第91話 本物のハタアリさん(1/2)
痩せた色黒の賊どもは大騒ぎした後、ひとしきり門を突いたり斬ろうとしたり爆破したり、攻撃しまくってから離れていったが、まだ大群のまま遠くに座り込んでいた。
俺たち三人は、賊どもが諦めて去るまでの間、賊たちから見えないよう、壁を背にして身を隠し、連中が去るのを待つことにした。
門の外では炊き出しを始めたり、木材で簡易矢倉を建てるなど、この堅牢な門を落とす準備を着々と進めている。
俺は一つ大きく息を吐き、青い服の少女を見た。
フリースはなかなか目覚めず、ぐっすり眠っている。相変わらず、とがった耳は偽装されていて紅く光り続けている。
「それにしても長い眠りだな……」
もしかしたら、エルフ耳した元大勇者も人の子で、ここまでの旅の疲れが出たのかもな。
闘技場での八雲丸さんとの戦闘で大量の魔力を使い、襲われた夜には俺を守るために戦ってくれた。もしかして、あの後からずっと、俺を守るために寝てなかったのかもしれない。
フリースが転生者ではないとしたら、きっと疲れてるだろう。安全な状況が続くようだったら、このまま眠らせてあげたい。
「ラックさん、これから、どうするんです? 門は閉じちゃったし、賊が外に待ち構えていては、この人の呪いが解けないんですよね?」
「そうだな、レヴィアの言うとおりだ。運転手も人力車残して逃げちまったし。どうしたもんか……」
「昔だったら何とかなったかもしれませんけど……私は弱くなってしまったので、どうにもできないのですが……」
「なんとかフリースを連れたまま進めるルートを探してみるか。賊なんて統率がとれない荒くれ者たちの集まりなんだから、どっかに隙とか油断とかあるはずだ」
だが、格子越しに門の向こうを見て考えを変えた。
「さっきより増えてないか?」
百人? 千人? いやもっとだおびただしい数の増援。地平を埋め尽くす大軍が、規律正しく並んでいる。油断どころか攻略の準備が、さらにピッチを上げて進められている光景を目の当たりにした。なかにはこちらに常に鋭い眼光と銃口を向けている者もいる。
俺は「よし無理だ。遠回りになるが、迂回するぞ」とレヴィアの手を握った。
人力車にレヴィアをのせ、大急ぎでフリースを抱えてレヴィアに渡す。
「ちゃんとおさえててくれ」
車輪はゆっくりと回転をはじめる。
かつて一度通ったことがある丘の上の交差点。そこから南に向かう道が伸びていたはずだ。ひとまず、あのネオジュークの黒富士を望む高台。レヴィアがさらわれてしまった場所を目指そう。
人力車は、尋常ならざる重たさだった。しかし、鑑定と検査で鍛えた俺のレベルをもってすれば、軽い軽い女の子二人を載せた車を運ぶのなんて余裕のはずだ。
そう余裕。
すごく余裕。あまりにも余裕。
の、はずなのだが……。
なだらかな上り坂が続く道は、思いのほかキツイ。
転生者ってのは常人より体力がずば抜けてるはずなのに、あっという間に汗だくになり、門からいくらも離れていないところで足が止まってしまった。道が砂ばかりで慣れないこともあり、なかなか前に進んでくれない。
逃げた運転手は、こんな道を三人のせて平然と進んでいたというのか。
こき使っちゃって悪かったなと本気で反省する。
「どうしたんです? ラックさん」
「いや……」
おっと、これはまずい。レヴィアに情けないところを見せるわけにはいかない。
しかし、それにしたって重すぎる。何か車に細工でもしてあるんじゃないか?
「ちょっとマシントラブルかな? レヴィア。申し訳ないが、一度降りてくれないか?」
「え? いいですけど」
俺が人力車を駐車し、レヴィアが飛び降り、二人でフリースを降ろした時であった。
砂地を馬が走ってくる音がした。軽快な音色。
音のした方を見てみると、大きな白い馬に乗って、黒いマントを羽織っている女がいた。年齢は、三十は越えているくらいだろうか。肩のあたりから二本突き出しているのは背中に背負った猟銃の砲身だろうか。
手綱を引いてブレーキをかけ、俺たちの前に立ちはだかった。
俺は、その年上の女が発するあまりの迫力に気圧されてしまったし、レヴィアなんか小刻みに震えながら俺の背中に隠れてしまった。
「あらら? なんで門が閉まってるんだい? あたしの活躍する状況、なくなっちゃってるじゃないか」
少々の怒りをにじませる黒いマントの二丁猟銃使い。
うーむ、黒いマントの紅い猟銃使いか。どこかで耳にした記憶がある特徴だ。
「あんたたち、何か知らないかい?」
女の人がきいてきた。回答によっては、背中の猟銃で撃ちぬかれてしまいかねない。
だが正直に答えたとして、なにか問題があるようなことを俺はやらかしただろうか?
