第121話 満ちよ解呪の香(4/6)
このザイデンシュトラーゼンにあるものは、基本的に国宝レベルの品々だと思ってくれていい。
たとえ芸術的価値が低くても、少なくとも歴史的価値や学問的価値が高いものばかりだ。
そんな値札が付けられないようなレベルのものを溶かそうとしている。
大量に。
これがギルティでなくて何だと言うのだ。
そもそも、本当に作れるのか?
無理だろう。無理だと思いたい。
条件は、次の四つ。
黄金であること。
尾が長い鳥の形であること。
宝物であること。
香炉であること。
この条件を満たしたもので無いかぎり、あらゆる呪いを解くという効果は発揮されない。
でも、黄金の素材はいいとして、その黄金をどうやって溶かすというんだ。
「あたし、炎魔法得意だよ」
アンジュさんは手のひらに真っ赤な炎を灯していた。
でも、仮に溶かせたとして、どうやって形を整えるというんだ。
――あたしの氷は、どんな高熱にも負けない。氷で作った鳥の型に流し込めばいい。
寝込んでいたはずのフリースは希望が出てきたとみるや一気に元気を取り戻し、鳥っぽい形の塊を生み出してみせた。巨大だった。
でも、それが宝物でなくてはならないんだろう。単に黄金を鳥の形に冷やし固めたものを、どうしたら宝物と呼ぶことができるだろう。
「今のあたしなら、何でも最高のものが作れる気がするわ。なんていうの? ゾーンに入ってるっていうの? あたしは絵が専門だけど、今なら彫刻もマリーノーツで最高のものを削り出せそう。特に鳥の彫刻とかね、イイ感じの鳥のイメージが湧いてきてる」
そう胸を張ったのは芸術家のボーラ・コットンウォーカーさん。
だめだ。駒が揃いすぎている。
ていうか、何でみんなして乗り気なんだよ。どうか悪夢だと言ってほしい。
「ゆ、夢スキルなんか使ってません!」
そんなことはわかってるよ、レヴィアちゃん。
★
あまり貴重ではなさそうなものを選びはしたが、宝物を溶かすなんてのは、ものすごく後ろめたい行為である。しかも、百点近くの宝物を溶かしてくれと言い放った時の精神的ダメージってのは、もう計り知れないものがあった。
金のように見えていたものの中には塗装されただけの白い陶磁器が混じっていたりもして、そのときにはやっちまったと血の気が引いたぜ。
ステータス画面には全ての情報が書かれていないことも多い。
いくつかの宝物溶かしは、きっと取り返しのつかないことをやってしまったような気もしてる。
その精神をいためつける作業の繰り返しは、まじで吐き気が襲ってくるレベルだった。
なんとかこらえて、今は平気になったけどもさ。人間、慣れてしまうものなんだなぁ。
さて、金属を溶かしたり、鳥っぽい形に整形したりなんてのは、技術的には簡単だった。しかし、それを香炉にして宝物にするという最終工程に俺たちは苦戦した。
ボーラさんが鬼気迫る表情で、魂込めて削ったものは、『尾の長い黄金鳥の像』となり、微弱ながらも宝物特有の金色オーラを纏うものだった。
翼を閉じて毅然と直立する姿は迫力があって格好よかったので納得だ。
これでイケる。簡単に解決した、と俺は拳を握りかけた。
ところがどうだ。香炉にするために背中に穴をあけた途端に光を失い、宝物ではなくなってしまった。しかも、ステータスを確認してみると香炉とすら認識されない。
何回やっても何回やっても同じ結果となり、ボーラさんは再び大勇者まなかが描いた絵や、宝物庫の芸術作品からのインスピレーションを求めた。
「……ラック、デザインを変えるわ。翼を広げた形にする」
そうして出来上がったのは、今にも飛び上がりそうな、力強い躍動の瞬間をとらえた鳥の彫刻である。先ほどよりも強い黄金オーラを放った。しかし、これも背中をくりぬいた瞬間に輝きを失ってしまった。
ボーラさんの彫刻技術は、すでに宝物となりうるほどの腕前なのだが、どうも俺たちには香炉についての知識が不足しているようだった。
「くうぅぅ! そもそも香炉って何なの!」
煮詰まったボーラさんがムシャクシャして叫んだ。
「お香を焚くときに使う容器だよ」とアンジュさん。
「んなこと分かってんのよ!」とボーラさんは八つ当たりする。
「はぁ? 何かってきかれたから答えてやったってのに、何なの? この芸術家気ど――」
と、アンジュさんがキレかけたところで、
「ちょっ、ちょっと休憩しません?」
俺はタイムを要求した。
しばらく、それぞれの自由時間に突入したのだが、その時間で俺は思考をめぐらせる。
一体、何が問題なのだろう。
出来上がった鳥の彫刻は、香炉としての機能を十分にそなえる。背中の穴に火のついた香を入れてやれば、火が付いた危険なものから人間の肌が火傷するのを守れるし、煙を上に向かって吐き出してくれる。
それなのに宝物扱いされないのは何故なのだろう。
見栄えの問題なのか、機能面の問題なのか、どうにも煙のようにとらえがたい謎である。
しばらく悩んでいると、アンジュさんが皆に声をかけた。
「みんな、この休憩を利用してゴハンにしないかい? 人間、腹減ってるとマトモじゃなくなるからね」
反対する者はいなかった。
★
ザイデンシュトラーゼンの宝物庫は、外から見れば桃型の金ぴか巨大オブジェである。その桃の外に何があるかというと、建物の屋上があるのだった。
外は夜だった。
アンジュさんは、部下の男たちに命じて炭と網と肉を持ってこさせ、炎魔法で派手に炎上させた。
「さあ、焼くよ!」
分厚い肉の塊が次々に網の上に載せられていく。
網の上で踊る肉たち。したたる肉汁が炭に飛び込んで、香ばしい煙が立ち上る。その光景を見て、俺は閃いた。
「そうか! 網は、煙を邪魔しないのか」
至極当然のこと。
だが、これまでは煙をどうするかっていう工夫を考えつかなかった。
これまでの鳥型香炉では、煙が発するだけで広がっていかなかった。鳥の彫刻に穴をあけただけだったからな。
しかし、香りをオシャレに広げるためには、空気が出入りする隙間が多いほうがいいのではないか。
別に背中に穴があいている香炉が悪いってんじゃない。それでも宝物になっている逸品は多くある。
だけど、ここまで何度も背中に穴をあけてきて、そのたび宝物でなくなってしまうなら、デザインを大きく変えて、もっと神秘的な煙の広がり方を再現してみたい。
なぜなら、そうしたほうが宝物っぽいと思うからだ!
