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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第十章 書物のまち

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第227話 アオイさんの聖典研究(7/16)

 果たしてアオイさんに、俺が持ってきた『原典ホリーノーツ』が読めるのだろうか。


 作戦室のような広間に戻ったアオイさんは、黒板の前の席に座りながら、頭上の炎の勢いを強めて明るくした。そして、紙の端っこをつまんで、慎重にめくりながら言う。


「ラックくん、中身はもう読んだの?」


 俺は、アオイさんの隣の席に座りながら、ページをめくるしなやかな指先をぼんやりと眺めていた。


「中身は見ましたが、そう簡単には読めないです。これ自体が暗号文のようになっていて、文章の切れ目を表す点とかマルの記号も無いから、どう読んだら良いのかさえ見当もつきません。いくら文字が大きくても、読めないもんは読めません」


 フリースやマイシーさんからの情報をまるで自分が突き止めたかのように伝えた。まぁ一応、俺も読もうとはしてた。全く読めなかったけど。


 アオイさんは「ふぅん」と喉をならし、ぺらぺらの二冊の本を全てめくり、しばらく考え込んだ後で、頭を抱えるように長い髪を指の間に滑らせてから、「ぅぅ~」と欠伸(あくび)するような声を挙げて、手足を伸ばした。


 そして言うのだ。さっぱりと。


「無理!」


「やっぱりだめですか」


「色んな意味で無理! やばい!」


「どういう意味ですか?」


「この二冊が、全く同じ時に作られた本であることは、ラックくんもわかってると思うんだけど」


「え? そうなんですか?」


「……ねえ、ラックくんは、鑑定ができる人なわけだよね? このくらいのことが見抜けないのは、ちょっとヤバイよ?」


 そうは言われましても、できないものはできないのである。


 俺が黙っていたところ、アオイさんがしょうがないなぁ、とばかりに説明をしてくれた。


「まず、使われている紙が同じであること。これは、材料にマリーノーツ南方の樹木を使ったものね。それから、エリザマリーのサインが上・下巻の両方にあって、筆跡が一致するということ」


「つまり、この『原典』は、マリーノーツっていう国を作ったエリザマリーさんの直筆ということですか?」


「うーん、エリザマリー様かどうかはわからないけど、書いた人は同じだということだね。ただ、『原典』そのものだとは思えない。たぶん、『原典』を名乗る偽物だよ、これ。序文だけはなんとか解読できたけど、その後は文脈がめちゃくちゃ。意図的に乱されている感じで、全然読めない」


「え、ちょっと待ってください? 偽もの? 『原典』じゃないって……混乱してきますね。ステータス画面には、『原典ホリーノーツ』って書いてあるのに……。じゃあ、序文には何が書いてあるんですか?」


「ざっくりいうと、『聖典マリーノーツ』のもとになった『原典』を筆写し、保存しますよっていう宣言と、これが極秘の文章であること、どういう経緯で『原典』を手に入れ、誰の助けを受けてこれを作ったか。あと年号と日付と署名って感じだね」


「なるほど、普通の序文ですね」


「でもこれ、もっともらしく書いてあるけど、序文のところも嘘くさい」


「とはいえ、これはオトちゃんが持ってたのと、ザイデンシュトラーゼンから持ってきたもので、宝物の輝きもあるのに、偽物だなんて信じられないんですけど」


「それからね、ラックくん。最後に、最も危険な情報を告げるけど、いい? 覚悟はできてる?」


「えっ、危険? 何で」


 すると、俺が覚悟を決める前に、アオイさんは言ってしまうのだ。


「この二冊は、大書庫の蔵書だね」


「えっと、大書庫って……さっき言ってた……?」


「そう。極秘の書庫。ここに蔵書印(ぞうしょいん)がおされてるの、見える?」


 指差した先には、表紙裏の空白。四角にぐにゃぐにゃした文字が書かれた赤い印がおされていた。


 ついさっきアオイさんの口から明らかになった情報によれば、秘密の大書庫が存在していて、そこから書物を動かしたり持ち出したりしたら、死刑になるという話だったはずだ。


 もしかして、そこの蔵書がここにあるということは、バレたら死罪一直線なんじゃないのか。


「ラックくんにもわかるようにハッキリ言うとね、この状況っていうのは……持ち出したら死刑になる本が、二冊もラックくんの手元にある、ということなんだね」


 また、死がちらつきやがる。


「ちなみに書き込みやページやぶりも死刑。スキルで偽装をしたり、偽装を解き外したりするのも死刑らしいからね」


 厳し過ぎない?


