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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第十一章 負の遺産を何とかせよ

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第271話 大勇者決定戦(1/6)

 マイシーさんは地下牢獄での敗北の責任をとって、俺たちをガラス張りの特別観戦席へ案内してくれた。


 樹木の真ん中を通っているはずなのに外が見える高速エレベーターに乗った。この世界でのオーバーテクノロジーに思えるものだ。


 円筒型のエレベーターの中から時折透けて見えたのは、炎に包まれた階層とか、水に満たされた水槽だらけの階層とか、博物館的な階層とか、氷に包まれた階層とか様々で、色々な環境が再現されたり、実験されていたという話は、どうやら正しい情報だったらしい。


 フリースは「ね?」とでも言いたげな表情を俺に向けていて、アオイさんは目を輝かせながらレヴィアの肩を叩いて、あれ見てこれ見てと透けて見える景色を指差しまくっていた。


 楽しそうである。


 扉が開き、マイシーさんの先導で外に出た際に、目に飛び込んできた光景に、俺は見覚えがあった。


 野太い歓声、剣と剣がぶつかり合うような鈍い金属音。薄暗い通路を抜けると角度のある観客席。そして、見下ろすと、広い円形の戦闘フィールド。見上げれば明かりをとるための穴を残して、白い天幕に蔽われていた。


 そこは、かつて俺がフリースと出会った闘技場だった。


 あの時よりも、かなり多くの観客がいて、中には立ち見の客もいるほどだった。


「さ、こちらへどうぞ」


 マイシーさんの先導で廊下を進んで、いくつかの階段をのぼると、何の変哲もない壁面に隠し扉があった。マイシーさんが壁面に何やら文字を書くと、コンクリートのような硬い壁が四角く砂のように崩れ、俺たちが通ると、見事に復元された。


 客席の上にせり出している、ガラス張りの特別室に入ることができた。


 そして、その特別室には先客がいた。


「これはこれは、この場所に招かれるとは、ずいぶんな賓客(ひんきゃく)のようだね。何十年ぶりかな。しかも一気に四人も」


 老人であった。


  ★


 以前、一度だけ、この円形闘技場に来たことがある。ネオジュークの北側の森の中に、仮面の門番がいて、そこの扉が、闘技場に繋がっていた。まさか、知らず知らずのうちに大樹の中に来ていたとはな。


 そして、この白髪でしわしわの老人には、一度だけ見覚えがあった。


 フリースと八雲丸さんが戦った時、特別観戦室には三人の人影があった。マイシーさんと、フードかぶった幼女モードのオトちゃん、そしてもう一人が、この老人であった。


 老人は立ち上がると、腕にきつく巻き付いていた黒蛇を優しく水桶に入れ、握手を求めてきた。黒蛇状態のオトちゃんを任されているところをみると、マイシーさんにとっても、かなり信頼の厚い人物なのかもしれない。


「初めまして、我輩の名は、カワタリテ・シラベール」


 シラベール……というと、ホクキオ自警団のクテシマタさんや王室親衛隊のサカラウーノさん、絵描きのボーラさん、そして歴史研究者のカノレキシさんの関係者だろうか。


 カノさんがミヤチズ領主代行だって言ってたから、代行じゃない本当の領主がこの人なのではないか。


「はじめまして、ラックといいます。ええと……もしかして、カノレキシさんの……」


「ほう、妻を知っておるのか……。あやつは元気にしておったか?」


「ええ、熱心に研究を続けていますよ」


「研究か、あのようなことは時間の無駄だと言っておるのに、まったく、あやつときたら……」


 とても仲が悪そうである。


「ところで、ラックという名は聞いたことがある。そこにおるオトキヨ様を鎮めた者の名が、そのようであったが、もしや君かね」


「ええ、一応は。俺の力だけでは全然ないですけど」


「そうかそうか、よしよし、座りたまえ」


 俺は闘技場が見える座席に座った。ちょうど戦いのない休憩時間だったようで、俺はシラベール家の父、カワタリテ・シラベールさんと話をすることになった。


「妻とは、渡し舟を(いとな)んでいた時に出会ったのだ。我輩の乗っていた舟が、うっかり鉄砲水に流されてしまってね、そしたら、橋の上から彼女が危険を顧みず、手を伸ばし、我輩を助けてくれた。助けてくれたというのに、我輩の舟を持ち上げられなかったことを気に病んでいてね、『申し訳ない』と言いながら、涙を流していたよ。あの頃はしおらしくて可愛い女だと思ったものだ」


「運命の人だったわけですね。俺とレヴィアのように」


「そう。まさに運命の人だと思ったんだ。だが、とんだ間違いだったようだ。あやつは人生の全てを研究にささげ続けて、手料理の一つも作れないし、書庫の整理は得意技だが屋敷の掃除をしようともしない。そのうえ、若返りの薬などというものを探す旅に付き合わされたり、世界で一番高い場所から世界を見たいとか、あなたも見て見なさいとか言ってくる、頭のネジが飛んでる女だった」


