第290話 レヴィアの旅 カナノの茶屋
★
「味が落ちましたね」
「誠に申し訳ございません」
レヴィアに向かって地面に手をついて頭を下げたのは、カナノの茶屋の腕毛が濃い店員である。レヴィアは、この腕毛店員に対しては、どういうわけか、えらそうな態度で接するのだ。
というわけで、ここは、いつぞやの福福蓬莱茶をもらった店である。俺が福福蓬莱茶の原料となるアイテムの鑑定をしまくったり、レヴィアとフリースと一緒に福福蓬莱クリームタワーなるものを食べた金色の狭い部屋だ。
常昼のネオジュークピラミッドから外に出て、しばらく道沿いに進むと、レヴィアお気に入りの、この茶屋がある。
そのなかでも特別な席。部屋の中が黄金色で満たされた個室だ。畳も光っているように見える、上品なキラキラに包まれた芸術的空間で、レヴィアはあからさまに不快感を表現し続けていた。
「というかですね、店員さん。福福蓬莱茶を使ったメニューが、軒並み無くなっているじゃないですか。どういうことなんですか?」
「それがですね……福福蓬莱茶が、入手できなくなってしまって……」
「私は、お友達のキャリーサにおいしい福福蓬莱スイーツを食べてもらおうと思ってたんですよ? どうしてくれるんですか? だいたい、入手できないくらいで出せなくなるなんて、しょぼい店です!」
「まことにすみません。返す言葉もありません」
店員さん、謝りすぎじゃない?
この世界は、転生者がいなくなって混乱している。思ったよりも混乱していないように見えるが、やはり混乱はあるのだ。
そんな時に店に在庫がないなら、何か事情があるに違いない。だったら、商品が提供されなくても仕方ないことじゃないか。
むしろ、福福蓬莱茶などという製造におそろしく手間のかかるものを、これまで出してくれていたことに、あらためて感謝すべきじゃないかと思う。
俺の感覚では、レヴィアの心無い言葉は、ものすごいハイレベルなクレーマーみたいなイチャモンだと思うんだけども。
「レヴィア様、どうか、なんとかしていただけませんか。今、この店は窮地に陥っているのです」
窮地に陥った経緯は、なんとなく想像がつく。
ひとことで言うと、鑑定士がいないのだ。
福福蓬莱茶を作り出すためには、神仏をも殺す毒キノコから毒を抜き、そうして生まれた土で育てた草を、さらに高レベルの鑑定にかけねばならない。
解毒スキルを持った者と、鑑定スキルを持った者が揃わなくては、福福蓬莱茶を作ることができないのだ。
茶屋のおっさんには、少なくとも鑑定スキルなどというものは全く無い。だから、これまで鑑定人を雇ってきた。
ところが、俺が池にファイナルエリクサーを流し込んだことによって、転生者が全員消滅し、鑑定スキルを持った人間が急に激減してしまった。そうなったことで、鑑定人としての仕事ができる人材が確保できずに、福福蓬莱茶を使ったメニューが絶滅した、と、そんなところだろう。
腕毛の濃いおっさんは、気持ちが昂るあまり崩壊した言葉で、俺の考えた通りの理由を口にして、助けてくださいと泣きついたのだった。
しかし、今、三人娘に鑑定士不足を解決する手段はない。俺を再召喚することができれば、打つ手はあるのかもしれないが、この子たちが目指しているのは、再召喚ではなく、時空をこえて俺の世界にやって来ることなのだ。
だから、彼女たちが選ぶ道は、福福蓬莱茶を手に入れることでもなければ、鑑定スキル所持者を連れてくることでもない。何を選ぶかといえば……。
「新メニュー考えたら?」フリース。
「それです!」レヴィア。
「どれ、占ってやるよ」キャリーサ。
福福蓬莱茶にかわる名物を編み出すことになった。
★
キャリーサの占いで、「お酒が幸運を招く」という結果が出た。そこで、昼間は茶屋をそのままやることにして、夜間は居酒屋のような店にすることになった。
茶屋のおっちゃんは反対した。あくまで「茶」にこだわりを持つ店だったので無理もない。茶がなくなれば茶屋でなくなってしまうと必死に反対した。
だが、三人娘のアイデアだけで、いろいろなことが決まっていく。反対意見は全て握りつぶされた。
かわいそうだとは思ったが、泣きついたのは腕毛店主のほうなので、仕方ないんじゃないかと思う。
あるとき、どの酒を出すかで話をしていた時、「色々混ぜて飲んだらいいんじゃないですかね」というレヴィアらしい一声で、さまざまなカクテルが誕生した。
はじめは賑やかな居酒屋的な店を目指していたものの、カクテルのオシャレさに合わせる形で、控えめなライトアップで上品さを醸し出すにとどめ、あとは茶屋の雰囲気をそのまま利用することに決めた。
従業員の服装も、シャキっとした襟付のシャツを基本として、高級感と清潔さを感じさせるものにした。
その結果、大繁盛した。
これまで、一部のマイナーな店を除いて、酒を混ぜて飲む習慣があまり無かったマリーノーツ。そこに突然のカクテルブームを巻き起こし、それまで酒を敬遠する傾向のあったカナノやハイエンジの貴族的な格好をした女性たちが、我先に、と押し寄せた。
茶屋のおっちゃんは、「軌道に乗るまで手伝って欲しい」とレヴィアにしがみつき、レヴィアが、「任せてください」と勝手にオーケーした。これによって、なんと、労働とは縁遠そうな感じの三人娘はその店で働き始めた。
この三人の仕事なんて、全く期待できないだろうと俺は思っていたのだが、意外なほど機能した。
レヴィアは呼び込みと奇抜な新メニュー開発で力を発揮し、フリースはクールな接客で女子たちの憧れの視線を集め、キャリーサは妖しい雰囲気を求めてくるマニアックでサブカル的なお客に大人気だった。ついでに言うと、腕毛の濃いおっさんも酒を出すことによってワイルドな魅力が引き立ち、モテ期が到来していたりした。
占いの結果に従ったからなのか、茶屋の新事業は大成功。いいことずくめで、反対していた茶屋の店主も毎日が楽しくて仕方ないようだった。
あれ、でもさあ、ねえ……ちょっと待ってくれよ。
きみたちは、時空を越える秘密のエリクサーを使って、俺に会いに来るはずじゃなかったの?
