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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第十一章 負の遺産を何とかせよ

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第277話 ファイナルエリクサー製造作戦(1/3)

 俺は、特別観戦席で、(ひたい)に手を当てながら考え込んでいた。


 製造途中の貴重すぎる霊薬を前に、俺ひとりでどうすればいいのやら。


「なあ、オトちゃん、どう思う? フラスコを熱する炎を強めたらいいのか、弱めたらいいのか、それとも消したらいいのか」


 黒蛇は答えない。ただ俺の腕に巻き付いたまま、ぺにょろぺにょろと舌を出し入れしていた。


 そうしている間にも、金属製の器具で宙に浮かされたフラスコは、下から炎で熱せられ続けている。緑色の液体が、ぼこぼこと沸騰していた。


「アオイさーん! どこですか!」


 責任者を呼んでみたが、返事がなかった。もしかしたら、ガラスが叩き割られたりしたことで、恐怖を感じて逃げたのかもしれない。


「仕方ない。俺が続きをやるか」


 アオイさんからもらった紙に続きが書いてあったはずだ。そう思って、メモ用の質の悪い紙を取り出したのだが……。


 その紙に書かれていた工程に、緑色の液体なんて一切出てこない。


 ――青色の液体型エリクサーから始まって、黒くなって白くなって、最後に赤くなる。そして赤くなったものを清浄な水に溶かす。沸騰させないように注意する。


 最後のところとか、もう全く見たくなかった。


 さっきから、ぼこぼこと沸騰する音が響いているから。


「あれ、これもう失敗してるんじゃね?」


 背筋に異様な寒気が走る。


「おいおい……これまじで……いやぁ……」


 ステータス画面を開けない。一人じゃこわくて真実を知りたくない。


 エリクサー・(きわみ)なんて、ものすごく貴重なものなんだぞ。他の素材に関しては、花とか灰とか粉とかだから、まだ手持ちはあるけれど、エリクサーの、しかも極なんてのは、次にいつ手に入るかわからない。それこそ数年単位かかるかもしれない。


 時空をこえて失敗前に戻って手に入れるとかしないといけないレベルなんじゃないのか。そんなことできるとは思えないが。


「とにかく一度火を弱めて……」


 と言いながら、フラスコに手を伸ばして、せめて沸騰を止めようと弱火にした瞬間であった。


「あーっ!」


 戻ってきたアオイさんが指をさして叫んだのだった。


「ラック! これどういうこと?」


「どう、と言われましても」


「緑色なんて出るはずないでしょ。なんか混ぜたの?」


「いや俺は何も……」


「何もしなかったら、こうならないよ!」


 転生者のアオイさんはステータス画面を開くと、読み上げて言うのだ。


「なにこれぇ、『鑑定アイテム:エリクサーのなれのはて』だって」


「失敗ですか?」


「失敗だよ! これでもかってくらいの失敗だよ! どうしてくれるの、もったいない!」


「でも、現場を離れたアオイさんにも責任があるのでは?」


「それは……。てか、むしろ君は、どうしてあの危険な状況なのに平然と室内にいられるの?」


「なんの、ただの油断です。過信ともいいますね」


「まぁ、君が無事でよかったけど」


「アオイさんこそ、怪我しなくてよかったです」


「……うん、ありがと。つくってた薬があんなふうになっちゃったのは、たしかに悲しいけどね」


 そう言ったアオイさんは、思いのほかあっさりとした口調だった。


 深刻な事態からの現実逃避なのか、それとも、少しでも場を和ませたかったのだろうか。いずれにしても、とにかく、ちゃんと現実と向き合わねばならない。


「エリクサー・極は一つしかなかったのにな……」


「ところがだよ、ラック」アオイさんは、ちっちっち、と人差し指を振ってみせた。「まだ半分残ってるんだよね。こっちのスキルで」


「……え、アオイさんのスキル? どんなですか?」


「節約スキル。本来、一個ずつしか使えないアイテムを、半分ずつ使うことができる。たまたま持ってたんだけど、これが、なんとファイナルエリクサーを作る上で欠かせないスキルでね、実はエリクサー・極とか、そのほかの材料とかの配合を半分刻みで調節しながら混ぜてやらないと完成しないのですよ」


「おお、じゃあまだチャンスがあるってことですね?」


「ラスト一回きりね。いやあ、聖典研究のために貧乏生活を送ってた時のスキルが、こんなとこで役に立つなんて、何がどう役に立つか、わかんないもんだよね」


 サウスサガヤの古本まみれの質素で汚い部屋だとか、レヴィアのために高価な薬を買ったら思いっきり叱られたこと等を思い返すと、たしかに節約に力を入れてる感じも無くはない……。いや、あの時の薬屋さんでの件は、冷静さを失っていた俺が完全に悪かったけれども。


