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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第十章 書物のまち

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第224話 アオイさんの聖典研究(4/16)

 今日は書店街に行くはずだった。その予定が変更されたのは、雨だったからである。


 ひとしきり狭い通路の路地裏の庶民街を案内してもらった後に、最初に待ち合わせていた店に入った。


 本当に店があるのやらっていう感じの建物の、しかも裏口から入る隠れ家的レストランである。


 店内は、レンガの壁のお洒落空間。スパイスの香りに満たされ、上品な賑やかさがあった。


 アオイさんは、皆がゆったり座れるシート席を選択し、俺の正面に座った。俺の横にはレヴィアが座り、フリースはアオイさんの横に腰かけた。


 アオイさんはメニューが書かれた冊子をぱらぱらとめくりながら言う。


「晴れの日には書物を漁りに行くけど、雨の日はこのへんの店でカレーを食べたり、お酒飲んだりして、家に帰ったら積んでいた本を読んで寝るって感じなのよ。そして、このミヤチズはマリーノーツの北側だから、雨の日がとても多いの」


「つまり、アオイさんは、長い休みをとって、そんな最高の堕落した生活をしているってことですか」


「まぁ、人聞きは悪いけど間違っては無いわね。でも、しょうがないじゃないの。雨だと本棚に防火防水シートかけられちゃうからね。本を手に取れないから、書物さがしを生きがいにしているこっちにしてみたら、これっぽっちも楽しめない。それがミヤチズ書店街なのよ。そんな時、刺激的なカレーは鬱々(うつうつ)とした空気を吹き飛ばしてくれる。素晴らしい食べ物よね」


「つまり、ここはカレー屋なんですね。カレーは、この世界でもカレーなのか……。転生者が持ち込んだのかな」


「たぶん、そうだと思う。このへんは学問所とかもあるから、勉強しにくる転生者とかも多くてね、カレーは手軽だし、美味しいし、刺激的だし、好まれる傾向にあるみたい。なかでもこの店のは絶品よ? クリムナッツを混ぜ込んだまろやかな味わいが人気なの。あんまり辛くないから好みが分かれるけどね」


「辛くない方がかえって良いんじゃないか? レヴィアもフリースも甘いものが好きだからな」


「ん、甘いものすきです」とレヴィアは頷いた。

「クリムナッツ入ってるなら間違いない」とフリースはナッツ信仰を告白した。


 それでも、俺は食べ物が出てくるまで警戒を(ゆる)めなかった。味覚というのは本当に人それぞれだからだ。以前アオイさんに作ってもらったチャーハンみたいなゴハンは、あまり良い味じゃなかった。となれば、アオイさんの味覚が俺たちとは合わない可能性がある。


 そんなことを考えているうちに、前菜のイモが出てきた。


 若い男性店員さんは「ジャガイモです。上に乗っかってるのはモコモコヤギのバターです」と説明して去っていった。


 目の前には、ふかされた四つのイモ。ごろごろと皿からあふれんばかりであった。


「イモ、でかくない?」


 一つ一つがソフトボールくらいの大きさがあるぞ。


「そうなの。だから、こっちの鞄に入れて、お持ち帰りしてる。このあとに来るカレーもそれなりにボリュームあるからね」


「じゃあ、まあ味見程度に」


 そう言いながら、俺はジャガイモを三等分したのだが、アオイさんが長い髪を指先で撫でながら、険しい声を出してきた。


「何で? ふつう何もきかないで三つに分けるかな? そこは、四つに分けるものじゃない?」


「えっ、でも、アオイさんはイモを持ち帰りたいって言ってませんでした?」


「それはそうだけどさ」


 何が何やらわからないが、そんなに言うならということで、さらに細かく分けて、六等分にし、それをさらに半分ずつで十二等分に切り分けてみた。


「これでどうです? 一人三つのカケラを味わえますよ。しかも食べやすくなったので、見事な機転だと思います」


 俺は自画自賛した。


 ところがアオイさんは、


「あーあ、台無しだよ。ホクホクのおイモさんを冷ましちゃうとかギルティ深い。こっちはいらないから三人で食べて」


 わがままである。年上の女はこれだから!


