第百話 時間停止の黒幕
目を覚ました愛さんが、こちらの部屋にやってきた。
どうして全員こちらにいるのか問いただしたい様子だったが、グッと堪えている。
正しい。多分何もなかったんだし気にしなくても良いはず。
意識がなかったので、本当に何もなかったのかはわからない。
何もなかったはずだ。きっと。
「とりあえず、情報共有を行いましょう。」
『そうそう。依頼されてた情報だけど、だいたいわかったよ。』
「そのあたりも含めてです。ほとんど必要がなくなりましたけど。」
『さすがだね。私の情報網でもほとんどわからなかったというのに。』
「こちらもこちらで動いていますから。むしろ個人でやっているあなたがすごいんですよね⋯⋯。」
愛さんとナルデがよくわからないことを話し合っている。
そちらだけで情報の共有を行わないで欲しい。
『そろそろ詳しく話してくれてもいいんじゃないの?』
レンさんの言葉で、二人の応酬は止まった。
「そうですね。今まで話していた通り、私たちの目的はギリシャの時間停止の解除です。」
愛さんが話し始めた。
⋯⋯ あれって時間停止なのか。メディアでは空間静止と言われているけど。
まあ、どっちも同じようなものだし、おそらく愛さんの言うことの方が正しい。
愛さんによるとなんでも大事な仲間が囚われているらしい。
慇懃無礼でほとんど感情を面に見せることのない愛さんが、一瞬だけ、苦い表情をしたのが印象的だった。
『私の目的も同じだ。第一私が情報屋になったのも、この実力を身につけたのも、故郷を取り戻すためだからね。』
昨日ちらっとそれっぽいことは言っていたが、ナルデはギリシャ出身らしい。
アメリカに留学に行っている間に、時間停止が起こって戻れなくなり、戻す手段を探っているうちにそこまでの力を身につけたようだ。それにしても強すぎる気がするけど、おそらく、「知恵の女神の加護」ってやつが働いているんだろう。何か隠しているのは間違いない。
でも、故郷を取り戻すと言うその意志は、まっすぐで信頼できるものだった。
たとえ裏があったとしても、戦力としては心強い。
時間停止という厄介な現象を相手にするのなら、戦力はいくらあってもいいからな。
「時間停止は、ずっと元凶がわかっていなかった。いえ、わかっていたけど居場所が掴めなかったという方が適切ね。」
原因究明がすでに為されているんだけど、謎解きパートはどこですか。
いや、シンプルでいいか。
とりあえず元凶の元にたどり着いてぼっこぼこにすればいいんだろう?
簡単簡単。サトラもいるし。
「元凶の名はクロノス。ギリシャのゼウスの父の巨神にして、時間の神の概念を取り込んだ存在です。」
あれ?
思っていたより、敵のレベルが高いんだけど。かなりの有名どころなんだけど。
もっとこう、秘密結社的な何かを想像していたんだが、レベルが違った。
『あいつだけは許さない。』
ナルデの表情が激情に歪む。⋯⋯いや、これ、ナルデじゃなくて、別の何かじゃないのか?
あまりにも、雰囲気が違う。おちゃらけたところが消えて、生真面目一辺倒だ。
「主人様と仲間で一度は撃退したのですが、仕留めきれず、こんな事態になってしまいました。あの後、ダンジョンなどという奇妙なものを調査しなくてはならず、時間を取られてしまって⋯⋯。」
愛さんは、痛恨と言った様子で顔を伏せる。
なんかすごいことを言ってない?
仮にも神に類する相手と戦って勝ったと言っているように聞こえるんだけど。
愛さんの主人様がどういう存在か知らないけど、神と同じくらいの力を持っているようだ。
ほんと愛さんには逆らわないようにします。
「ですが、あの異世界の女神を尋問した結果が、主人様から伝えられました。やはり、クロノスとつながりがあったようです。」
『時間停止の直後に、ダンジョン化が起こった。当然関連性はあると思っていたけど、やっぱりか。』
「そっちが何を勘違いしたのかこちらに戦争を仕掛けてきたと聞いていますが。」
『力の発生源がそっちにあるって聞いたから仕方ないでしょ!まさか12神の一人が裏切るとは思っていなかったのよ!』
ナルデの体に入った別人は焦る。
「⋯⋯ 。顕現はほどほどになさってください。アテナ様。」
『⋯⋯ それもそうね。』
目を閉じたナルデの表情には元の飄々とした感じが戻ってきていた。
『というわけで、彼女が私に力を貸してくれているアテナ様だ。依り代とか顕現とか、今でも現実感がなくて笑っちゃうね。もちろん大好きな神だから嬉しいんだけどさ。』
⋯⋯ なんか、特大のネタバレをされた気分だ。
置いてけぼりになってたぞ。
情報を整理しよう。
アテナはギリシャ神話の戦と都市と知恵の女神。
彼女と、愛さんの組織は因縁があるらしい。
ただ、それは誤解で、全ての黒幕はクロノスという神だったということだ。
そして、ついさっき、その神の居場所が掴めたと。
つまり、俺とサトラはその神に対する傭兵として、大学の学費とアメリカ軍との交渉を対価に雇われた立場ってわけか。
⋯⋯ どう考えても詐欺じゃない?
対価に対して生じる労働義務の難易度が半端ないんだけど。
愛さんのしたたかさを甘く見ていた俺のミスだ。
それに、ここまでお膳立てされて、はいやめますなんてことは不誠実がすぎるだろう。
サトラの方をちらりと見ると、こちらを勇気付けるように頷いた。
サトラがいるなら大丈夫か。
相手はクロノス。
ギリシャ神話の大ボスだ。
それでも、俺とサトラがいればどうにでもなる気がしてくる。
武者震いがするぞ。