このバーベキューの網のように、煙を素直に通すような構造で、なおかつデザイン性に優れた匠の技といえば――。
「そう、透かし彫りだ! ボーラさん、透かし彫りにしましょう! この宝物庫にも、透かし彫りの香炉がいくつかありましたし、鳥のボディ部分を透かし彫りにすれば、香炉として認めてもらえるはず!」
「あのさ、ラック。焦るのはわかるけど、急なハイテンションで『透かし彫りダァ!』とか簡単に言ってくれてもさ……」
「大丈夫です。ボーラさんなら作れます。俺が保証しますよ」
俺がまっすぐ見据えて言うと、黒ずくめの彼女は俺の圧力に負けたのか、目を背けながら顔を赤くして、
「……ま、まぁ? そんなに言うなら、試してみてもいいけどさ……」
とか言って立ち上がろうとした。
しかしそこで、「待った」がかかる。
「おいコラ、ラック」とアンジュさんの険しい声。「食べてからにしろ。それともあたしの焼いた肉が食えないとでも?」
俺は年上の元山賊女が放つ圧力にすっかり敗北して、肉に視線を落としながら、「す、すみませんでした」と謝罪した。
そして、レヴィアと豪快さを競うように、大口をあけて生焼肉にかぶりついたのだった。
★
「……どう……だい、ラック」
全ての体力と気力を使い果たしたボーラさんは、荒い呼吸を漏らしながら、俺を見つめた。
俺は品物を曇りなき眼やステータスで何度も確認する。
どれだけ鑑定にかけたって結果は変わりはしないのだが、何度も喜びたくて、何度も何度も確認する。
「すごい……すごいです! ボーラさん、やりましたよ。今回はあの巨大な香木に負けないくらいの輝くオーラをまとってます」
「やったー!」
黄金の削りかすを体じゅうにつけた黒いボーラさんは、喜びのどさくさ紛れに白いレヴィアを強く抱きしめた。
普段だったら大激怒してレヴィアを返せと剥がしに行くところだが、今日はめでたい日だ。ほおずりしてても、帽子をなでまわしてても、見て見ないふりをするとしよう。
というわけで、宝物が完成した。
素材は黄金。小さな女の子であるレヴィアやフリースと同じくらいの大きさであるが、これは鳥としてはかなり大きめだろう。翼を控えめに広げた尾の長い鳥の形。今にも翼を広げようとしているという期待をもたせてくれるデザインになっている。ボディ部分は唐草模様の透かし彫り。ピンと真っ直ぐ横一文字にのびた尾は上品で凛々しかった。
黄金オーラがほとばしっているので宝物か否かの問題はクリア。あとは、これが香炉であるかどうかだ。
俺はステータス画面を確認する。
そのアイテムには、『エルスターの黄金香炉』という名がついていた。ちゃんと香炉として認められているらしい。
説明文を読み上げてみる。
「えっと……尾長き怪鳥の黄金香炉。転生者アンジュの手によってザイデンシュトラーゼンの宝物七十七点が溶かされ、その黄金がふんだんに使われている。高位の高熱魔法によって溶かされた金は、青き衣の氷使いフリースの精密な氷によって固められ、無名芸術家ボーラの手によって彫刻が施された。頭部の彫刻や胸部の透かし彫りは思い切りがよく活力がみなぎり、真っ直ぐに伸びる地平線のような尾翼は、贅を尽した宝物に静かな落ち着きをもたらしている」
俺たちのスーパー悪事の証拠が、宝物のステータスとして残った形である。
なかでも、アンジュさんは宝物を溶かした張本人であることがハッキリ書かれてしまっていたため、頭を抱えてよろめくほどの精神的ダメージを受けたようだ。
「ねえラック。やっぱこれ、もう一回溶かそうか……。このアイテムが残ってる限り、あたしが落ち着いて暮らせないから」
「せめて呪いを解くまで待ってください」
こうして見事に、その鳥型の香炉ってやつは完成した。
やっぱり俺たちは、なんだかんだで奇跡を起こせるんだ。