 その様子を見たレヴィアも、皿を差し出しながら注文をつけてきて、


「私、この乳を固めたヤツが掛かったところいらないです。下のほうを切って、ここに置いてください」


「なんでだ、バター染み込んだところメチャクチャ美味しいのに」


 そしたら今度はフリースまで俺を命令してきた。従うしかない。


「あたしはもっとグシャグシャに潰したほうが好き。フォークでやると粗いから、スプーンで丁寧にメチャクチャにして」


「ああもうっ」


 イライラしながらイモをマッシュしていたら、男性店員さんから「そういう食べ方は下品だろ」とでも言いたげな視線に射抜かれた。


 なんで俺がこんな目に。


「ラックくん、そろそろカレー来るよ。お皿がいっぱいで邪魔だから、はやく片付けて」


 これが、注文の多い料理店ってやつなのかな。いや別に取って食われるわけじゃないだろうけどさ。


  ★


 二人の女の子が喜ぶ姿をみて、アオイさんは嬉しそうに微笑んでいた。


「おいしい! おいしいです! これはうまい!」


「クリーミーでまろやかでありながら、コクがある。あたし、これ何杯でも食べられそう。旨味の乗り切ったスープがお米によく絡み、飲み込んだ後にクリムナッツの上品な苦みと、爽やかなスパイスの刺激が走り抜けていく……」


 レヴィアとフリースがグルメリポーターの仕事をしていて、俺の仕事がない。


 それよりなにより、このカレーは本当に美味しいのだけれど、俺にとっては刺激が足りないように思えた。食べ物としては段違いに絶品である。間違いなく一級品だ。ただ、カレーとして考えた時に、これはどうなのだろうか。俺にとっては少し甘いように思えた。


「ラックくん、嘘でも美味しそうにするのが礼儀なんじゃないの?」


「アオイさんは、さっきから文句ばっかりですね。何かストレスでも溜まってるんですか?」


「まあね。こっちの思い通りにならないことばかりで嫌になるよ」


「どうしたんです? 詳しく話、ききましょうか?」


「いや、やめとく。ぜったい話してもスッキリしないもん。特に、ラックくんに言ってもね……。そのかわりに、ここでおねーさんはお酒に逃げるのだ。ラックくんも飲む?」


「昼間っからお酒ですか?」


「そんな毎日のように昼から飲んでるわけじゃないからね? 今日は、みんなのミヤチズ到着を祝いたいから、特別にだよ」


 そう言って、アオイさんは男性店員を呼び、「いつもの」と告げた。やっぱりいつも昼から飲んでそうだな。


「お酒って、どういう種類ですか? 俺はあまり酒強くないんで、ほどほどのやつにしてほしいんですが」


「ふふん」とアオイさんは得意げに笑う。「エリザシエリーっていう珍しいお酒があるんだよね。これがホント美味しいの」


「あぁ、エリザシェリー。知ってます」


「お、もしかして、昨日泊まったところで出た?」


「そういうわけではないんですが」


 エリザシェリー。以前、アンジュさんの居城であるザイデンシュトラーゼン城での歓迎の(うたげ)の時に出た酒だ。樽にぶち込まれた思い出が今よみがえる。


 強すぎる酒で、みんなが一瞬で意識を失い、沈没していたっけ。要するに、ものすごく強い酒だ。不安だ。断りたい。


 しかし、乾杯の相手が得られたことでウキウキしはじめたアオイさんを見ると、嫌だとは言い出せないのであった。


「ラックくんは、なにで割るのが好き? 水が普通だけども」


「え、水割り……? 薄めて飲むんですか?」


「はい? 何を当たり前のことを。二滴くらいを水で薄めて飲むのが普通でしょ? 原液そのままなんて死ぬよ? 即死級だよ? 罰ゲームなの? 何やばいこと言ってんの?」


「えっと……そう、なんですか?」


 アンジュさんたちは、あれを薄めてくれてなかったよな。あのとき、みんながあっという間に轟沈(ごうちん)してたのは、原液だったからのような気がするぞ。そう考えると、運が良かったとしか言いようがない。殺す気はなかったんだろうが、一歩間違えば危なかった。みんなが死ななくて本当によかった。


「ほんと、ラックくんは、ものを知らないなぁ」


 以前の俺だったら、この言葉をアッサリ受け入れたかもしれない。でも、今は反論したくなった。ここに来るまでにアオイさんが体験していないであろう色々なことを経験してきたのだ。


