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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
終章 最後のエリクサー

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第309話 牛を牽く者

 帰りの切符がわりの、三つ編みベスさんの絵を握りしめた俺たち三人。時空を超える旅をして、俺の世界からマリーノーツへ。出て来たのは、立派な洋館がある敷地の中だった。二人の話によれば、ホクキオ近くの隠れ家に戻ってこられたということらしい。


 しかし、その紅く光をまとう洋館は、どうも何もないかのように偽装されていて、『曇りなき眼』をもつ俺にしか見えないようだった。


 たぶん、特定の人物にのみ出入り口の場所が知らされていて、隠れ家として利用されていたのだろう。


 だから、(やかた)の内側に入ってさえしまえば、普通に安全な住処(すみか)として使えるのだろうけれど、普通の人間には、入り口がどこかすらわからない。


 いやそれにしても、なにはともあれ、再びマリーノーツの地を踏むことができてよかった。


 公園の池に見た目が汚い液体を流し込み始めた時はどうなるかと思ったし、その固まりかけの溶岩みたいな汚い色の水の中に突き落とされた時はどうなるかと思ったけれど、無事に帰還を果たせて実に嬉しい。


 偽装洋館のある屋敷の庭には、虹色に輝く泉があって、ここがマリーノーツと俺の世界とを繋いでいるようだった。


「へぇ、こっち側から見ると、池の水は虹色に輝いて見えるんだな。俺たちは虹を越えてきたわけか」


 俺は見たままそう言ったけれど、レヴィアとキャリーサからは、非難の声が上がった。


「どこをどう見たらそんなことになるんです? 目がくさってるんじゃないですか?」


 曇りなき眼をもつ俺に向かって、なんて言い草だろう。


「あたいも許せないね。冗談でも言っちゃいけないことがある。あたいらの覚悟を踏みにじるような発言だった」


 さっぱり何を言ってるのか分からない。


「ここまで汚い水に飛び込むのって、女には勇気のいることなんだぞ」


 キャリーサはそう言うが、水に飛び込むこと自体、男にだって勇気のいることに変わりはないと思うけどもな。


 ただ、ここらへん、下手(へた)に食い下がっても何も良いことはない。俺の目にだけ虹色に見えるってことは、よほど貴重な宝物なのだろう。そうまでして会いに来てくれてうれしいよ、ということを伝えたかったのだが、その言葉は、かえって怒りを買う結果になりそうだからな。そっと自分の胸にだけしまっておいて、思いっきり話題を変えてやろう。


「それで、マリーノーツに帰ってこられたのは嬉しいが、俺はどうして連れて来られたんだ? まさか、何の目的もないのに準備もさせずに引っ張ってきたわけではあるまい」


 すると、レヴィアは思い出したように手を叩き、言うのだ。


「そうでした。私、ラックさんに会ってほしい人がいるんです。ちょっと、ついてきてもらえませんか?」


 断る理由はないけれど、説明がなさすぎて不安になる。


「会ってほしい人って誰だ?」


「あとでわかります」


「ほう、サプライズってわけか」


 俺はレヴィアに手を引かれ、ホクキオの街を横切り、郊外、アヌマーマ峠の入口近くに広がる犬とスライムが湧きまくる草原に連れて行かれた。


「ちょっとここで待っててください」


  ★


 レヴィアが言う会ってほしい人というのは誰だろう。


 フリースの姿が見えないから、彼女だろうか。しかし、それだとサプライズである理由がわからない。と、そこである可能性に思い至った。コイトマルが羽化していたとしたらどうだ。


 俺としてもコイトマルのことは愛おしく思っていたからな。もし無事に羽化して、妖精みたいになって、きれいな女の子の姿になっていたとしたら、心の底から幸せを感じられることだろう。


「なるほどな……」


 たぶんフリースだ。フリースに違いない。


 他に誰か候補がいるだろうか?


 そうだな……もう一人考えられるとしたら、オトちゃんあたりかな。


 マリーノーツの神聖皇帝オトキヨ様は、暗殺者の凶刃によって、魔力が大幅に低下し、黒蛇の姿から人型に変身できないようになっていた。魔力が戻ったのだとしたら、フレンドリーなオトちゃんのことだ。その復活のお姿をお披露目をしたがるだろう。


 そのためにキャリーサが(つか)わされてきた可能性もあるんじゃないか。


 あとは、なんだ、大穴狙いで、エリザマリーとかの可能性もゼロじゃないか。


 実はこの世界の裏の女王として君臨し続けていて、魔王を全て消し去った俺にレヴィアという名のご褒美をくれるために挨拶しにくるとかだったらいいな。


 もしかしたら、これかもしれない。


 今あげた三つのうち、どれが来てもご褒美だ。


 というか、世界から魔王を消し去った功労者なのだから、何かご褒美があって呼ばれたと考えるのが自然だろう。


 もしも、それをもらうことでレヴィアと一緒にいられないという結果になるのだったら、絶対に断ろう。俺はそう決意した。


  ★


 しばらく待っていたら、地面が揺れ始めた、小刻みにずしんずしんと重たそうな音がして、俺を不安にさせたのだが、レヴィアが連れて来た人。いやそれ人と言っていいんだろうかっていう存在が、俺を混乱に陥れた。


「うぇええっ」


 思わず声が裏返った。


 レヴィアが、雑に縄でぐるぐる巻きにして連れて来たのは、巨大な魔族だった。遠くから見ると、牛のような角が生えている。いかにも悪魔な魔族。バホバホメトロ族というやつである。山が動いているかのような巨体が、カウガールレヴィアに引っ張られて近づいてくる。


