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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第十章 書物のまち

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第235話 アオイさんの聖典研究(15/16)

 『原典ホリーノーツ』中巻をサクッと貫いた結果、隠されていた暗号を発見した。アオイさんの大きな功績である。


 大事なことだから重ねて言っておく。ここまで来られたのは、アオイさんのおかげである。


 俺だけの力では絶対に無理だったと思う。


 さて、暗号解読の時間だ。


 ――しるしを拾い探し集めよ。龍の足跡を探し集めよ。尾と頭。頭と尾。川は蛇行し、さかのぼる。まがり(かど)(しるし)をのこして。1954の120を紐解け。


 簡単に解説すると、この謎の文字列は、次のような構造である。


「まず始めに、『しるし』という文字が、『龍の足跡』とイコールであることが示され、その次に『尾』や『頭』という言葉を使って文字を読む順番を示し、『さかのぼる』というので、本来の読む順番とは反対に読んでいくことを暗示する。


『曲がり角』がどうのこうのというところは、読み方のさらなる指示であるとともに、意味を確定させる親切なヒントとしても機能してる。つまり、末尾から頭までを一筆書きでなぞって、その順番で読むってことだな。


『1954』とか年号にも見えるけど、これは棚番号の指定だ。その『120』ってのはつまり195の列の4番目の書架にある120冊目の本っていう意味だ。そこで見つかる本の中に、次の重要な手掛かりがあるんだろう」


「…………」


 アオイさんは沈黙しながら固まって、俺の言葉に耳を傾けていた。一点を見つめて、俺の方を見ようとしない。泣くのを我慢しようとしてるようにも見えた。


 何かフォローすべきなのだろうか。それとも、そっとしておくべきなのだろうか。とりあえず、プライドを砕かれた年上の彼女の心がどうなっちゃってるのかについては、今は考えず、話を続けよう。


 つまり、これまでの手がかりを総合して考えると、この文字列が指示するのは、次のような行動である。


「割とシンプルな指示だけども、やり方を三段階に分けると、こうだ。


まず第一に、指定された場所から本を開く。その本の中、もしくはまた別の場所が指定されるかもしれないが、ともかく一文ずつ地道に集める。


第二に、その文の最初の文字と最後の文字を書き出す。たとえば、『ミヤチズは古書のまち』という文字列だったら、『ミ』と『ち』を書き出すってことだな。


第三に、書き出した二文字ずつの何行かを、末尾(まつび)から順に、龍とか蛇とか川みたいに左へ右へカクカクと蛇行させてなぞり、順番に読むってことだ」


「でも! その指定された場所っていうのは?」


「195の列の、入ってきた扉から数えて4番目の棚だな」


「ふーん、なかったらどうする?」


「いや、アオイさん。なんでそんなケンカ腰なんですか?」


「だって……だってね! だってだよ! こっちは必死になって何年も何十年もかけて頑張ってるんだよ? それなのに先を越されたよ? 才能ないのかなぁ」


 ものすごく落ち込んでいる。


 俺の閃きなんてのは、単なる運とか巡り合わせの産物だったってのに、可愛い年上の女の子をここまで追い詰め、泣かせてしまうとは!


 俺は焦って言葉を探した。


「あっ、でも、ほら、アオイさんのおかげで、その、俺が閃いたわけですし。アオイさんがいなかったら、きっと永遠に謎は解けないままだったっていうか……」


「『才能ない』って言ったの、否定してほしかったな」


「あぁ……はい……」


 ハハハと乾いた笑いを漏らしながら書棚に力なく寄りかかる彼女は、ついに一筋の涙を絨毯(じゅうたん)に落とした。


 泣かせてしまうとは情けない。でも、どうすりゃ良かったってんだよ。


  ★


 もう、この部屋に入ってからかなりの時間が経つ。一週間、いやもっと長いかもしれない。早く終わらせて、警備機械を防いでくれているカノさんを楽にしてやりたいのだが。


「ラックが間違ってるかもしれないから、195の四番目の棚とやらに行こう」


 アオイさんが願望を口にして、二人、その棚の前に着く。195の列、真ん中ブロックの端の棚を見上げた。


「四番目の棚の120冊目ですよ、アオイさん」


「わかってるよ」


 苛立ちながら返してきた彼女は、ハシゴにのぼり、左上から数えていく。やがて、七段のうちの上から三段目にあった120冊目の本にしなやかな腕を伸ばし、つかみ取って降りてきた。


