第285話 レヴィアの旅 隠された村ツノシカ
レヴィアとキャリーサとフリースと。三人の旅は続いていく。
森の中、キャリーサは、木製の柵が張り巡らされた場所の前に来るなり、「なつかしいわね」と呟いた。そして続けて、
「ま、そうはいっても、ここに来たのは、そんなに前の話でもないし……実を言えば、あたいは、ここでの記憶がないんだけども」
遠くから、甲高くも優しく柔らかい音色が、かすかにきこえてきた。笛の音だ。
さてと、と呟いたキャリーサは、カード束からランダムに引いた紙を見つめて言う。
「ええっと、隠された村のツノシカでのレヴィアを、あたいの占いスキルで占うと、『焦り』が出た。ここに来た時、レヴィアってば、そんなに焦ってたか?」
「おぼえてないんですか?」
「だって、この柵をこえて出るときに忘却の呪いが発動するからね。ここじゃあ、あたいみたいに呪い耐性のない人間は出る時に記憶を失うのよ。あたいの『偽装』スキルはレベルアップしてたから、ちゃんと修行になったんでしょうけど、中で何が起きたのかは記憶に無い。呪い耐性のある魔族なら、記憶がはっきりしてるんでしょうけど」
隠された村ツノシカか。
そこには一度も行ったことがないけれど、ツノシカという名前は何度か聞いたことがある。あれは確か、レヴィアと再会して食事した時と、それから、マイシーさんが、『原典』が現存しているかもしれない場所として名前を挙げていた。
マリーノーツに居た頃の俺には縁が無かった場所だ。足を踏み入れたこともなければ、この場所のことを詳しく聞いたこともない。何回か名前を聞いたことがあっただけだった。
俺にとっては謎の村だけど、レヴィアとキャリーサは、ここに来たことがあるとのことだ。
以前、遊郭で飛び出したレヴィアが炎で貫かれて、俺も気を失って、そして目覚めた後、しばらくレヴィアに会えない時間が続いたなんてことがあった。会えない理由を、マイシーさんは全く教えてくれなかったのだが、ツノシカに行っていたらしい。
目的は何だろうか。
レヴィアは言う。
「私が誤認スキルが足りなくて困ってたら、キャリーサが来て、『お困りのようね、レヴィア』とかって、くっさいニオイを撒き散らしながら現れたんです」
「くさいとか、余計じゃねーかな」とキャリーサ。
フリースは、少し考え込み、思い出して手を叩いた。
「ああ、このままじゃラックにバレちゃうって慌ててたんだよね。ラックの『曇りなき眼』のレベルがいきなり上がったから、上位スキルを身につけなきゃって必死になってたときか。だったら、たしかにキャリーサの占いで『焦り』が出るのも仕方ないね」
フリースは続けて言う。
「ラックが『曇りなき眼』を身につけたら、偽装と誤認の複合である『見通せぬ壁』を張る必要があった。誤認を無効化する『天網恢恢』をラックがおぼえたら、今度はレヴィアが上限突破スキル『認知の城壁』を築く必要があった。代償として、力を使い過ぎて睡眠時間が長くなったりしたこともあった。さらに、ラックがそれすら破るスキル『燦然世界』を発動させた時のために、悩みに悩んだ末、レヴィアは『堅牢なる優しき嘘』まで覚えた。魔族の呪いの力や戦闘力を完全に失うのを代償にね」
「なんていうか、すごく、愛だね」とキャリーサは微笑んだ。
出会い方が悪かったからか、俺の前ではいつも不機嫌そうな顔を見せていたキャリーサだが、この二人と一緒にいるときは気を抜いていられるようだ。
さて、ものすごくゴチャゴチャしているけど、要するに俺の知らない間に、俺とレヴィアは、スキルでのせめぎ合いをしていたらしい。
「『堅牢なる優しき嘘』を身に着けたら、もう後戻りできなくて、人間になるってことなんです。ラックさんのために、私は自慢の巻き角を失って、魔族をやめるまでしたのに……いなくなってしまって……」
