第226話 アオイさんの聖典研究(6/16)
地下は書物だらけだった。書籍だけじゃなく、巻物や石板もあり、部屋のインテリアかと思ったら金属の器に文字が刻まれたものまであった。
俺たちは、炎でぼんやり照らされる通路を進んだ。壁面も床も、すべて赤茶けたレンガが敷き詰められていて、以前牢屋だった場所にしては洒落てるなと思った。
あるいは、書庫にするにあたって大改築したのかもしれない。
「カノレキシ・シラベールさんは、マリーノーツの古代史を研究している先生でね、『秘密の大書庫』の中にも自由に入れるほどの人物なんだよ?」
「秘密の大書庫とか、初耳なんですけど」
「そりゃラックくん、秘密の秘密だからねぇ。どこにあるかも知られてなくて、無許可で入っただけで無期懲役。中の本を持ち出したり、本棚から動かした後で戻さなかったりすると死刑になる場所なのよ」
「そりゃまた極端な……」
「実は、こっちもカノレキシ・シラベールさんと仲良くなるまで、その存在を全く知らなかったんだけどね」
「へぇ、アオイさんですら知らないことがあるなんて」
俺がそう言った時、アオイさんは不機嫌オーラを高めた。
「……煽ってる?」
「いえ、決してそんなことは」
「ラックくん、ちょっと生意気になったよね」
せめて自信が付いたね、とか言って欲しかったけれどもな。
★
しばらく鉄格子の奥に本が閉じ込められているような風景がしばらく続き、やがて広間に出た。窓のない部屋は薄暗く、バスケができそうなくらい広かった。大きな黒板の前に、三人が座れるような長い机が二つ、向かい合う形で置かれていて、秘密の作戦会議でも開かれそうな雰囲気だった。
入口があるところ以外の全面に天井までの高さの書棚が敷き詰めるように置かれてあった。この部屋にあるものは、聖典関連のものというよりは、歴史関連が多いので、家主の奥さんであるカノレキシ・シラベールさんの作業部屋といったところだろうか。
「アオイさん、この部屋は整理された良い雰囲気の部屋ですけど、アオイさんの部屋はどこにあるんですか?」
「どういう意味かな?」
どういう意味かと言われれば、きちんと整理されているのはアオイさんの部屋とは思えないから、本物のアオイさんの部屋がどこかにあるはずだ。見栄を張っても俺にはわかるぜ、という意味なのだが、そんなものは口に出さなくてもアオイさんにはわかってるはずだ。
「まぁ、以前のサウスサガヤの部屋はさ、狭かったから整理整頓できなかっただけでね、こんな広大な地下書庫があれば、ちゃんとキレイに片付けられるわよ、さすがに」
確かにそのようだ。本は書棚に全て収まっている。地べたに放置されたり、天井までだらしなく積まれたりもしていない。多少の古本くささはあるけれど、この調子なら、アオイさんの部屋も許容範囲だろう。
「わかりました。信じましょう。とりあえず、レヴィアを寝かしてやりたいんですけど、どこかに休めるところあります? ベッドとか」
「ちょっと待ってね。今、寝室に続く扉を開くから」
「扉? どこに……」
全面が本だらけだったし、偽装の光も見当たらなかったのだが、書棚のスイッチを押すと、ガコンと勢いよく書棚が奥にずれてからスライドし、道があらわれた。
「うおぉ、ワクワクする仕掛けですね。ダンジョン探検みたいです」
「でしょ? 左に行くと寝室だから、まずはそこにレヴィアちゃんとフリースさんを置きにいこうか」
そして、すれ違いができないような狭い通路を何歩か進んで、部屋に着いた時、俺は言葉を失ってしまった。
天井が高く、それなりに広かった。それはいい。
ふくよかな長方形のベッドはかなり幅広くて柔らかそうだ。クイーンズサイズっていうのかな。それは素晴らしい。
何が問題かというと、散乱した洋服とか、ベッド横に何列かに渡って積まれた本だとか、そういうのが目に入ってしまった。これはだめだ。
「ラックくん? どうかした?」
「どうもこうもないですよ! どこがキレイなんですか? 嘘じゃないですか? めっちゃ汚いじゃないですか!」
「え? え? どう見ても前の家よりキレイじゃない?」
「比較すればそうですけどね、寝室に古本を大量に持ち込んだり、洗濯物を放置したり、だらしないです」
「ラックくんが潔癖すぎで神経質すぎるんじゃない? ほら、とにかく二人を寝かして戻るよ」
「あとで掃除したほうがいいと思います」
俺はそう言いながら、レヴィアをフリースの隣に寝かせ、あと一人か二人くらいは寝転がれそうな巨大ベッドを眺めた。
フリースとレヴィアが、二人とも横向きになり、向かい合うように眠っている。なんだか、とても幸せそうだ。
「かわいいな」
この二人と川の字になって寝たい衝動にかられたけれど、今はまだその時じゃないよな。
★
「原典ホリーノーツを手に入れたぁ?」
「ええ、これなんですけど」
俺はアオイさんに、『原典ホリーノーツ』を差し出した。『聖典マリーノーツ』のもとになったとされるものだ。二種類あったので、二冊とも差し出した。両方ともかなり古い本で、保存状態もあまりよくなくて、今にも崩れ落ちそうである。
先ほどの広間に戻った俺は、ザイデンシュトラーゼン城から借りてきた色んなものと、皇帝暴走を鎮圧したお礼の品をひけらかして自慢していた。
解呪の名香である大量の「紫熟香」と、その専用香炉である、「尾の長い鳥の形をした小さな黄金香炉」。琥珀色の塊であるスキルリセットアイテム、「世界樹の樹液」。水色の瓶に入った液体、無印の「エリクサー」。
新しいものを出すたびに驚いてくれるアオイさんを見て、気をよくした俺は、他にも八雲丸さんから貰った「トキジクの種」だとか、フリースの声から生まれた「雷撃ウナギ」の干物とかを見せてやった。
「すごい、サウスサガヤでは何も持っていなかったラックくんが、こんなに宝物を手に入れるなんて、誰が想像できたかな?」
「俺自身も全く想像してなかったですよ」
「でもね、ラックくん。こっちにも宝物庫があるんだよ」
そうしてアオイさんに連れられてやって来たのは、寝室の反対側。寝室は隠し扉から左に向かうが、隠し扉から右に行く道もある。寝室よりも狭いスペースに、いくつかの宝物があった。
「どう? 見てよコレ。なかなかのコレクションでしょ?」
たしかに、剣や矛や盾や石弓や槍、それから立派な西洋甲冑とか、絵画や美術品の多くが黄金の光を放っていて、それらが宝物であることを示している。
けれども、これは……。
宝物である絵画に描かれていたのは、全員顔が隠れる甲冑を着た男性たちの姿。一人の男と、その子供たちが四人。背筋を伸ばして豪邸を背景に並んでいる風景だった。それから、光を放つ書類に書かれていたのは、議会からの『貴族院警備隊』の長官になれという公式な命令書だったし、壺や器や燭台などを見ると、すべてに『シラベール』の文字が刻まれている。剣や槍などの武器の類をアオイさんが扱っている姿は想像できない。
「アオイさん。これ、アオイさんのじゃないですよね?」
「……わかってるよ、こっちの負けだよ」
俺が宝物をたっぷり持ってあらわれたのが、すごく悔しかったらしい。