 特に偽装はない。ただの輝く宝物の本であった。それだけである。その歴史関係の本をどれだけめくっても、逆さにして叩いても、次の手掛かりとやらは存在しなかった。


「ほら、ラック。確認してみて。次の暗号(てがかり)なんて無いよ? どうなの?」


 ほれ見たことか、とばかりにふんぞり返って手渡そうとしてきたが、俺はそれを受け取らなかった。


 どうもこうもない。左上から数えて120冊目だと決めつけるのは、まだ早いと思ったのだ。


 俺は無言で右下から数えていく。一番左まで数えてまた右に戻り、下から三段目の棚で120冊目の本に行き着いた。硬い表紙の分厚い書を手に取る。そしてぱらぱらとめくっていくと、


「お、これは?」


 本の間に紙が挟まっていた。びっしりと病的に細かい文字で数字列が書かれた黒い紙だ。


 これは、かなり高い確率で、次の手掛かりと言っていいんじゃないだろうか。


「末尾から120冊目ってことだったみたいです」


 アオイさんは、再び座り込んだ。そして膝を抱えて、くぐもった声で叫ぶのだ。


「……もうやだ! 研究やめる!」


「ちょ、アオイさん?」


「こっちは、ギルドで鑑定の仕事してきて、その合間に頑張って調べてきたのに、何も考えてないラックごときにあっさり負けたんだもん! いなくったって同じでしょ!」


「そんなことないですって」


「馬鹿だと思ってた相手に負けるなんて、そんなの屈辱すぎて耐えられるわけない!」


 混乱の勢いに乗じて、ものすごく失礼なことを言われた気がする。


「ラックに負けたら、こっちはラックより馬鹿ってことでしょ? 恥ずかしいよ! もうやめるしかないじゃん!」


「えと、たぶん恥ずかしいとは誰も思いませんし……こういうのは勝ち負けじゃないじゃないと思うんですが」


「うわ、でた。そんなの勝った人しか言わないやつだよ? このアオイさんが弱ってるってのに追い打ちかけてくるの? 最悪じゃない? 許せない」


 うーん、理不尽。


 年上の女はこれだから。


 しかし、泣き虫な彼女を放って作業を進めてしまうわけにも行かず、俺は新たに発見された黒い紙を持ったまま、アオイさんのすぐ隣に座って、「ごめん」と声を掛けた。そして、ぐすんぐすんと泣いている彼女が落ち着くまで、肩を貸してやることにした。


  ★


「ラック、ごめんね。ありがとう」


 ようやく落ち着いたアオイさんが俺から離れた時、俺の頭の中ではすでに整理は終わっていた。つまり、黒い紙に書かれた数字列の謎が、すでに解けていたということである。


 けれども、その成果をひけらかしたりすると、おねえさんキャラだったはずのアオイさんが再びのキャラ崩壊を起こし、また不安定になってしまうかもしれないので、なんとか(はな)をもたせる道を探そう。


「いやぁ、アオイさん。落ち着いたところでコレを見て欲しいんですけど、どういう意味なんですかねぇ。この数字列、意味が全くわかんなくて」


 ところがアオイさんは、呆れたように、


「はぁ、演技ヘタクソ過ぎだよ、ラックは」


 見破られていた。


「すみません……」


「まぁでもね、こざかしくて腹立つけど、優しいから許すよ」


「そうですね。アオイさんは優しい、良いひとです」


「違う違う、こっちじゃなくて、そっちが優しいって言ってんのよ、ばか」


「えっ、すみません……」


 微妙にすれ違っていたけれど、こういう優しいすれ違いは悪くないなと思った。




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