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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第十一章 負の遺産を何とかせよ

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第266話 世界樹リュミエール(1/5)

  ★


 巨体が地面に向かって叩きつけた一撃で、白い天幕が吹き飛んだ。


 赤い短髪の剣士はすでに座席が崩壊している観客席で膝をつき、爆風を受けて踏みとどまっていた。砂埃を横顔で受けて、次の攻撃に備える。


 しかし、剣士の視線の先にはすでに敵の姿はなかった。


 ――背後。


 ふり向いた瞬間に襲い掛かる爪の一撃は、衝撃波だけで天幕を破壊したのと同じものだ。


 一瞬の反応で抜刀の斬撃を放ち、闘気が激しくぶつかり合う。また風が吹き荒れる。


 俺たちがいる特別観戦席のガラスも、びりびりと震えた。


 風が止んだとき、雨粒をさえぎるものがなくなって、降り注ぐ水玉の軌跡が目で追えるようになったことに気付いた。


「ここは大丈夫ですか、マイシーさん。崩れたりとか……」


「中にいる人が傷つくほどの壊れ方は、今まで無いので、大丈夫です」


 マイシーさんの「大丈夫」には不安しかない。フラグにしかきこえないんだ。


 さて、ここは、いつぞやフリースと八雲丸さんが戦いを繰り広げた場所である。


 天幕に覆われたドーム型の円形劇場が、実は世界樹とよばれるマリーノーツ最大の建造物の最上階にあった。


 俺、レヴィア、フリース、アオイさん、それからマイシーさんの五人は、ガラス張りの特別観戦席から、戦況を見つめていた。


 戦っているのは、赤髪の和風剣士、八雲丸さんである。


 では、恐ろしく強い彼が誰と戦っているのか。それは、人間が戦うには、あまりに無謀すぎる相手のようにも思えた。レヴィアも心配しているのか、そわそわと落ち着かない様子だ。


 闇に溶け込むような深い紫色をした筋骨隆々の肉体。背中からは翼が生え、鋭利で巨大なねじれた角が突き出し、爪先立ちで、手足には長く伸びた爪を持つ。目を真っ赤に光らせた人型の化け物。


 いかにも悪魔のシルエット。


 体長が自分の二倍以上の相手に、八雲丸さんはどのように勝つのだろう。


 相手は巨体にも関わらず素早く、その俊敏(しゅんびん)さを活かして多彩に攻めてきているが、八雲丸さんのほうは正面からの攻撃に終始している。


 単純に倒すのではなく、力で上回るところを見せて勝利するのを目指しているのだろう。


 何故なのか。


 マイシーさんが言うには、


「おそらく、これが大勇者選抜の最終試験でもあるからでしょう」


「圧倒的な力を見せないと大勇者にはなれないということですか」と俺。


「いえ、八雲丸様の実績ならば、もはや問題なく大勇者です。ただ、強敵を相手にどういう戦い方をしたか等は噂で広まりますので、大勇者の仲間入りした時に周囲からナメられないように、敵を圧倒する必要があります。ただ……まだ幼いとはいえ、最強の魔族であるバホバホメトロ族を相手どって正面からというのは、なかなか難しいと思いますけどね。それも、何を思ったか八雲丸様が得意にしている肉体強化を使わないという縛りを自分に課している状態では尚更です」


「その、バホ何とかメット族っていうのは、そんなに強いんですか?」


「その目は節穴(ふしあな)ですか? 八雲丸様が手加減しているとはいえ、打ち合いで会場が破壊されている現状を見ればわかるでしょう? まだ若いメスの個体であれですから」


「たしかに、八雲丸さんと互角ですね。いや、むしろ押してるような」


「かつて、五龍を束ねても届かないほどの魔力を持つと言われた伝説の大魔王がおりました。その者がバホバホメトロ族だったらしいです。近づく者を片っ端から砂に変えてしまうので、マリーノーツ西側の開拓には非常に苦労したといいます」


「今はホクキオにはいないんですね」


 ホクキオ草原の鬼とかは知っているが、そんな強い魔族なんて一ミリも知らないから、俺がこの世界に来た頃には、もういなくなっていたのかもしれない。


「かつてはホクキオ近郊のアヌマーマ峠での目撃情報が多かったようですが……あの峠には村人は恐れて近づかないようにしてましたね。それから、転生者の中には隠しボス扱いして挑む者もいましたが、全て返り討ちでした。時折巨体をゆらして人里近くにあらわれて威圧していたみたいですが、十年ほど前から、ぱったりと姿を見なくなったと報告を受けております」


「なるほど」


「ですから、バホバホメトロ族を倒すために、八雲丸様は強化技である神化串を使わざるをえないと予想しています。さもなくば、強力な宝刀を召喚して消し去るかもしれません」


「そうか……」


 俺が生返事を返したとき、また一度、正面からの打ち合いが起こり、びりびりとした振動が強固なガラスを揺らした。


 これまでで最大の力と力のぶつかり合いだった。


 八雲丸さんは納刀し、額の汗をぬぐってから、口の端を持ち上げて、嬉しそうに笑った。


 強敵との戦いに、わくわくが止まらないようだ。


 対する魔族は、自分の分身のようなものを四体も生み出して、八雲丸さんを囲んだ。


 分身たちが一斉に四方から襲い掛かる。


「――八重垣(やえかき)流、抜刀術、其の()(あし)


 刀を抜いて地面に突き刺すと、一気に液状化した。観客席の一部が沼状態になり、足を取られた分身の魔族を次々と斬り倒した。


 それをみて、俺はわかった風の雰囲気を出して呟く。


「ふむ、さすがに防御技を使わせられたか……」


「違いますね」マイシーさんは否定する。「本当は使わなくても難なく(さば)けましたが、自分の多彩な技を自慢したかったんでしょう」


 その隙に本物の魔族は足の筋肉に力を込め、雨雲に向かってジャンプして脱出を試みた。ところが、見えない結界に阻まれて落下。着地後に隅っこまで距離をとって、もう逃げられないと覚悟を決めたのだろう、等身大の分身を生み出して、次の攻撃準備に入ったようだ。


 八雲丸さんが優勢に見えたが、レヴィアは相変わらず、戦況をはらはら心配そうに見つめている。フリースとマイシーさんは黙って戦況を眺めていて、何を考えているのやらわからない。アオイさんは、椅子に座って硬直し、戦いの音や振動に少し怯えているように見えた。


 さて、そんなわけで、ここは世界樹の頂上に位置する闘技場なのだが、なぜ俺たちが、この場に集まって、泉に沈む大魔王の浄化を後回しにして次期大勇者のバトルを観戦するに至ったのか。


 それは、サタロサイロフバレーを後にして、フロッグレイクの地に足を踏み入れてすぐのところから語らねばならない。




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