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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第十章 書物のまち

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第220話 ミヤチズで迷子

 氷力車(ひょうりきしゃ)は坂の多いミヤチズの町を行く。


 俺たちはミヤチズに到着した。いや、すでに到着していたことに気付いたと言った方が正しい。


 ミヤチズとは、川の北側一帯を指す広い地域の名称である。偽ハタアリを埋めたミョウジンさんの墓から北上して、氷の橋を渡し、ネザルダ川を渡った瞬間、ミヤチズに着いていたというわけだ。


「さてと、着いたは良いが、ここからどこに行けばいいのやら……」


 俺は地図を広げながら呆然としてしまった。


 なにせ、アオイさんの描く地図のアバウトさといったらもう、どの角度から見ればいいのかすらわからないほど酷いものなのだ。


「全くわからん。なんだこの幼児が書いた宝の地図みたいなのは」


 かくなる上は、またレヴィアの鼻に頼ることにしようか。と、思って案内してもらったのだが、坂を下った先のまっすぐ()びる広い道に出たところで、あえなく「わかんなくなりました」とのことである。


 なんでも、アオイさんは古本の香りにコーティングされているらしい。俺の鼻ではそこまでの古い香りは感じないのだが、レヴィアには古本と同じ匂いに感じるらしい。だから、そこかしこに古本が並べられているこの町では、居場所を突き止めることができない、というわけである。


 たしかに、路上には幅広い街道側に向かって本棚がずらりと並んでいた。二階建ての建物くらいの高さの書棚が等間隔に隙間を開けながら一列に並び、それが地平線の先まで続いているかのようだった。


「ちょっと降りてみるか」


 と、三人で氷力車を駐車して降り立ってみると、街道の両側にある巨大な本棚が、まるで迫ってくるかのようで、いや本当に、すごい迫力だ。


 マリーノーツにあるすべての書物が、ここに集められている――と、そう言っても大袈裟じゃないくらい、そのくらい大規模な青空書物市場だ。


「これは、何万冊……いや、万どころの騒ぎじゃないな。下手すると、数億冊あるかもしれない」


「すみませんラックさん。お役に立てなくて」


「気にするな、レヴィア。別の方法で何とかするから」


 レヴィアがいつまでも責任を感じているのを捨て置けない。一刻も早くアオイ女史と再会すべく、すぐさまレンタル伝言鳥を呼び寄せ、そいつを飛ばして連絡した。


 内容は、三行にまとめた。「ミヤチズに到着しましたよ親愛なるアオイさん。道が分からなくて困っています。詳細な地図を求む」という感じだ。我ながら味気なくて、色々省略しすぎで、感情を押し殺した文章だなと思う。


