第264話 サタロサイロフバレー(5/6)
「そこなハーフエルフ」
「クォーターだってば」
フリースは訂正しながら返事をした。
猫は言う。
「おぬしの高潔さに免じて、ワシは緑の服どもを許そうと思う」
「それはいいけど、あなたとの、まるで呪いみたいな契約を破棄するには、どうすればいいの? このままだと、呪いを浄化したり結界を強めるたびに、魔力容量の少ないハーフエルフが危険にさらされることになるでしょ?」
「うん……? それは……。あぁ、まあ、ワシの力は平等に魔力を吸いあげてしまうからな、確かに、魔力容量の少ない者ほど危ないが……」
「あなたを消し飛ばさなくても契約破棄する方法くらいあるでしょ? 上書きすればいい? それとも、血族の同意が必要?」
「後者だ。その、すでに亡きエラーブルと血のつながりの濃い者が数人おれば、契約は解除できよう」
「じゃあ、探してみる」
そして彼女はラストエリクサーをゴミ扱いするかのように凍らせながら畑を滑っていき、エルフ少年を仰向けに転がすと、自分の青い服の袖に手を突っ込み、内ポケットから小瓶に入った黒い粉末を取り出した。
あれは、黒山羊の巻角、スパイラルホーンというアイテムだ。食べると呪い抜きおよび呪い防止の効果があるが、実は魔力回復効果もあり、栄養豊富でスパイスとしても使えるのだ。気付け薬には丁度いいだろう。俺の口には全く合わなかったが、純血エルフにはどうか。
「まずッ」
口に合わなかったようだ。しかし目覚めた。
続いて、少し離れたところで眠る少女の口にも、ねじこむ。俺たちをここまで導いてきたエルフ少女が目を覚ました。
「んっ、んぅ……え、なにを飲ませたのッ! わたし死ぬの? てかまずっ、まずうぅ!」
それから、ハシゴの横で倒れていたもう一人のエルフの少年にも。
「まっず、なんだこのスパイラルホーンのような味は!」
なんて正確な味覚だろう。もしかしたら、よほど嫌な思い出があるのかもしれない。
高台のラストエリクサー畑近くにいたのは、この三人である。その他にも倒れているエルフがいたのだが、フリースはこの三人を選んで起こした。より綺麗で立派な服を着ている者を選んだようだ。
エラーブルという人は、以前マイシーさんから聞いた話によると、エルフ首長の一人息子ということだったし、こういう街全体を見回せる高台には、そういう偉い人が住んでいるものだろう。
ということで、この家が偉ぶるエルフのエラーブルさんの家ということになるんじゃなかろうか。そして、この三人は、エラーブルさんの子供たちではないだろうか。
議会で見たエラーブルさんの見た目も、あまり年齢を重ねていないように見えたが、この三人は、それよりも若く、明らかに少年少女の見た目をしていた。
さて、きょうだい三人が再会を喜ぶ光景とか、フリースが冷気を出してエラーブルさんの家をたずねたりしている姿とかを眺めていると、巨大化したままの猫が、俺に話しかけてきた。
「おい、おぬし。あの青い服のクォーターエルフのことだが」
「フリースが、どうかしました?」
「あやつ、勘違いしておるみたいだ」
「と、言いますと?」
「あやつは、ワシが守護スキルを発動するとハーフエルフに害が及ぶと思い込んでおる。それが間違いじゃ」
「ハーフエルフは契約に含まれなかったってことですか?」
「そうじゃ。ワシと何代か前のエラーブルが契約を交わしたとき、エラーブルという男はこんなことを言ったよ。『この村ができる前からここに暮らしていたハーフエルフとその子孫が受ける不運、呪い、病、毒など、それら全てを解決する。結界を張って予防し、予防し切れなかったら集中的に治癒させる。その際には、この村に後から入ってきた我々エルフたちの魔力を使うようにしてほしい。我々はお願いする立場なのだ。このくらいは当然のこと。我々のほうからも、決してここに住んでいたハーフエルフたちが不利益を被ることのないように力を尽くしてゆくつもりだ。ともに幸福の道を歩むことを、ここに契約しよう』とな」
「それで、えっと……猫さんは何て言ったんですか?」
「ワシは、『わかった』と返事をしたよ。そして言ってやったのだ。『もしも契約が守られなかった場合、ワシはおぬしらの頭の上に、呪いの雨を降らすぞ』とな。それからというもの、ワシは眠りに入った直後の眠りが浅いときに何度か目覚めたが、そのときには我が友人は、皆、幸せそうにしておったから、安心しておったのだが……」
「何世代か過ぎると、世の中は変わってしまうものですからね」
「ああ。それでも大事なことは伝え継いでくれると信じておったのだがな……ともかく、ワシが言いたいのはな、先先先代くらいの純血を名乗るエルフたちの中には、とても高潔な者がおったのじゃ。先ほどのクォーターエルフのようにな。不幸なすれ違いがハーフエルフたちを傷つけ、歪ませる結果となったようで、取り返しのつかぬことをしてしまった」
猫がそこまで気に病むことでもないと思うけどな。あらがいきれない時代の流れってやつだ。
「ワシはあの小娘に敗北した。エラーブルとの古き契約が解消されたら、次はあの小娘と契約を交わしたいのだが、おぬし、伝えてくれんか」
「ん? 自分で言えばよくない?」
「ワシにも魔族のプライドがある。向こうから契約を持ちかけてくるよう仕向けたい」
告白させてやる系の女子みたいなこと言ってるけど、実はメスなのかな。
「フリースは、たぶん俺が言っても言うこときかないですよ?」
以前、靴を買ってやろうとしたときも、最後には反発して、結局買わずに終わったなんてこともあったからな。
