように攻め立てる。
突いて払って切って落とす。
技能「加速」技能「一心同体」技能「西国無双」。
ありとあらゆる戦闘系の技能を起動して、レベル差200以上の戦いに付いていく。
「かは。」
圧力で呼気が漏れる。
吸い込んではダメだ。吐き出せ。
出し尽くせ。
足りない俺がそれでもと手を伸ばすべき領域。
彼女の力になると誓った約束が本当の意味で果たせる機会。
この一瞬に全力を。
アマダスの鎌の「万物切断」は攻撃時でないと働かないらしい。
押されて防戦一方のクロノスからは圧力を感じない。
だが、あと一手足りない。
押せてはいるが、巧みに攻撃を逸らされている。
俺の技能効果が切れれば、押し返される。
レンさんのバフはこちらの能力を底上げしてくれているが、レンさんにとってはLvにして400は上の相手だ。これ以上を望むのは酷と言うものだろう。
視界の端にちらりと映る彼女は、介入しようとしては辞めるという動きを繰り返していた。
唇を噛んで、悔しそうだ。いや、職業「英雄」効果のパーティを組んだ相手の能力値1.2倍のおかげで持っているようなものだから。そんな悲壮な顔しなくていいから。
『頑張ってー!』
魔法による介入、肉弾戦での介入。どちらも諦めた彼女に残されたのは、声援だった。
ああ、それでも、力が湧いてくる。
確か、レンさんの技能には「鼓舞」ってのもあったっけ。
その力だろう。
基本的に彼女が直接戦闘に参加したほうが早いから、使う機会がなかった技能だけど、その効果は目覚ましかった。
俺とサトラの体のギアが一段階上がる。
トップスピードに一つ上が追加されたような感覚。
これがあるなら、クロノスの防御を崩せる。
いきなり速度が上がった俺たちの動きに、クロノスの対応が一瞬遅れる。
「帯電。」
もう一度千鳥に雷を纏わせる。
受け流されていた鎌を完璧に捉えた。
「雷切!!」
放出しきれないエネルギーが俺の体を痺れさせるが、関係ない。
クロノスにこの雷を流す。
彼の動きが、停止した。
それを逃すサトラではない。
「技能「縮地」。」
彼女は最後までとっていた技能を発動させた。
動きの止まった彼の腹に槍が生える。
「ごふっ。」
クロノスは血を吐いた。
サトラの抜く動作に合わせて、彼の体が崩れ落ちる。
これで、終わりだ。
「こい!クロノスアバター!」
だが、クロノスはそう叫んだ。
向こうで響いていた戦闘音が途絶え、ごうと風が吹く。
彼方から、時空杖、クロノスアバターが飛来する。