 どうしてこうも危険で面倒なものばかりを背負い込んでしまうんだろう。


「アオイさん、これ引き取ってくれません?」


「むりむりむりむり! ラックくんが持ってきたんだから、自分で責任とってよ!」


「あ、そうだ。いっそ跡形もなく破り捨てたらバレないんじゃ……」


「待ってラックくん。それはそれでヤバくない? なんか呪いとかありそうだし」


「も、問題ないです。俺たちには、全ての呪いを無効化する最強のお香がありますので」


 俺は震えた親指を立てて強がってみせた。


「でもさぁ」


「じゃあ破り捨てた上、燃や尽くして川に流しましょう」


「ちょっと落ち着いてって」


 俺が書物を燭台に灯る炎に近づけ、アオイさんがしなやかな腕でそれを阻止していた時、俺たちじゃない足音が響いてくるのがきこえた。


 思わず身構え、音のした方を振り返ると、そこには本棚と隠し扉を背景に、赤髪の中年女性が腕組をしながら立っていた。


「穏やかじゃない会話をしてるじゃないの」


 この屋敷の領主の妻、カノレキシ・シラベールさんだった。


「……げ、えっとぉ、カノさん、何か、きいてました? いつからそこに?」


 アオイさんがおそるおそる言うと、カノレキシさんは言うのだ。


「アオイちゃんが初めてぼろぼろの原典を手に取って、『無理っ』て言いながらキレイな手足を伸ばしたところからね」


 だいたい見られてる。こっそりのぞいていたようだ。


 そして赤髪の女性は俺に気付いて、話しかけてきた。


「あら? そこの男の子、よくみたら、このあいだ、馬の怪物アワアシナちゃんから助けてくれた子じゃないの」


「どうも」


「たしか、浮気者のラックくんとか言ったかしら」


「人聞きが悪いです。レヴィアとフリースがいないからまだ許せますけど」


「そうね、今はアオイちゃんとコッソリ浮気中ってわけね」


 シャレにならないこと言うの、やめていただきたい。


 必死に否定すると逆にエスカレートしそうな雰囲気があるから、話題を変えよう。


「それにしても、この本、アオイさんにも読めないとは思いませんでした」


「どれ、貸してみな。解読してあげようじゃないか」


 自信満々に、カノレキシ・シラベールさんは俺から本を受け取った。


 そこでアオイさんはさっき流した言葉を拾って蒸し返してきた。


「ラックくん、いま、浮気中なの?」


「いや、真面目な顔で何言ってんですかアオイさん。そんなわけないでしょ」


「本命はどっちなの? レヴィアちゃんっぽいけど」


「当たってますよ」


「そうだよね。フリースさんのことは放置して、レヴィアちゃんをおんぶしたもんね」


 そこまで言った時、最初のページを開きかけていたカノレキシさんが割り込んできた。


「あぁ、アオイちゃんの気になってる男の子って、ラックくんだったんだ」


「ちょっ! ちがいます! やめてください!」


「そんなに否定しなくたっていいじゃないの。いつもと違ってキレイな格好だからバレバレだよ。普段のこの時間は、メガネかけて、ぼさぼさの髪で、寝間着のままでベッドに転がって本を読んでるじゃないさ」


「なぁっ! ちがっ、ちがいますぅ!」


「部屋も、気合いれて片づけたみたいじゃん?」


「そんなことない!」


 そこで俺は思うままに言ってやるのだ。


「気合い入れてあの部屋じゃ、嫁の貰い手がなさそうですね」


 冗談めかして言ったのだが、アオイさんはこの世の終わりとばかりに落ち込んだ。


 そして、泣きそうになりながら本棚から一冊の本を手に取ると、現実逃避するように書物の世界に逃げ込んだ。


「え、いや、ちょっとごめんなさい。今のナシで」


 俺は取り繕うように言ったのだが、しかしもう反応がない。無視である。


 今のやりとりは、かなりのギルティだったかもしれない。


 カノレキシさんはニヤニヤしながら、


「あーあ、物語の世界に入っちゃったらなかなか出てこないよ? あとで謝るんだね」


 そう言って、再び『原典ホリーノーツ』に視線を落とした。


「もとはと言えば、カノレキシさんが(あお)ったのがいけないと思いません?」


「思わないね。全面的にラックくん、あんたが悪い」


 目を合わさず返してくる。


 黙り込むアオイさんは、やがて本を寝床に持ち帰るのが習性なのか、本を読みながら背中を丸めて部屋を出て、寝室の方向に行ってしまった。


 赤髪の中年おばさんと二人きりで残された俺。いたたまれない雰囲気から逃れようと、俺もレヴィアとフリースとアオイさん、三人がいる寝室を目指して、隠し扉の方に行こうとした。


 ところがどうだ、誰かに引っ張られて、尻餅をつくことになった。


「エッッ?」


 アオイさんはもう寝室に行ったし、赤髪おばさんともかなり離れていたはずだ。


 どういう状況なのか本気で戸惑う。俺たちの他に透明人間でもいるのかとか、フリースが起きてきて氷で何かやったのかと思ったけれど、事実は予想の斜め上だった。


 俺を止めたのは、他の誰でもない、カノレキシ・シラベールさん。椅子に座った赤髪の女性が手を伸ばしてきて、俺を引き倒したのだ。


「嘘だろ……」


 俺は目を見開いた。カノレキシ・シラベールさんの腕が三メートルか四メートルくらい伸びていたのだ。


「あんたは、あたしの相手しな」


「えっ、ちょっと待って、状況が飲み込めないんだけど……腕が、伸びて……」


「これは生まれつきの特殊スキルでね、普段は隠してるんだけど、馬の化け物から助けてくれた命の恩人のあんたにはバラしちゃおう。これね、ラック君が想像している以上に伸びまくって便利なんだ、部屋にいながらにして書庫じゅうに手が届くし、広い屋敷の高い天井にまで届くから掃除も楽なのよ。冒険の旅に出た時にも、高台に一瞬で登ったりできるからね。小さい頃は気味悪がられて(うと)まれたもんだけど、この能力に生まれて良かったと思うよ」


「手が長くなる能力……ですか」


「ちなみに旦那は足が伸びるんだよね」


「お似合いな化け物夫婦っすね」


「あんた、そりゃさすがに失礼じゃないかい? まだ会うの二回目なのに。しかも、旦那には一度も会ってないだろうに」


「すみません、つい本音が……」


「まったく、言葉には気をつけなさい」


「はい、気を付けます、先生」




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