と、エジザでの買い物イベントを思い返していると、フリースが滑り寄ってきた。足元では、またラストエリクサーがなぎ倒され、冷凍されていた。
「ラック、この高台の家がエラーブルの家らしい。あと、そこで倒れてたのが末っ子の次男で、あたしたちをここまで連れて来たのが長女で、ハシゴのところで倒れてるのが長男なんだって」
「エラーブル家の血が集まれば契約解除できるんだったか? その後のことは何か考えてるのか? たとえば、猫とフリースが新たに契約をかわすとか」
俺が優しさを発揮し、猫のほうをチラリと見ながらフリースに向けてたずねてみたが、やはりフリースは言うのだ。
「いやだよ面倒くさい。あたしはコイトマルとしか契約しない」
見事に一蹴である。
猫はしょんぼりしていた。存外、気が弱いようだ。
「まあ、ラックと契約するなら、まあいいかもだけど、猫はちょっとね」
「ワシを振るとは、この小娘ェ……」
「まず、その『小娘』って言うのがダメなんじゃないですか? ちゃんと『フリース』って呼べば、聞き入れてもらえるかもしれません」
「そ、そうか、よし」
そして猫は、フリースに向かって言う。
「どうだ、フリースよ。ワシと契約を――」
「無理。ひとりでやってなよ」
おいおい、それはあまりにも酷いんじゃないのか。ひとりでやるって何だよ。自分で自分と契約しろとか、それはもう、ひとりぼっちにさせる呪詛みたいなもんだぞ。
「ぐぬぬぬ、おのれ、ワシを魔族と知っての狼藉か!」
「むしろ、魔族だからかなと思いますけど」
「じゃが、魔族をやめるには相当な勇気がいるんじゃぞ?」
「むしろ、やめられるものなんですか?」
「この際だ、こわっぱ、おぬしでいい。ワシと契約する気は無いか?」
「もしかして、飼い主が欲しいんですか?」
「違う、逆だ。ワシが飼い主になってやっても良いと言っておるのだ。どうだ、ワシの使い魔にならぬか」
こいつも素直じゃない猫だな。いや、ある意味では猫っぽくて正しいのか。寂しがり屋なのに自分勝手でマイペースだ。
「レヴィアとフリースの許可をもらわないと……」
「おぬし、自分では何も決められぬのだな。情けない」
八つ当たりみたいな猫の言葉である。俺はこんなところで何を言われても平気だけど、もしかしたら猫にブーメランしてしまうのではないかと心配だ。
「それで?」とフリースが不快感を示しながら、「この三人で足りるの? エラーブルだっけ、そいつの血は」
猫は、すっかり拗ねてしまい、そっぽを向きながら答えた。
「これでは足りぬな。三人そろっても薄い繋がりしかない。そやつらの親か祖父あたりでも連れてくるがよい。それなら本人でなくとも契約破棄の願いを受け付ける」
「契約解除って、どうやるんですか? 命を奪ったり、血を流させたりとか、するわけじゃないですよね」
「何もない。微々たる魔力消費はあるがな、ワシとエルフたちとの繋がりがなくなるだけだ」
これまでの二転三転した話を総合してまとめると、これから起こるのはこういうことである。
ここに住んでいた青い服のハーフエルフの子孫への加護がなくなるかわりに、その加護を生むための魔力を緑の服のエルフが肩代わりするというもなくなる。この地を守る結界も解除される。
猫の魔族にとっては、この地を去ることを強制されるわけでもなく、エルフにとってはわけもわからず魔力を吸われていくこともなくなる。そして、加護を受けていたハーフエルフは、自分たちのせいで他人が魔力を失うという状況ではなくなり、本来の形に戻るだけ。
悪いことなんか、あんまりない。結界がなくなって、魔物が入って来やすくなる可能性が高まるというのは一つの問題点だけども……。
ただ、それよりも、見ず知らずの他人が呪われることで別の誰かが望まずに気絶させられ、状況によっては魔力切れを起こして命を落とす可能性があるという、村一つにまるごと掛けられた呪いみたいな状況を解決できるのなら、契約解除すべきだと思う。
ここは今日、この時から、エルフが多く住むただの村になる。
不条理なエルフへの呪いも、混血エルフが知らず知らずのうちに呪いを押し付けていて全く気付けない状況も、見過ごせないんだ。
さて、どうやってエラーブルの血を濃く受け継いでいる者を探そうかと考えていると、洋風屋敷の屋根の上にのぼったカウガールの声が届いた。
「ラックさ~ん」
手を振るレヴィアの姿があった。
「お、何か面白いものでも見つけたかー?」
大きめの声を返しながら、屋敷のほうへと近づいていく。
「いいえ~、くさいです~。またラックさん焚いたんですね~。ここに呪いなんてないのに、嫌がらせですか~? 地下室に煙が充満したときには燻製にでもなって『ここで死ぬのか』とか思いましたよ~」
「それよりも、その大きな家の中に人はいたか?」
「いますよ~。緑の服着たエルフが、ベッドの下に隠れて頭を抱えたまま眠ってます~」
雷とか天罰をこわがるかのようだ。
「この屋敷は広そうだよな……。レヴィア、ちょっと、一度下にきて、そいつのところまで案内してくれ」
「え~。くさいからヤです~」
少しでも紫熟香の匂いから遠ざかっていたいようだ。しばらく一階部分には降りてこないだろう。
レヴィアが見つけた眠っているエルフは、エラーブル家の者だろうか、それとも下男下女の類だろうか。いずれにしても、次の手掛かりを得るためには、この立派な屋敷を探し回る必要があるみたいだ。
ベッドの下を探せばいいというのなら、そこまで大変でもないだろう。
俺はエラーブル家の立派な屋敷の中に足を踏み入れることにした。




