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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
後日談2 冬の日に

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蛇足3 ある冬の日の出来事(1/3)

 道路わきに積まれた雪が日光を反射してきらきらと輝いていた。


 茶色い厚手のコートを装備した若くて小さな女の子は、何度か振り返りながら、早歩きで移動していた。


 まるで何かから逃げるようだった。


 もこもこのスキー帽を深くかぶり直した。


 彼女は青いリボンを握りしめ、緊張感を保ったまま歩き続けた。


 辿り着いたのは小さな公園の小さな池の前だった。


「ここまでくれば……」


 呟いた時、頭の中に直接語りかけてくるような声が響いてきた。


「ちょちょ、レヴィア様?」


「え、なんですか、コイトマル、しゃべれるんです?」


「ここなら魔力が濃い目なので、ぎりぎりいけるようですね」


 レヴィアの恋のライバルであるフリースには、契約イトムシのコイトマルがいる。


 ほとんどすべての時間で、一人と一匹は一緒にいる。コイトマルは青いリボンに宿っていて、いつもフリースが身に着けている。服からリボンを外しているときも、腕に巻いたりしている。


 唯一、風呂に入っている時だけは、このリボンを籠に放置するのだった。


 悪いレヴィアは、フリースが湯舟に浸かっているすきに、これを盗み出したのだった。


「ムシなのに冬眠していなくていいんですか。最近はいつも寝ているってフリースは言ってましたけど」


「ご存知ありませんでしたか。このコイトマル、寒いからといって冬眠しているわけではありません。魔力が少ないところでは会話力を保てないだけなのです。さっきからずっと叫び続けていたのですが、レヴィア様に気付いてもらえず。このコイトマル。みずからの声の小ささを恥じていたところですよ」


「そうですか。それじゃあ、先を急ぎますので」


 レヴィアはそう言って、小さな池に向き直る。


「お待ちくださいレヴィア様」


「何ですか。急いでるんですよ。あなたのご主人が来てしまったらどうするんですか」


「ひとつ、きいておきたいのですが、何の目的で、この池の中にコイトマルを連れて行こうとしているのですか?」


「それはですね、あなたに身体を与えるためです」


「おお、身体を! なんとも嬉しいことですが、何のために?」


「うーんと……プレゼントですかね」


「本当ですか?」


「嘘じゃないです。いいから来てください」


「何故です?」


「邪魔してもらうためですよ。あなたを自由にすることで、フリースがラックさんと二人きりでも甘い空気にならないように」


「簡単に自白しすぎではありませんか? 下手な嘘から足を洗って、最初から素直に言えばいいと思うのですが」


「うるさいですねぇ、リボンのくせに。どうせ抵抗できないんですから、黙っててください」


「とはいえ、黙ってはいられないのですよ! このまま異世界(マリーノーツ)に飛び込めば、ご主人がしにますので」


「え、死? どういうことですか?」


「今の状態であれば、この星から出ない程度なら大丈夫ではあるのですが……。とにかく、あまりにご主人と離れすぎると、ご主人とコイトマルを繋ぐ魔力が枯渇して、ご主人がしにますね」


「え、うそ」


「ですのでレヴィア様、コイトマルを連れてこの池に飛び込んではダメです」


「わかりました。でもまあ……だとしても、別の手があるので大丈夫です」


 そう言って、レヴィアは青いリボンを木の枝に結び付けた。続いて、「行ってきますね」と言い残し、ひとりで池に飛び込んだ。


 カラフルな水しぶきが小さく上がった。


 低い枝に結ばれた青いリボンは、風もないのに、うるさいくらいにバタバタとはためいていた。


 レヴィアはすぐに戻って来た。


 彼女に続いて池から這い出てきたのは、もこもこした毛皮をまとった獣だった。この世界にはいないはずの獣。すなわち、モコモコヤギである。


 全体的に黒くて、ヤギのような体で、四本足だった。頭には巻角と金色のアゴヒゲ。ボディは全身が水に濡れた毛におおわれている。


 レヴィアとヤギが揃った動きで身を振った。服や毛皮についた水を弾け飛んだ。


 モコモコヤギは、モコモコヤギらしく、もこもこの暖かそうな毛をふくらませ、ふっくらしたフォルムになった。


 レヴィアは、枝に結ばれた青いリボンに向けて、元同族の親友を紹介する。


「コイトマルさん。こちら、幼馴染のペティ・アッパーちゃんです」


 紹介されたモコモコヤギは、見るからに不快そうな表情をしていた。


「あれ、どうかしたんですか、ペティちゃん」


 レヴィアの問いに、ヤギは低い声で返す。


「人間の匂い濃すぎるって。こんな誘惑の多い場所で暮らしてんの?」


「襲っちゃだめですよ。こっちの人たちに迷惑かけたら、ペティちゃんが危ないんですし」


「わかってるけどさ」


「それに、思ったよりいいところなんですよ。ごはんもおいしいです。マナがうすいから、ちょっとペティちゃんにはキツい思いをさせるかもしれませんが」


「てかさぁ、あたし何で連れて来られたん? ちょっとは説明してよ」


「え、してませんでしたっけ?」


「全然されてない。『あなたのスキルが必要なんです』とか言われただけで、わけもわからず連れて行かれて池に引きずり込まれた。つまんない用事だったら、この角で串刺しの刑だかんね」


「まあまあ抑えてくださいペティちゃん。魔族でちゃってますよ。こっちでは大人しくしてって言ったじゃないですか」


「そんなの約束したおぼえない。ていうか、問答無用で引っ張ってこられたから、返事する暇もなかった。不愉快だから帰って良い?」


「だーめですよ」


 レヴィアは黒ヤギの黄金のヒゲを引っ張り、引きとめた。



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