本当にその愛が嬉しくて、そして、とても申し訳なく思う。
「でもさ、そもそもなんだけど」とキャリーサ。「なんでレヴィアは、あの野郎に正体がばれないようにしてたの? あの馬鹿野郎だったら、レヴィアの正体が魔族だってわかったところで、戸惑いながらも『俺の愛は変わらない!』とか叫ぶだろうよ。馬っ鹿野郎だからな」
馬鹿野郎とはご挨拶だなキャリーサこのやろう。いやまあ、たぶん、俺の反応はだいたいキャリーサの言うとおりに違いないんだろうけども。
レヴィアが質問に答える前に、フリースが別の問いを繰り出した。
「あたしも、よくわからないのが、誤認と偽装を高めるために、どうして二人が隠された村に行く必要があったの?」
このフリースの質問には、キャリーサが答えた。
「それはあれさ、ツノシカの住人は、全員が『曇りなき眼』以上のスキルを身につけてるからね、そこでこっそり隠れて生活するだけで、あたいの偽装とレヴィアの誤認はレベルアップするって考えたのよ。そんでもって、その村の人たちを騙すことができるくらい偽装レベルを上げれば、あたいの偽装でもオリハラクオンをボコれるってわけさね」
このひと、俺に恨みもちすぎじゃない?
むしろ、俺のほうが恨みたいくらいだぞ、レヴィアを誘拐した事件は無かったことにはならないんだ。
なにはともあれ、俺に仕返ししたい偽装屋のキャリーサと、俺をだましたい誤認屋のレヴィアが組んで、訓練のためにツノシカ侵入作戦を敢行したということのようだ。
「一瞬で捕まってしまいましたけどね」とレヴィア。
「へえ、やっぱりそうか」とキャリーサ。
「私がそこで聞いた話によると、実はあの村、見えちゃう系のスキルを持った人たちが、捕まって閉じ込められてる村なんだそうです。何不自由ない暮らしができると言ってましたが、ラックさんみたいな見えちゃう系スキル持ってる人は決して外に出られませんし、見えちゃう系のスキルを持たない人たちには、その中であった出来事をぜんぶ忘れる、忘却の呪いが掛けられるんです」
俺が来るよりもはるか昔に、見える力を身につけた俺の先輩ともいえる方々が幽閉されている地なのだという。
もしも、今後マリーノーツを訪れる機会があるのなら、このツノシカという町には行ってみたい……とか思ったけれど、さっきフリースが言っていたことが本当なら、転生者が全員消えたって話だから、行っても誰もいないのかな。
柵の向こうから笛の音がきこえたってことは、今も何者かがいるってことなんだろうけども。
そこでフリースは言う。
「それってさ、そこに閉じ込められて、死ぬに死ねず、クリアもできない転生者が多くいたってことだよね。可能性を封じられた人たちがさ」
そしたらレヴィアは、「うーん」と唸り、言うのだ。
「クリアの可能性はあったみたいですよ。ひどい話なんですけどね、深い地の裂け目があって、その地底湖ってところに魔王が閉じ込められてて、いつでも何人でも同時に挑戦が可能だったらしいです。みんな、やぶれかぶれになって自殺するために飛び込んでいったみたいですけど」
「なんか、本当に隠された村って感じだね」とフリース。
「あたい、なんでそんな面白そうな話を忘れてるんだろう。なんであたいには呪い耐性ないかなぁ」
「面白そうな話なら、まだありますよ?」
「どういうのさ?」
「生きづらい者たちの桃源郷だとか言う人もいましたけど、けっこう外の世界の情報をほしがる人も多かったんですよ。だから、キャリーサを酔わせてペラペラ外のことを喋らせたり、キャリーサがゴキゲンに酔い潰れたら、優しい村の皆さんは、あれ食え、これ食えと云いながら、私にもマシンガンのように質問を浴びせてきたんですよ」
「村の人たちは、外の情報を知って、どうしようっていうの? 出れないんでしょ?」
