第百三話 ミノ迷宮
準備は整った。
ついに、神の待つダンジョンに乗り込むときだ。
やってやるぞ。
全員やる気十分といった調子である。
モチベーションは確認しあったからな。
それぞれにそれぞれの理由がある。
恩を仇で返すわけにはいかない俺とそれについてきただけのサトラだけ異彩を放っている気もするが、気のせいだろう。
それを言うならダンジョンに潜りたいだけのレンさんも異彩を放ってるし。
愛さんとナルデの能力も教えてもらったけど、よくわからなかった。
こればっかりは、戦闘になってみないと見えてこないところだろうとは思う。
何はともあれレベル的に足手まといになる可能性は低そうだし、頼りにさせてもらおう。
愛さんはLv420、ナルデはLv278。うん。俺より強いな。
●
クロノスの迷宮の入り口は、郊外の森の一角の崖に開いた洞穴だった。
侵入を禁ずるバリケードが物々しい。
今回は、愛さんが交渉で鍵を取ってきてくれたらしく、そのまま入れる。
つくづく有能だなこの人。
「それでは、行きましょう。」
愛さんの号令に続いて、洞窟の中に入る。
中は、ほのかに光る白い壁が何重にも立ち並ぶ、昔ながらの迷宮だった。
これは久しぶりにマッピングの腕が鳴るな。
『ちょっと待ってくれないか。私が情報を探ろう。』
分かれ道でストップが入った。
えっ、ひょっとして、情報屋って、完全初見のダンジョンでも情報を手に入れることができるのか?
俺の磨いてきたマッピング技術⋯⋯。
中華ダンジョンでもあんまり使えなかったし、型落ち感がすごい。
ナルデはサラサラと迷宮の地図を書き上げて俺たちに示した。
天然の迷路のようにグネグネと曲がり、別れる道も多数ある。
これ自力でマッピングするのはかなりの骨だぞ。
しかもこれに加えて、モンスターとの戦闘も行わなければならない。
正統派だが、それだけに骨が折れるタイプのダンジョンと見える。
ナルデがいなかったら酷い目に遭っていただろう。
『すごいね。さすが世界最高の情報屋だ。』
レンさんが賞賛を送った。
俺も同意見だ。
サトラだけわかってなさそうにぼうっとしている。
サトラはマッピング技術なくてもやっていける実力があるからな。
『ふふーん。もっと褒めてくれ。』
ナルデはドヤッと胸を張った。
張れる胸はなかったが、誰もそのことに関しては触れないであげた。
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慎重に進む。どのようにモンスターが湧いてくるのかわからない。
警戒してもしすぎることはない。
愛さんの聞き込みによると、牛の化け物が出るらしい。
ナルデも補足していたので、間違いないだろう。
牛かー。
牛頭人身っぽいんだよなぁ。
確か、ミノタウロスの元ネタってこの島の話でしょ?
とてもありそう。
あの種族、聞くところによるととても強いらしいので、警戒しとかないと。
『警戒してくれ。来ているぞ。』
ナルデが俺たちに警告を発する。
俺は前方に目を凝らした。
何もないように見えるが⋯⋯ ?
『違う!横だ!全員、避けろ!』
切羽詰まったナルデの声に急き立てられて、俺たちは散った。
一拍遅れて、迷宮の壁が崩壊する。
『うもぉぉぉぉ!!!!』
俺たちがいた空間にダンプカーほどの物体が飛び込んでくる。
気づかなければ粉微塵になっていたであろう威力だ。
えっ?迷宮の壁ってそんなに薄いんですか?
あんな強固な感じなのに。
俺たちは急いで立ち上がる。
一撃を躱しても油断はできない。
体勢を立て直し、牛頭人身の怪物が咆哮した。
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ミノタウロス
Lv55
職業「衛兵」
技能「突進」「咆哮」「身のこなし」「躍動」「俊敏」
とても強そうなミノタウロスはしかし、とてもレベルが低かった。
正直拍子抜けである。
レンさんの炎脚一発であっさりと沈んだ。
ぶちかましの奇襲性と威力だけが大きい牛だったな⋯⋯ 。
「ちなみに、この牛は弱くありません。この辺りの人の平均Lvは10ですからね。何もしらぬ村人が、この洞窟に入っても出てくるのは死体だけでしょう。」
愛さんの解説に頷く。
引きこもるにはちょうど良さそうな場所だな。
始まりの街にある中級ダンジョンとか、そう言う扱いになってそう。
クロノスが元凶ってことは、もはやラストダンジョンなのか。
付近に住んでいる少年が謎を解き明かしたら、熱い展開だったはずなんだけど、ナルデ以外異邦人なので感動が薄い。
悲しいなあ。
まあ、攻略できれば問題ないんだ。
いざとなったら、壁をぶち壊して進んでいくと言う手段を取れるようになったのは大きい。
ミノタウロスに破れるくらいだから俺たちにも破れるだろ。
ちょっと大変だから、あくまで緊急時って感じになるだろうけど。
『ああ、ここは壁を壊そう。このまま進んでも、途中で折れ曲がってこの先に戻ってくるだけだからね。』
緊急時は思ってたより早く訪れた。
まあ、そう言うのめんどくさいよね。わかる。