むしろ、賊の侵入を俺とレヴィアの愛のシンクロによって、水際で食い止めたわけじゃないか。これは褒められこそすれ、責められる要素なんか無いはずだ。
「なに考え込んでる? あやしいね」
「い、いやっ! あの、賊の軍勢が攻めてきてて」
「それで?」
「門を閉めました」
「はぁ?」
あれ、怒りに顔を歪ませている。賊が流入したら壁に囲われたカナノ地区は大変なことになっていたはず。それを阻止したのだから、むしろ表彰されるべきなんじゃないのか。
だけど、年上の女と関わる時には、よくよく注意せねばならない。最初に会ったときのアンジュさんなんかも身ぐるみを剥いできたわけだし。怒ったまなかさんには家を飛ばされたわけだし。
なんとか怒りを鎮めないと。
「あの、だって、賊が攻め入ったら大変じゃないですか。住人たちが危険にさらされる」
しかし、女は、今度はため息で不快感を表明し、
「攻めさせるつもりだったのよ」
「え……それって……」
つまり、この女は、賊が町に入ってくる手引きをしたってことじゃないか!
要するに、賊そのもの!
だとしたらまずい。二人を守りながら逃げないと。急いで逃げないと。
人力車が重たいとか疲れるとか足が痛いとか言ってる場合じゃない。
「それじゃ、俺たちは先を急ぎますので」
気を失ってるフリースを再び人力車の座席にのせ、俺とレヴィアが二人で人力車を押して行く。
全力ダッシュで距離をとろう。俺はレヴィアに目くばせし、二人、頷き合った。
「では!」と俺が言って、走り出した。
走り出したのだが!
「うわぁああああ!」ぐしゃ、ばき、べこっ、ガタタン。
俺が悲鳴をあげながら人力車に撥ねられ、倒れたところに車輪が乗り上げ、あろうことか人力車はそのまま走り抜けようとした。ところが、俺を轢いた衝撃によって唯一の乗客であるフリースが空中遊泳し、見事に運転手レヴィアの頭と頭が大激突。
人力車は横転し、レヴィアは人力車を棄てて逃げようとしたものの、よろよろと数歩すすんでから崩れ落ちた。
「レヴィア!」
俺は転生者だから、身体の痛みはかなり軽減される。だけどレヴィアやフリースは違う。俺はレヴィアに駆け寄ろうとした。
ところが、俺より先に、「大丈夫?」と年上の黒マントがいつの間にやら馬から降りていて、レヴィアに語り掛けているではないか。
「ひィ」と本気の怯え声をあげるレヴィア。
俺は素早くレヴィアを抱きかかえて確保した。
この期におよんで、俺はまだ逃げるのをあきらめていなかったのである。
「いっやぁ、恥ずかしいところを見せてしまいましたね。ちょっと人力車の調子が出なかっただけで、全然大丈夫ですので……それでは、ちょっと我々、先を急ぎますので」
両脇に可愛い女の子二人を抱えて逃げるため、フリースを拾い上げようとした。だが、フリースの服がスベスベ過ぎて、うまく抱きかかえることができなかった。
「ちょっと待った」
「え」
「いま、逃げようとしてたみたいだけど、なんで?」
「いえいえ、ちょっと……ちょっと、その……ちょっと用事がありまして」
「あんた、さっき門を閉めたって言ったよね?」
「いやっ、やってない。やってないんじゃ……ないですかねぇ」
俺は嘘をついた。命が掛かってそうなこの場面、これくらいの嘘は許されるのではないかと思うのだ。
「なんで嘘つくの?」
「なんとォ! 決して! 決してそのようなことは!」
俺は思わず地面に膝をついた。
と、そこで黒マント女は「ププッ」とふきだした。かと思ったら、「あはは、おかしい」腹を抱えて大笑いし始めた。笑った時にできる目元のシワが、可愛らしかった。
何が起きているのかわからず、俺は唖然としているしかない。
「いやいや、何か勘違いしてるみたいだけどね、あたしは賊の仲間じゃないよ」
「でも、さっき『攻めさせるつもりだった』って……」
「ああ。単純な話よ。向こうから侵略してくるなら、殲滅できる展開にもっていけるでしょう? なんつーの? 大義名分が立つっていうの? いくら暴徒化してるからって、もとはいちおう一般市民。全力で叩き潰すには、正当な理由が必要なのよ」
と、この言葉に反応を示したのはレヴィアだった。「せ、せんめつ」と呟いて帽子を握ってガタガタ震えている。
「うう……黒いマントを羽織った銃使いで、二丁の赤い猟銃で、おおざっぱな射撃で敵を殲滅する人で、かくだんとうで……こわい……」
およそ見たことない怯えっぷりだ。不気味なキャリーサや元大勇者のフリース相手にも立ち向かった果敢なレヴィアなのに。
黒マントの女は続ける。
「てかさ、こっちの『おびき寄せ計画』を事前に阻止するってことは……さては君こそ、あの賊どもの味方だったり?」
顔は笑っているが目は笑ってない。鋭い眼光で見据えられ、俺は身動きがとれなくなった。