 何はともあれ、これで、アオイさんからわかりやすい地図が届くはずだ。ちゃんとした地図さえあれば、きっと合流できる。


 さて、鳥が飛んでいく先を見守っていると、フリースが不審がるような表情できいてきた。


「アオイって誰?」


「そういや、会ったことなかったな、フリースは」


 そうして俺が頼れるものしりお姉さん(年齢不詳の転生者、肉体年齢二十六さい)について説明してあげようとしたところ、レヴィアが横から入ってきた。


「アオイはいいひとです。私がここにいるのはアオイのおかげです」


「ちょっと待って、どういうこと? 初耳なんだけど。もうちょっと詳しく頼む」


「ラックさんには秘密です。教えてあげません」


「そんなこと言わずにさぁ」


「ダメですよぅ」


「ちょっとだけ、最初の二文字くらいでいいから」


「ダメ」


「おいおい、それが最初の二文字だってのか、ダメから始まるなら、ダメージとか、ダメンズとか、ダメ押し、ダメもと……ううむ、わからん」


「もう、ラックさん、何言ってんだかわかりません」


 レヴィアはそう言って、まるでツッコミでも入れるかのように、俺の肩をぺしんと叩いた。


 そんな軽いスキンシップが嬉しい。


 けれども、俺がレヴィアと仲良くしているのを快く思わない御方(エルフ)も近くにいるようだ。冷たい視線を感じる。


「ねえ、あんたたち、最近、妙に仲良いよね。あたしのこと、ないがしろにしてない?」


「そんなわけないだろ。でも、遊郭(ゆうかく)での暗殺騒ぎのせいでレヴィアとの距離が近づいたように感じられるってのは、確かにある。怪我の功名ってやつなのかな」


「……みんな、あたしを置いていなくなる」


 フリースは悲しげにつぶやいた。心なしか、いつもは澄んでいる瞳は濁っているように見え、しかも、いつもは尖っている耳の先端も、微妙に垂れているように見えた。


「おい、唐突に暗ーい話にもってくのやめてくれないか。それに、フリースは一人じゃない。俺だっているし、あと、コイトマルくんもいるじゃないか」


 励まそうとしたが、フリースは、


「…………」


 沈黙を返してきた。


「ん? あれ、そういえば、ちかごろコイトマルの姿を見ていないような……。どうしたんだ。まさか、いつのまにやら命を落としたとでも言うのか? いや、まさかな」


「…………」


「えっ、おいまさか」


「ひみつ」


「なんで」


「ラックには教えてあげない」


「そんなこと言わずに」


「ダメだって」


「ちょっとだけ、最初の二文字くらいでいいから」


「イヤ」


「『イヤ』から始まるのは、色々あるぞ。医薬品とか、イヤリングとか、いやらしいとか」


 するとフリースは、身をよじりながら、甘えた声を出した。


「んもう、ラックったら何言ってるんだかわかんないですぅ」


 レヴィアの口調をまねているつもりなのだろうか。違和感しかない。


「ていうか、ごめんフリース、似合わないっていうか、すっごい気持ち悪いから、マジでやめてくんない?」


「ふんっ」


 フリースはさらに不機嫌になって、しばらく、沈黙のフリース状態になってしまった。


 と、微妙に気まずい雰囲気になったところで、アオイさんのところに飛ばしていた鳥が戻ってきた。


「おっ、来たな……」


 足に結び付けられていた紙を広げてみると、先日もらったのと一切変わらない、全く同じ地図だった。


 俺は片手で頭を抱えて溜息を吐いた。


 呆れを通り越して(いきどお)りをおぼえざるをえない。


「おいおい何だよこれは。これが詳細な地図だと? やれやれまったく聖典研究者が聞いて呆れる。『神は細部に宿る』という建築家だか作家だかの名言があるけどもな、そういう精神でやってこそ、はじめて研究たりえるってもんなんじゃないのか、え?」


 鳥は答えないし、フリースは沈黙しているし、レヴィアも首をかしげている。


「たかが自分のいる場所の地図。それを、わかりやすく詳細に書けもしないのに、研究者を名乗るなど、おこがましいだろう。まったく」


 届いた地図を手の甲でペシペシ叩きながら言ったところで、向かい合う位置にいたレヴィアが俺の後方を指差した。


「あの、ラックさん、後ろ」


「うん? 後ろ?」


 振り返ったら、そこには頬を膨らませて涙目のアオイさんがいたのだった。


「ど、どうしてここが?」


「ラックくんに返信した伝言鳥を追いかけてきただけだよ」


 アオイさんは、顔に掛かった長い黒髪を苛立ちをぶつけるように乱雑に払いのけた。


「あ、そ、そうか。その手があったか。あはは……」


 やばい。どこから聞かれてたんだろう。冷や汗が止まらない。


「すみませんねぇ、地図も書けない研究者失格で。でもね、お言葉だけど、伝言鳥を追いかければ一瞬で出会えるってのに、そのことに気付きもしないなんてねえ……ラックくんこそ発想が貧困なんじゃないかな? ちがうかな?」


「そ、そんなに怒らないで下さいよ」


「だいたいねぇ、遅すぎ! すぐに行きますとか手紙に書いてなかった? 何日たったと思ってる? それで、着いたよって連絡くれたから期待して来てみたら、レヴィアちゃんとか青い服の子とかと次々にイチャついて! そんなの見せつけられて、こっちこそ憤慨(ふんがい)だよ!」


 怒りをあらわにするアオイさんとは対照的に、なぜか静かに怒り続けるフリースは言う。


「……ねえ、この黒髪の女、凍らしていい?」


「今日のフリースは唐突だな。レヴィアの真似でもしてんの?」


「別に」


 そしてまた良くない雰囲気の沈黙。二人とも怒りが収まる気配すら見えない。困った。


「ちょっといいですか。ラックさん」


「え、急にどうしたレヴィア、あらたまって」


「おかしくないですか?」


「なにがだ?」


「こっそりアオイと文通(ぶんつう)してたってことですよね? 私ひとすじじゃなかったんですか?」


 レヴィアまでもが不満を発見して責めてきた。全くこっそりじゃなかったわけだけども、きっと言ったって聞いてくれないだろう。


 三人の怒った女性たちに囲まれて責められる。これはこれで、とても幸せなことだって心から思う。けれど、このままにしていては収拾がつかなくて話が進まないからな。ここはいつものスタイルで、なんとか誤魔化していこう!


「いやぁ、それにしても、やっとミヤチズに着いたよ。ここまで長かったよなぁ」


「そんな強引に話を変えようとする手が通じるとでも?」アオイさん。

「ラックさん、本当に女好きで、年上好きですよね」レヴィア。

「…………」フリースは無言のまま、冷たい視線を突き刺してきた。


 ミヤチズでの滞在は、さっそく先が思いやられる険悪さでスタートしたのであった。




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