何で茶屋でさわやかに額に汗して働いてるの?
俺の世界に来るなら早く来てくれよ。
特に、今回の旅のリーダーはキャリーサなんだから、ほんともう、しっかりしてくれよ。案内人らしくさ。
レヴィアのいない日常は、すごく寂しいんだよ。
★
客の一人はサングラスをかけた金髪ツインテール。バニーの耳を隠そうともせず、茶屋で閉店までの一時間以上を過ごし、数時間後に再開した酒を出す店でも長い時間を過ごして帰って行った。
今思えば、あれはウサギ娘ステラによる敵情視察のようなものだったのかもしれない。
さて、レヴィアたちは、一体いつまでここで茶屋とバー的な店の仕事に精を出すつもりなのだろう。俺を待たせて平気なのだろうか。
そんな風に、イライラが止まらなくなりかけていた頃、転機が訪れた。
カクテルの流行に目をつけたライバル店が、近くに店を出したのだ。
その真新しい看板には、次のような文字が刻まれている。
『酒屋エアステシオン』
サウスサガヤから北にしばらく行った広場に、あるオシャレな店がある。その名も、『傘屋エアステシオン』である。傘屋とはいうものの、中身は洋風のカフェのようなところだ。
エアステシオンの名前の由来は、三人の看板娘、エアー・ステラ・シオンという名前を組み合わせたもの。基本的に従業員のコスチュームは露出少なめの白っぽいバニーガールである。
このエアステシオンという店は、俺との強い繋がりがあったりもする。以前、祭りの時の発注ミスを挽回するために協力してあげたことがあり、その見返りにタダで傘を借りた、なんてことがあったのだ。その時に俺はデートビジネスを提案し、これが奇跡の大成功。俺はバニーちゃんたちに、「マスター」などと呼ばれているのだった。
さて、サガヤ地区の店舗はそのままに、カナノへ進出してきた可愛いウサギちゃんたちは、酒屋というネーミングの通りに、夜に酒を出す商売を始めた。
カナノの茶屋の成功を見て、「ウチらもカナノで酒をやればウケるんじゃね?」と言い出したのは、看板娘の一人、ステラであったらしい。
エアーとシオンは知っているけど、ステラはあまり詳しくは知らない。
ともかく、この店のカナノ進出は、酒を飲みに来る客を奪い合う展開となり、縄張り争いに発展してもおかしくはない状況となることが予想された。
いざ、仁義なき看板娘対決が、始まる――と思われたが、全くそんなことにはならなかった。意外だ。
カナノの茶屋は、昼も夜も、女性客を中心に人気を博していた。対して、エアステシオンは、昼間は少し離れたサガヤ地区で活動しているので夜しか開かず、夜の客層も男性が圧倒的大多数だった。バニーガールに酒を組み合わせたため、それはもう、癒しを求める男性客でごった返したわけだ。
それに、レヴィアやフリースはウサギちゃんたちとは少しばかり面識があったし、共通の知り合いがいたこともプラスに働いたようだ。
ラックとかいう男、別名マスター。つまり俺との思い出を話題にして、レヴィア、フリース、エアー、シオン、キャリーサが思い出を語り合ったりして、仲良くなっていった。
ところが、バニーたちとともにカナノ地域を盛り上げていたある日のこと、仕事終わりの深夜に、着替えを終えたキャリーサが呟いた。
「あたいらは、一体なにしてんだろね」
その言葉に、レヴィアとフリースもハッとして続いた。
「そうでした。ラックさんに会いに行くことになってたはずです」
「充実の毎日で忘れかけてた」
そしてレヴィアは、すぐに深夜の閉店作業を終えた腕毛の濃いおじさんの所に走り、言うのだ。
「私たち、大事な用事があるので、今日でやめさせてください」
茶屋のおじさんは、突然のことに驚き、店の鍵を落として膝をつき、レヴィアに頭を下げた。頼むからもう少しだけ、とお願いした。
しかし、レヴィアたちの意志は固い。
「従業員のことなら、ウサギさんたちがお手伝いしてくれるはずです。私からお願いしておきますので」
エアーやステラやシオンに店のことを頼んで、旅の続きに戻ることにしたようだ。
茶屋のメニュー開発力と、ウサギ娘たちの接客力が合わさって、きっと良い店になるんじゃないだろうか。
でも、それはもはや別の話。これにてネオカナノの茶屋とはお別れ。キャリーサの馬車は次の町へと向かう。
すぐ近くに迫っているホクキオに向けて、旅を再開した。