「自分たちが解き放った機械人形が、ちゃんと目論見通りに動いてるかどうか知りたかったみたいです。ぜんぜん暴走しちゃってたみたいですけど」
「んー、話が見えないにもほどがあるね。何がどうなって機械人形の話になんのさ。あんた、あたいの記憶が残ってる前提で話してない?」
「忘れちゃったキャリーサが悪いんです」
「なんだって? 言うようになったねぇ」
キャリーサが拳を握りながら言ったとき、すかさずフリースが、
「元気出てきたみたいだね」
と続いた。
レヴィアは、そんな二人の反応を気にすることなく話を続ける。
「まあともかく、そういったわけで、外の情報を掴んだり、外から必要なアイテムを取り寄せるために、人形をつくって外に出したらしいんですよ。なんでも、村を取り囲む結界は、心臓があるかどうかによって人間とそうでない者の区別をつけるので、心臓の無い人形だったら出入りができるとか何とか」
「その、機械人形を作った目的ってのは何だって? レヴィアは何か聞いたのかい?」
「スキルリセットアイテムを届けて欲しいっていうプログラムだったみたいですけど、三回くらい届けたきりで連絡がとれなくなったみたいです。合計で百個近く届けたみたいですけど、村人全員のぶんは全然足りなかったみたいですね」
これって、たぶん偽ハタアリさんのことだよな。破壊されて埋められたアレは、政府転覆を狙った逆賊だった。自称魔王を気取った、とても迷惑な機械人形だった。
この一連のツノシカ新情報を、どう処理したら良いのだろう。俺なりの解釈は次のようなものだ。
スキルリセットアイテムである『世界樹の樹液』をゲットせよ、そんな指令を下された半永久の命を持つ人形は、自分の意志で動き始めた。
自分で考えた結果、求めるのがスキルリセットではなくなったのだ。もっと根本的なものを解決しない限りは、自分を生み出したツノシカの民を救うことができないと考えたわけだ。
そもそもツノシカの村人がどういう目的でスキルリセットアイテムを使うかというと、ツノシカに幽閉されてしまった人間が、第二のマリーノーツ人生を受け取るためである。
曇りなき眼系スキルを持たなくなった者は、ツノシカから脱出できるようになる。かわりに記憶を失う仕組みになっているのは、この場所のことが本当に外には知られてはいけないからだろう。
曇りなき眼をもった転生者は、人の集まるまちにいると、権力者の見せたくないようなものが見えてしまう。だからレヴィアの言葉で言う、「見えちゃう系スキルを持った転生者」は狩られたのだ。
捕まって、閉じ込められて、出られない。ゲームクリアのためには、戦闘スキルも乏しいなかで魔王に挑まなくてはならない。
そんなの無理ってやつだ。
そこでツノシカに閉じ込められた村人たちは、自分たちを解放するための存在を秘密裏に作り出すことにした。たぶん、そうだな……無生物に命を与える『アルティメットエリクサー』でも使ったのだろう。
もちろんそんな行動は禁止されていたんだろうけど、目を盗んで、見事、やってのけたのだ。
機械仕掛け人形の誕生である。
転生者たちが秘薬と秘術に手を出して命をかけて作り出した人形、偽ハタアリは、自らが考え、行動する者だ。これが生まれつきの機能だったのか、それとも動いているうちに芽生えたものなのかはわからない。
だた、ネオジューク近郊で出会った俺が出会った偽ハタアリと呼ばれていた人形は、とても人間らしさを感じさせた。自分自身を特別な存在だと思い込んでいたところなんかも、機械っぽくはなかった。
そしてそいつは、ツノシカに自由に出入りできる唯一の意志を持った存在だったから、勘違いした。
――普通の人間が自由に行き来ができない場所に至れる。
――だとしたら、自分の正体は、特別な人間。いや、あるいは魔王なのかもしれない。
――そうだ。魔王だ。きっとそうだ。
