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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第六章 解呪の秘宝

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第113話 ザイデンシュトラーゼン城(7/11)

 夢を見た。


  ★


 俺はザイデンシュトラーゼンの城下町にいた。


 この頃は、まだ汚い半裸の盗賊どもが巣食っていない健全な町のようで、すれちがう人々の快活で健康的な感じから、そこが平和の極みなんだと実感できた。


 振り返れば、壁。

 とはいえ、まだ街を囲う壁が完成しておらず、工事中のようで、低くいびつな形をしていた。


 再び前を向けば、いくつもの穴があいている岩場があり、その上に白く輝く城があり、そのさらに上には、巨大な黄金の桃が鎮座していた。今よりも輝きが強い気がする。


 俺の足は、丘の上にあるザイデンシュトラーゼン城に向いた。


 夢の中で夢だとわかりながら自由に行動ができるようだった。


 岩をくりぬいた長い長い階段をのぼっていくと、城の入口が見えた。


 アンジュさんに案内されてのぼったときよりも、ずいぶん(きら)びやかな印象を受けたのは、新築だったからだろうか。


 せっかくなので、アンジュさんの部屋があった六階に行ってみた。


 色々探し回ってみたが、岩場がゴツゴツした部屋は存在していない。


 だいたい同じところにある部屋から窓の外を見てみたら、かなり景色が違っていた。


 アンジュさんの部屋からは、城壁に遮られていたためにネオジュークピラミッドぐらいしか見えるものはなかったが、この夢では少し違う。


 未完成のザイデンシュトラーゼンの城壁は低くギザギザで、それぞれ城壁に囲まれたホクキオ、サウスサガヤ、ハイエンジが丸見えだった。その東には、これまた城壁に囲まれたカナノ地区、そしてネオジュークにはピラミッドなど無かった。空気が澄んでいるからだろうか、遠く、かすかにフロッグレイクの大樹も見えている。


 これは、やはり過去のマリーノーツを夢に見ているのだろうか。カナノ地区以外も城壁で囲まれているところをみると、そのように思えてくる。


 ふと、音楽が耳に届いた。


 荘厳でありながら優しい、クラシックのような旋律。


 音のするほうへと導かれるように進んでいく。


 小さな扉を開いて、星が散らばる螺旋の坂道をのぼっていくと、音がだんだん大きくなっていく。


 やがて、たくさんの宝物が並んでいる博物館のような薄暗い広間に出た。


 大きなものから小さなものまで、すべてガラスケースに整然と配置され、弱い光を当てられていた。


 大切な宝物たちに見えるけれど、特に紅い光も黄金の光も見えない。もしかしたら、この夢の中では『曇りなき眼』のスキルは使えないからかもしれない。


 広大な建物の中を歩き回り、階段を探しては登り、階段を探しては登りを繰り返して、やがて辿り着いたのは、最上階の薄暗いホール。大きな舞台があり、客のいない観客席が半円型に広がっていた。


 音が、よく響いていた。


 薄い照明が当てられている舞台には一人の女の人。


 背筋をのばして丸太の椅子に腰かけている。


 周囲にはいくつかの木箱が並んでいて、木箱の前には滑らかな布が敷かれ、いくつかの楽器が並べられていた。すべて弦楽器だった。


 不思議だったのは、一人しかいないはずなのに、明らかに複数の楽器の音色が組み合わされて響いていたことだ。


 録音を流しているのかと思ったが、ここは夢の中とはいえ異世界マリーノーツだ。そんな設備が整っているとは思えない。


 謎を見極めたくて、俺は客席を前に前に進んだ。


 ふと、響きを残して音楽が止まった。


 女の人が顔を上げたのだ。


「ああ、お客さんなんて嬉しいわ。いつも誰も来ないのに」


「あなたは?」


 と俺の口が言った。


 言葉を返そうと思う前に、自動的に返事をしていた。


 どうやら俺の自由行動タイムはここまで。


 ここからは夢の中で違う誰かになって、台詞を言わされるようだ。


「わたしは、ここで調律師をしている者です」


「調律師?」また、意図せず声が出た。


「ええ。あらゆる楽器の状態を最高に保つのが、わたしの仕事」


「さっき、一人でたくさんの音を出していたみたいだけれど」


「あれはね、調律スキルを極めると可能になるのよ。『灰色オーケストラ』と呼ばれる上位スキルね」


「さっきの曲は? なんだか寂しくも楽しく、懐かしい音色だった。悪戯好きの小さな女の子が階段を駆け下りてくるような、時々さびしげに振り返っているような。どこかで聴いたことがあるような」


