第256話 眷属の泉エコラクーン(5/7)
「本っ当に魔女だな。先輩」
そんなアリアさんの言葉を耳にして、フリースの顔色が一気に険しいものになった。
「は?」
フリースは不快感を冷気で表現していた。肌寒い。
「やべえ魔女だよ、どう考えても」
重ねて言い放った。爽快だと思ってしまった。俺のかわりに怒ってくれたわけではないのだろうが、アリアさんの言葉で胸のイライラがすっきり解消されていくのを感じた。
ただし、このまま放置しておくと、やがて逆切れの応酬で大喧嘩に発展して、世界中が氷に鎖される可能性もある。
このへんにしといてもらわなくては。
「ちょ、ちょっとアリアさん? そういう言葉は、やめといてもらったほうが……本人も反省してますし」
「…………」
フリース、怒りの沈黙である。どう見ても反省などしていない。
「いやいや、フリースも落ち着けって」
俺の言葉に、アリアさんは鼻で笑い、こう言った。
「反省してようがどうだろうが、魔女は魔女でしょ? やっぱ大勇者の資格ないんじゃない?」
「アリア!」
ついにフリースが我慢の限界を迎えた。度重なる「魔女」よびの挑発に応えた形だ。
「このぉ!」
解呪の紫熟香を浴びてすっかり元気になったフリースは、直径二メートルはあろうかという氷の塊を生み出し、それをアリアさんにぶつけようとした。
以前、セイクリッドさんと出会った時にも、いきなり銃撃と氷をぶつけ合ったりしてたけど、大勇者ってのは、みんなこうなのかな。戦闘狂すぎるんじゃないかな。
ごすん、と打撃音が響き、「ぐぅ」とアリアさんが思わず声を上げた。左半身で受け止めようとして、よろめき、なんとか抑え込んで踏みとどまった。効いている。苦しそうだ。
「フフッ! 全然効かないんだけど!」
うそをつけ。
俺の心の中のツッコミを拾うことなく、アリアさんはフリースの出した氷に手を触れた。一瞬にして氷の塊は姿を消した。魔力を自分の中に取り込んだようだ。
「くらいな、魔女先輩!」
アリアさんは輝く氷の槍を生み出し、もう本気で刺し貫こうとする勢いでそれを放った。
フリースは分厚い氷の壁を生み出して、あっさり防いだが、氷が触れた途端、アリアさんはフリースの氷の壁を分解して消し去り、自分の魔力エネルギーとして利用した。
怪我の具合がよくないのか、取り込んだ呪いの影響か、ひどく苦しそうだ。胸をおさえて苦悶の表情である。包帯で隠れてない方の右目なんか、完全に涙目じゃないか。限界が近いのかもしれない。
このまま戦いが長引けば、フリースが余裕で押し切りそうだったけれど、その時、俺は閃いたのだった。
この状況、利用できる。
俺は、戦いに気を取られているアリアさんの後ろにまわり、左肩を掴んだ。
薄緑の包帯のすべすべした肌触りと、かなり熱っぽいアリアさんの体温を感じた。
「あぐぅ!」
ものすごい痛みが走ったようで、膝をつき、ついに地面に雫を落とした
「ラック、よくやった。そいつ倒すから、そのままおさえといて」
「あぁぁ……あうぅ……」
俺の手の上から肩をおさえて苦痛の声をもらしている。
「いや、待て待て」
俺はアリアさんから手を離し、彼女をかばうように両手を広げて前に立つ。
「やめろ、フリース」
「じゃま! どいてラック! そいつに、あたしの氷の力、思い知らせてやる!」
「そうだ、どけ、このザコ! あたしは、誰かに守られる必要なんかないんだ!」
ひょっとして大勇者って、みんな頭おかしいのかなぁ。
猛獣二匹が暴れている檻の中にいるような雰囲気だが、俺は勇気を出して説得を試みることにする。大丈夫、二人は猛獣ではない。人間なのだ。話せばわかってくれるはず。
「二人とも落ち着け。いいか、争いの大半はすれ違いから起きるものだ。フリースとアリアさんの戦いもまた、悲しいすれ違いが原因だろう。……どっちが強いかだって? 俺がみたところ、そんなものは証明する必要がないものだ」
「…………」
二人は同じように沈黙した。耳を傾けてくれる気はあるようだ。
俺は力強く言ってやる。
「アリアさんはフリースより強い!」
俺のこの言葉で、フリースは「えっ」と絶望的な声を漏らし、アリアさんは「フフッ」と嘲るような笑い声を背中にぶつけてきた。
「そしてフリースは、アリアさんよりも強い!」
俺の言葉に、フリースは「えっ」と戸惑いの声を漏らし、アリアさんは「は?」と不快感あふれる声を漏らした。
「いいか二人とも。これは素晴らしいことなんだぞ。両方が代えのきかない強みを持っている。どこにも魔力のないところから自分の力だけで氷をぶっ放せる大勇者フリースと、周囲の魔力を氷に変換できる大勇者アリアさん。二人が手を組めば、それこそ最強だと思わないか?」
そう、俺の閃きとは、二人を協力させることである。俺の即席の計画はこうだ。
まず、フリースが清浄な魔力で氷を出す。もちろん平和的に。そして、その氷の魔力を吸って、アリアさんが倍返しする。フリース一人の力では、このエコラクーンのまちをすっぽり包むくらいの魔力を出すのは重労働だが、その負荷が半分で済むのだ。
そして、二人が仲良くこの町を氷のドームで包む作業をしている間に、俺は魔物化した人たちを全員直せるだけの紫熟香を用意しておく。
俺の手持ちの紫熟香で効くかわからないので、前回ザイデンシュトラーゼン城で焚いた大きな欠片と同じくらいのものを取り寄せる。そいつを焚けば、広範囲の呪いを解除し、しばらくの間は無効化できるだろう。その間に、マイシーさんの力でも借りて、この世界の住民をすべて水辺から遠ざけるんだ。
その間に、氷漬けの大魔王がいる泉を浄化して根本を断てば、問題は解決される!
ところが、フリースは言うのだ。
「アリア、まずこいつから倒さない?」
細い人差し指で俺を指差しながら。
「さすが、わかってんね、フリース先輩」
二人の矛先が俺に向いた。
「ちょ、ちょっとまって! こんなはずでは!」
「せーのでいくよ、アリア」
「任せて、先輩!」
突然の共闘に戸惑いを隠せない。なんでこんなことに。
魔女と呼んだわけでもないのに、俺は今、味方に攻撃されようとしている。フリースにぶっ飛ばされて、遊郭で目覚めた日のことが思い出される。あの時の悲しみといったら二度と味わいたくないレベルだった。
「考え直せフリース! 俺は悪くない!」
「問答無用!」
と、俺がフリースから距離をとるように後ずさった時だった。
俺の足がアリアさんの足を思いっきり踏んで、つんざくような悲鳴が高く高く響き渡った。耳が壊れるかと思った。
この意図しない一撃で、アリアさんは気を失った。横向きに倒れて動かなくなった。ビビって後ずさりした副産物で、身を守る結果になった。
それと同時に、なんとレヴィアがフリースに飛び掛かって、目を閉じたままギュッと抱きしめており、抱きしめられたフリースは毒気を抜かれたように立ち尽くしていた。
「だめですっ、フリース、だめですっ!」
「…………」
どうやら、またレヴィアに助けられてしまったようだった。