「でもアオイさん。エリザシェリーの原液を飲んだら本当に死ぬんですか? 実際に試したことあります?」


「あるわけないでしょ? 自殺志願者でもあるまいし」


「俺は飲んだことありますけどね」


 勝ち誇るように言ってやった。


「ふっ、そういうとこ、ちょっとかわいい思うけどね、そんな嘘を言ってまで見栄を張らなくたっていいのよ?」


「いや、ほんとですよ。俺はエリザシェリーについては、アオイさんよりも知ってる自信あります」


「ふぅん、じゃあ問題。エリザシエリーという名前の由来は?」


「かつての白日の巫女、エリザシェリーだろ?」


「ぶぶー」


「なに? どこが間違ってるってんだよ」


「発音が違う。エリザシェリーじゃなくて、エリザシ()リーなの。ちゃんと言えてなかったからアウト。不正解!」


「えぇ……似たようなもんじゃん」


「第二問。なぜエリザシエリーがお酒の名前になったんでしょうか?」


「人気があったからだろ?」


「それはなぜ?」


「白日の巫女だから」


「どうして白日の巫女だと人気なの?」


 なんだこの面倒くさい問答(クイズ)は。


「有名だからじゃないの? 中身がどうあれ、オトちゃん皇帝と対をなす存在なんだから」


「ぶぶー、説明不十分でアウト。不正解……ていうか、オトちゃんって……神聖皇帝のことを、とんでもない呼び方してるわね……こわいんだけど」


「オトちゃんはフレンドリーなやつなんだぞ。今はにょろにょろしてるけど、そのうち元に戻ったら会いに行くか?」


「おそろしいこと言わないで。血も涙もない暴君(ぼうくん)なんでしょ?」


 全然そんなことないんだけどな、やさしい良いやつだぞ。暴走した時には確かに容赦なかったけども。


「第三問。じゃじゃん。エリザシエリーのお酒は、マリーノーツではほとんど禁止されています。飲めるのはミヤチズだけ。それはなぜでしょうか?」


 これは見当もつかないが、何らかの答えを出さないと格好悪いからな。あてずっぽうで答えてやろう。


「わかったぞ。実は、エリザシエリーが住んでて、この酒をいたく気に入っている」


「ぶぶー。残念でした。エリザシエリーはこの町には住んでません」


「根拠は? エリザシエリーが住んでる場所を知ってるのか?」


「まあ、ラックくんの答えも、惜しいっちゃ惜しいかな。昔はこのへんに住んでたみたいだし。ただ、今のエリザシエリーさんは、呪われてるらしいからね。フォースバレーから東側には来られないようになってる」


「そりゃまた何で」


「さあ、こっちの口からは何とも。噂話の域を出ないし、いちギルド員が語っていいことじゃないからね」


「もやっとするなぁ。そこまで言ったなら、教えてくれればいいものを」


「じゃあ、さっきの正解を言うよ?」


「ああ、頼む」


「この町でのみ、エリザシエリーのお酒が禁止されない理由はね……晴れを願う書物商人からは本気の神様扱いをされているから、でしたー。白日の巫女への熱烈な信仰を取り締まれなかったんだね」


「なるほど、雨が降ると商売あがったりな書物の町だから、晴れの象徴が尊敬を集めたのか」


「まぁ、エリザシエリーがいたところで、晴れの日は増えなかったんだけどね」


 と、アオイさんが言ったところで、突然ドン、と店内に反響するような大きな音がした。


 思わずビクっと身体を弾ませる俺たち四人。


 隣のテーブルには、身体の大きな男が座っていて、そいつが思いっきり、木のテーブルに穴をあける勢いで丸太のような腕を振り下ろし、大きな拳を叩きつけたのだ。


 積み上げられた皿が少し崩れて、かしゃんと音がしたところで、男は怒りに満ちた低い声を出す。


「この若僧どもが。さっきから聞いておれば、エリザシエリー様の名前を間違えることに始まり、『様』をつけずに呼び捨てまくり、その上、エリザシエリー様が呪われているだと? ふざけるな!」


 俺たちは突然の事態に驚いて、緊張で固まった。攻撃がきたらどうしようかと思ったのだ。ところが、男は立ち上がった途端にふらつき、床の上に大の字で転がった。そのまま豪快なイビキをあげながら眠ってしまった。


 呼吸のたびに、だらしのない腹が上下するのが見える。


「ふぅ。相手が酔っ払いで助かったね」とアオイさん。


「いや、びっくりしました。何ですか、今の」と俺。


「ミヤチズではね、エリザシエリー様のことを悪く言うと、ああいうのが()くのよ。どこからともなくね」


 ちなみに、秘密にされているエリザシエリーの今の名前は、合成獣士キャリーサである。やっぱりキャリーサが変な女だから信者も変なんだな。


 その後、俺たちは四人、グラスを打ち合って程よい味のエリザシエリー酒で乾杯した。美味しかった。アオイさんの言う通り、本来は、割って飲むタイプのものだったんだな。


 あとでアンジュさんたちに鳥でも飛ばして、教えてあげよう。




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