そんな風に人形が思うようになったのだ。
そこからは魔王らしい言動をするようになっていき、魔王だったらどうするかを第一に考えるようになった。それが政府転覆を謀る一連の悪事に繋がっていった。一種のバグなのか、それとも秘術の代償か。
それまでの暴走する前の偽ハタアリさんは、「世界樹の樹液」を使って、ツノシカの人々のために多くの村人を見えない者に戻してきた。
見えなくなった転生者たちは、柵をこえた瞬間に転生者として過ごした記憶を消されるようになっていて、まるで夢でも見ていたかのように、転生者一年目からやり直すことができるのだと思う。
スキル『曇りなき眼』など、はじめから持っていないことになって、スキルだけでなく、マリーノーツ人生を全てリセットできるのだ。
もっとも、転生者の血を引くというだけのキャリーサ、完全な転生者ではないこの世界の住人である彼女には、そのマリーノーツ人生の全てを忘れさせる忘却の呪いが百パーセント機能したわけではなかったようだ。もしくはスキルリセット済みの者にだけ深い過去にさかのぼって記憶を消すという術式が働くのかもしれない。
なにはともあれ、ツノシカの民のために使っていたスキルリセットアイテムが、村に届けられず、悪の組織を維持するために使用されるようになったのは、ツノシカの民にとって不幸なことだっただろう。
さて、本当のところどうなのか……。
詳しいことはわからないということを前提に、さらに踏み込んで考えるなら、俺はこう思うのだ。
――そもそも、もともとは、巫女に仕立てたオトキヨ様を担ぎ上げるためにエリザマリーが「見えちゃう者」を保護したのではないか、とね。
暴走龍が巫女になっているなど、知られるわけにはいかないから、当時この国を治めていた予言者エリザマリーたちは、大胆なことに歴史や祭りを捏造した。そして、その秘匿を暴きかねない『曇りなき眼を持つ者』を探しては閉じ込めを繰り返したのだろう。
案外、ギルドなんていうのも、『曇りなき眼』の管理をするために整備された組織だったりするのかな。
転生者のほぼ全てが所属することになる組織なのだから……。
なんて、これは、ちょっと行き過ぎた想像かな。
と、やや話がそれたが、つまりは、エリザマリーの吐こうとした一つの嘘が原因で、曇りなき眼という打開能力のあるスキルを持つ者への扱いが大きく歪み、揺らいだというところが発端なのだろう。
そこを根本にして巡り巡って生まれた負の遺産が、偽ハタアリだった。
半永久の命を持つ機械人形だった、偽ハタアリ。さっきも言ったように、その目的は変わった。単なるスキルリセットアイテムだったはずだったが、いつしか、そうではなくなってしまった。
エリザマリーやエリザマリー派の人間への恨みを晴らし、ツノシカの情勢を根本的に解決することにしたのだ。
だって、たとえ曇りなき眼を持つ者の保護をしていたのだとしても、捕まった転生者からすれば、迫害である。人形が迫害された人々を救おうとしていたなら、議会に食い込むなどして、エリザマリー派であるオトちゃんを潰そうとした行動にも納得がいくじゃないか。
どうだろう。俺の推理や解釈は、そうそう的から外れていないと思うのだが。
しかし、レヴィアとフリースとキャリーサの三人では、そうそう深い話にはならないのだった。
「よくわからない話ですけどね」レヴィア。
「あたいも別に興味ないわ」キャリーサ。
「…………」フリースは、まあ、仕方ないねとでも考えてそうな無言だった。
俺としては、フリースの見解を聞いておきたかったのだけれど、残念ながら、この三人の組み合わせでは、フリースはあまり細かな説明の発言の機会は少なそうだ。
隠された村とか、とても興味深い場所なんだけどもな、どうにも、これ以上、ツノシカに関する細かな情報は出てきそうになかった。