「お、おいキャリーサ……あれは……」


 俺が隣にいたキャリーサに話しかけたが、キャリーサは驚きもせず、平然と答えた。


「おとうさんだよ」


「え、誰の? え、え、なんでおとうさんをぐるぐる巻きにしてんの?」


「暴れないようにじゃない?」


 何を言ってるのか、わからない。


 予想のはるかに斜め上。


 フリースじゃなかった。オトちゃんでもなく、エリザマリーでもなかった。俺の予想の全てを越えてきた。


 とことん異常な光景だ。


 小さなレヴィアの高い声と巨大な父親の低い声がだんだんと近づいてくる。


「どうしたんだレヴィアよ。久々に外に出たのだから、もっとゆっくり歩いてくれ。もしオレが転んだりしたら地面が揺れて、村の人間どもがパニックになってしまうからな」


「ごめんなさい。早く目的地に着きたくて」


「それにしても、急に散歩に行こうと言い出したかと思ったら、がちがちに縛りおって。新しい遊びか? というか、ちょっと待つのだレヴィア。オレはまだ心の準備ができてないぞ。ちょっと、オレに登ってツノに触ってみてくれんか、レヴィアよ」


「えー、めんどいです」


「だったら見た目だけでも、もう一度確認してくれ。オレの頭は変じゃないか? ツノは以前と同じくらいに育ったとは思うが、ちゃんとカッコよく復活しとるか?」


「もちろん以前のほうが、たくましくてよかったですけど、出ても恥ずかしくはないレベルです」


「そうか。よし……」


 そう呟いたあとに、口を開けっぱなしで見上げている俺と目が合った。


 巨大な魔族は立ち止まった。


 俺はおとうさんと対峙する。


「…………」


 何かを言おうとは思ったが、筋肉隆々で目つきの悪い怪物の威圧感に圧倒されて、うまく頭と口が働いてくれない。


 脳みその奥の方にある本能ってヤツが、黙って逃げろと警告している。


「む、人間がいるぞ。さっそく、オレの恐ろしさを味わいたい命知らずがいるようだ」


 どうしよう。どうしたらいいんだ。はじめまして、とか挨拶した方がいいのかな。


 合成獣士キャリーサに助けを求めたくて彼女のいた方をみたけれど、もうそこにキャリーサはいなかった。かなり遠くに後ろ姿が見えた。俺を残して逃げたようだ。


「ほう、貴様は逃げぬのか。レヴィアとオレの進路を妨害する人間とは、不遜(ふそん)(やから)よ。どれ、望み通り真の恐怖というやつを味わわせてやる」


 レヴィアの大きな父親がそう言ったとき、レヴィアは、まるで逃がすまいとするかのように、俺の腕にしがみついて、言うのだ。


「おとうさん、紹介します。このひと、私の恋人です」


「えっ」驚きの声をあげる大魔族。


「ちょっ」心の準備ができてない俺はそんな声をもらした。


「なにぃ。人間だと?」


 いや、こっちが「魔族だと」って言いたいんだけど、何なのこれ。


 俺は、人生で最も深く息を吐き、心の中で落ち着け俺、と語りかけながら、彼女を腕から離れるよう(うなが)し、震えた声を出した。


「レヴィア、説明してくれ」


「私、魔族だったんですよ」


「はいッ?」


 だめだ。全く整理がつかない。


「でもラックさん。安心してください。今は、ちゃんと人間ですよ。ツノはなくなりましたし」


「どういうことなの、前は生えてたってこと?」


「そうですね。これです」


 レヴィアは、巻き角を取り出した。その角は、もとは黒いのだろうが、金色(こんじき)にキラキラ光って宝物であることを主張しまくっている。俺の大好きな彼女は、頭の上で角をクロスさせたり、頭にくっつける動作をしていた。


 心の整理が、なかなかつかない。


 けれど、ああ、思い返してみると、思い当たるフシがないでもない。


 ずっと帽子をとらなかったこととか、頭に触ろうとすると過度(かど)に嫌がったこととか、暗闇で頭に触った時にごつごつしたものに触れたこととか……。


 あれは、頭に角が生えていたからだったんだ。


 なんだそれは。


 いやしかし、決意の時だ。魔族だったからといって、俺のレヴィアへの好意は変わらないんじゃないか。


 だって今、俺は自分にはえていた角で遊ぶレヴィアを見て、ときめいてしまっている。


 今のレヴィアを愛せるか?


 ――もちろん間違いなく愛せる。


 過去のレヴィアを愛していたか?


 ――もちろんだ。誰よりも愛している。魔族だったからなんだって言うんだ。


 いくらか自問自答して、俺は自分でも驚くくらい簡単に答えを出した。まるで、知らないうちに、こうなることがわかっていて、すでに覚悟を決めていたみたいに。もしかしたら、はるか昔の前世とか、今はもう憶えていない夢の中とか、そういうところで魔族の彼女のことを知っていたのかもしれない。


 ――俺は、レヴィアと一緒になろう。


 今と未来を見つめよう。


「これからも、私を激怒させるようなことしたら、生えてくるかもしれません」


「じゃあ安心してくれ。俺はレヴィアを史上最高に大事にする。なぜなら、誰よりも愛しているからだ」


「そうやって簡単に言う人にかぎって、浮気したりするんですよね。なんだかイライラしてきました」


 沸点低すぎない? 先が思いやられるんだけども。




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