「それにしてもアオイさん、緑色になったのは不思議ですよね」


「そうだね」


「誰かが何かを混ぜたか、あるいは、沸騰させてしまったのがいけなかったのか」


 俺としては、たぶん前者、何かを混ぜこんだ者がいたのではないかと考えている。


「そうだ。ラック、ちょっと鑑定してみてよ。こっちのスキルレベルじゃ無理みたいだから」


「わかりました」


 そして俺は、緑色の液体『鑑定アイテム:エリクサーのなれのはて』を受け取り、鑑定にかけた。


 控えめな光を放って鑑定終了。あらわれた文字列を読み上げる。


「『福福蓬莱エリクサー』を手に入れました」


「……なにそれ」


「入れました? 福福蓬莱茶」


「あの健康にいいっていう苦いやつ? カナノのお茶屋さんで人気と噂の」


「ええ、それです。甘いものに入れると、ほろ苦さがスイーツの甘さを引き立てて大人気なんですよ」


「へぇ、お菓子とかデザートになってるんだ。ご老人専用かと思ってた……。実は、お店の前を通りかかったことがあったけど、混んでたし高かったから食べてないんだ。スイートエリクサーより美味しい?」


「いえ、それはないです。スイートエリクサーは、あらゆる生物も無生物も、万物が美味しいと感じて踊り出すような最高のモノですから」


「そっか……でも、どうして福福蓬莱茶が混じっちゃったの?」


「アオイさん、どこかのタイミングで、席を離れたりしませんでした?」


「え? うーん。落ち着いてレシピを確認するために、レヴィアちゃんに見守りをお願いして部屋を出た時はあったけども、でもちょっとだけだよ?」


「なるほど、だいたいわかりました」


 俺の推測ではこうだ。


 珍しく助手なんてのを買って出たレヴィアの目的は、いちはやく最高に美味しいエリクサーを味見することである。欲望に素直でとても可愛らしいことだと思う。


 しかし、アオイさんがずっと沸騰させないように、とろ火で加熱しているのをまどろっこしく思っていたレヴィアは、あろうことか、見張りがいなくなった隙に、とりあえず火を強くした。


 他のみんなが観戦に熱中しているのをいいことに、勝手に煮えたぎった液体をペロリと味見したレヴィアは、製造途中のあまりおいしくないものを口にして、このままではマズいと思った。自分が沸騰させたことによってマズくなったと考えたからだ。


 そこで、美味しいものを投入しようと考えた。何か無いのかとポケットを探ると、後でこっそり一人で楽しもうとして隠し持っていた福福蓬莱茶クッキーがあるではないか。


 これです! とレヴィアは手を叩いた。


 福福蓬莱クッキーを砕いて投入されたフラスコは、異物が混入されたことで何らかの変化があったと思う。けれども、レヴィアには、フラスコを気にする余裕が無くなった。


 そのとき、八雲丸さんと魔族との戦いが始まったからだ。ここからは、レヴィアもガラスの前に釘付けになり、そこからずっと、緑色の液体を沸騰させるほどの炎がエリクサーに熱を加え続けることとなったのだ。


 今回の推理はわりと自信ありだ。


「とりあえずアオイさん、一つ言わせていただこう」


「何よ」


「レヴィアを助手にするのは人選を間違えているぞ」


「それって、レヴィアちゃんが犯人ってこと?」


「本人にそのつもりはなかった……というかな、まあ、よかれと思ってやったんだろうけど、いろんなタイミングの悪さが重なって、結果的に、壊滅的にやらかしちまったんだろう」


「そっかぁ……いや、ごめんラック。レヴィアちゃん、興味ありそうだったからさ……こんなことになるとは思ってなかったし」


 レヴィアが良くなかったのは間違いないけれど、アオイさんには助手に指名した責任があるし、油断して観戦に夢中になってた俺も悪かった。


 でも、失敗しちまったものは仕方ない。いくら考えたり責めたりしたって意味は薄いだろう。幸い、まだチャンスは残されている。


 仲間のミスは、チームで取り返すんだ。


 まだ魔族の手の上に座って神妙な面持ちで会話しているレヴィアのことは、後でキツめに叱るとして、とにかく今は、ちゃんとファイナルエリクサーを完成させるべきだ。


「さて、じゃあ、気を取り直して、史上最高のファイナルエリクサーでも作りますか!」


「そうだね、今度こそ」


 俺とアオイさんは、さっそく作業に取り掛かった。




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