 これは、もしかして、老人の愚痴を聞く係をマイシーさんに押し付けられたのではなかろうか。


「男を多く生んでくれたのは役に立ったとは思うが、研究を優先して子育ても行き届かないところがあった。まったく、女としてどうなのだ」


 こういう発言は、なんだか並々ならぬ不快感がある。さっさとカノさんは離婚すべきであると思う。他人の夫婦の問題だから、決して口を挟んではいけないだろうけど。


 だから俺は、曖昧に「はぁ」と相槌(あいづち)を打った。


「母親がそんなだから、その子供たちもみな、どこか頭のネジの緩いところがあった。まったく、畑が悪いと良いものは実らぬな。みなコネで王室親衛隊関連の組織に入れてやったが、クテシマタに至っては、よりによってホクキオなんぞの牧場娘と結婚するとか言い出しおって、勢い余って結婚式をぶちこわして勘当してやったわい」


 カワタリテさんは、フォフォフォと笑った。


 笑えない。


 なんだか話を聞いていてイライラしてきたぞ。見た目は人間なのに、人間離れしたひどい思想を恥ずかしげもなく垂れ流して他人を不快にさせたり傷つけたりするギルティな男は、どうかどこかで痛い目にあって考えを見直してほしいと思う。


「おっと、こうしてはおれん。次は我輩たちの試合であった。ラックどの、ここで会ったのも何かの縁。我輩たちの戦いを見守って、ぜひとも応援してくれ」


 俺は応援などする気には全くならず、返事をしなかった。しかし老人は気にせず、しっかりとした足取りで隠し扉に向かって歩いていった。俺は転んだら危ないと思って、数歩ほど付き添うように歩いたが、特に必要なかったみたいだ。


 見送った後で振り返った俺の目には、女性陣四人が、不快感丸出しの表情をしているのがみえた。それはもう、今にも舌打ちでも咲き乱れそうな野生の顔であった。


 俺は、そのうちの一人にたずねる。


「あーえっと、いつもあんな感じ?」


 すると、恐怖さえ抱かせるような低い声でマイシーさんは「ええ」と返事をした。


「あの、つかぬことを伺いますが、なんであんな人が、この特別室にいるんですか? いわば特等席ですよね、ここって。オトちゃんが入ってるくらいだし」


「一言でいえば立会人(たちあいにん)ですね」


「中立的なポジションにいるんですか?」


「そういうわけではないです」


「じゃあ何故、あんなのが」


「ええまあ、わたくしとしても、あの方と話していると、つい手が出そうになるのですが、シラベール家は、わたくしがマリーノーツに来る遥か昔、マリーノーツに初めに渡ってきたうちの一家でして、言ってしまえば、名家なのです」


「それだけの理由で? だったら、もう立会人を降りてもらったほうがよくないですか? 中立どころかめちゃくちゃ偏ってませんでした?」


「ラック様の気持ちもわかりますが、慣習ですのでね……。そもそも、この闘技場を作ったのも、シラベール家の都合によるものです。もとは入隊試験のための闘技場でしたから」


「えっと、つまり、大勇者制度のほうが後発(こうはつ)なんですね」


「そうなります。わたくしがこれまで彼の口から耳にしたシラベール家の兄弟についての情報を整理しますと、長男は思考停止の家の跡継ぎ、次男はさすらいのミュージシャン、三男は疑り深く八方美人で顔色をうかがい、四男はくそまじめ、末の娘は自由奔放な芸術肌、といったところでしょうか」


 長男と次男以外は、すでに会ったことがある。三男は王室親衛隊で俺を苦しめたサカラウーノさん。四男は我が親友クテシマタさん。末の娘はザイデンシュトラーゼンに居候して芸術を磨くハニノカオさんだ。末娘に関しては、ボーラ・コットンウォーカーという別名もある。


 とりあえず俺としては、


「次男が気になる」


 さすらいのミュージシャンという生き方は少し憧れてしまう。


「この後、見られると思いますよ。父親の戦いに付き合わされるみたいですので」


「戦える人なんですか、さっきのご老人は」


「そこそこですね。わたくしよりは弱いです。全盛期はひと蹴りで魔王五柱を消し去ったという伝説がありましたが、たぶん誇張された表現でしょう」


「それはまた、人間離れしてますね」


「どうも脚が長く伸びるというのが彼の能力らしいです。転生者との間に子供をつくると、そういう特殊能力を得た人間が生まれるため、彼もそうして生まれた一人です」


「母親はエリザマリー……ではないですよね」


「違うとは言い切れませんが、おそらく別でしょう。名も知らぬ転生者の誰かでしょう。開拓者たちはエリザマリー以降、定期的に転生者を招いていましたから」


「へぇ、そんな歴史が」


「伝説によるとシラベール家はもともとエルフに近かったそうですが、転生者との間に多くの生まれつきの異能力(スキル)をもつ子供を残し、魔族を倒すための少年兵として育成しておりまして、それがいろいろと変遷して、現在の王室親衛隊の前身になったとか何だとか。つまり、この戦いをシラベール家の当主(あるじ)が見守るのはその王室親衛隊の入隊試験の延長だからなのです」


「魔族にぶつけるための少年兵って、物凄くもやもやするワードですね」


 悪事の雰囲気しかない。


「ええ、わたくしどもの感覚からすると、ろくなもんじゃないですが、あの方なりに世界を守ろうとしていたというところなのでしょう。悪気はないのだと思いますよ。人間の心がないだけで」


「人間の心こそが、一番なくてはならないものだと思うんだけどな」


「時代がすさんでしまえば、人も変わり、そういう者も生まれます。どうかこれから先は、金輪際(こんりんざい)あんなのが出ないような世の中にしたいですね」


 そのためにも、仲間が世界にかけてしまった大魔王の呪いを解かないといけないな。




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