「ええ、そうね。音楽の力はすごい。楽しみを音にすることで人の心を癒し、元気づけることができる。わたしが調律師を(こころざ)したのは、この可愛らしい曲に助けられたからなの。ある転生者が教えてくれたものよ」


「転生者の音楽というわけか。では異国の曲だね」


「曲名は、アイネクライネナハトムジーク」


 知っている曲名だった。あれがアイネクライネナハトムジークなのか。こんな夢の世界で、はじめて曲と曲名が一致した。有名な曲らしいが、もし曲名になじみはなくとも、おそらく誰もが耳にしたことがあるメロディ。口ずさんだことがある人も多いかもしれない。


 夢の中で、俺の目は閉じられた。再び鳴り始めた柔らかな音楽の中で、視界が一度真っ暗になる。


 そして、次に目の前が明るくなった時には、俺はホールの客席に座っていた。


 ガヤガヤとした喧噪のなか、周囲を見回すと、そこにいたのは普通の人間だけじゃない。エルフもいるし、狼の顔をした者や、ヒョウの顔をした者、蛇みたいな頭をした女とかもいる。つまり、獣人たちも集まってきていた。


 コツコツコツと足音が響きはじめた時、会場が一気に静まり返る。


 女の人が一人出てきた。調律師とは違う人だ。


 舞台には、いくつもの丸太椅子が並べられていて、横笛を持ったその人は、丸太の一つに腰かけた。


 つづいて、いくつもの足音が響き、弦楽器を持った人や打楽器を持った人が、大勢出てきた。ヒトもいればエルフもいて、獣人もいる。姿も楽器もバラバラの者たちが、舞台上の丸太座席を埋め尽くした。


 最初に出てきた女が大きく深呼吸して、笛を吹く。最初のフレーズを一人で奏でた。


 あたたかみのある音色がホールを包み込んだ。


 さきほど調律師がひとり奏でていた名曲。


 アイネクライネナハトムジーク。


 続いて舞台の全員が楽器を鳴らした。繊細ながらも力強く鳴り響いた音は、調律師のスキルとは全く違っていた。


 完全に揃っているわけじゃない。むしろ、ずれていたり、ゆらいでいたり、息遣いや、足音、服のこすれる音などの雑音が混じっていたりする。


 でも、それは、未完成とか、不完全とか、そういう印象ではなかった。


 色あせたような夢の世界に、一気に色がついた。


 さまざまな色が、絡み合って、溶けあって、時に弾けて、混ざり合って、広がったり、吸い込まれたり、現れたり、消えたり、薄く伸び上がったり、にじんだり、千変万化した。


 少しも動けなかった。呼吸を止めてしまっていた。まばたきも忘れていた。


 音楽が終わると、観客席が俺だけを置いて一斉に立ち上がり、割れんばかりの大拍手を送った。


 ふと斜め後ろから、ひときわ大きな拍手の音がした。


 振り返ってみると、そこには調律師のおねえさんがいて、大粒の涙を流しながら、拍手を送っていた。みんなが拍手をやめても、ただ一人だけ、手を叩き続けていた。


 ずっと探していた宝物に、出会ったかのように――。


 夢の世界は、そこで弾けた。


  ★


 ほっぺたに鈍い痛みを感じ、目を開く。


 そこには、レヴィアがいて、俺の頬をギュウギュウに引っ張っていやがった。


「あ、起きた」


「レヴィア、今の夢は、どういうのだ?」


「はい? なんです?」


「レヴィアが見せてくれたんじゃないのか? 自由に夢を見せるスキルがあるんだろ?」


「そそそ、そんなスキル持ってないんですけどぉ!」


 だめだこいつ、嘘が下手過ぎる。


「別に怒ったりしないから、意図を説明してほしい。意味が分からなすぎる」


「どんな夢だったんです?」


 俺は首をかくんと(かし)げる彼女にむかって、さっき見たザイデンシュトラーゼン城オーケストラの夢を語った。


「いえ、本当にわかんないです。いまはラックさんに夢を見せてやろうなんて、思ってませんでしたから」


「そうなのか……」


 妙にリアルな夢だったから、実際にあった出来事だったような気がするけれども……。


 と、そんなところで、アンジュさんが、「何やってんだ、カギあけるよ」と声をかけてきた。


 振り向けば、そこには重たそうな扉。


 ぐるぐる巻きにされた縄が取り付けられ、南京錠のようなもので重ねてロックされている。


 そのさらに上には、お(ふだ)が貼られて封印されており、宝物庫というだけであって、やたら厳重である。


「さあ開けるよ!」


 アンジュさんの炎魔法でお札が灰にされ、南京錠のようなものはピッキングで素早く開けられ、縄はナイフで切り落とされた。


 今、元山賊女の手によって、宝物庫が開かれる。



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