嫁ぎ先はロマンスグレーの老紳士……じゃなかったの⁉ 3
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長かったような短かったような一か月が過ぎ、ミモザの花が完全に散って春の終わりを感じさせるようになったころ。
待ちに待った、ステファーニ公爵家の迎えの馬車がやってきた。
フェルナンドも息子夫婦も孫たちも、シーズンオフのためにステファーニ公爵領にいるそうで、領地はここから馬車で五日ほどの場所にあるそうだ。
迎えに来てくれたのは、三十歳を少し過ぎたくらいのフットマンと二十代半ばくらいの年齢だろうと思われるメイドが二人。それから護衛の公爵家の騎士が三名だった。
馬車は黒塗りでピカピカしており、馬車自体にも万が一盗賊などに襲われた際に発動する防御の魔術具が組み込まれているらしい。
(さすがは公爵家、すごいわ……)
そう言えば、フェルナンドの息子エラルドは魔術師だった。
この世界には魔術の概念があるが、誰もが魔術を使えるわけではない。魔術師とは完全に才能がものを言う職業で、魔術が使えるかどうかは、本人にその適性があるかどうかだ。簡単に言えば、魔力を持って生まれるか否か、ということである。
残念ながらイアナには魔術の適正はないし、家族全員も同じだ。
魔力を持って生まれるのはほんの一握りで、百人に一人とも千人に一人とも言われている。
エラルドはそんな稀有な才能を持って生まれたのだが、そのせいか昔から魔術の研究にのめり込み、フェルナンドの頭痛の種だったというのを聞いたことがあった。
というのも、公爵家の仕事にまったくと言っていいほど興味を示さず、口を開けば「父上は死ぬまで公爵でいてくださいね」などと言う始末らしい。
そしてそんな状況だったため、なかなか結婚相手も見つからなかった。
いや、縁談は来ていたらしい。けれども本人が「あなたよりも魔術研究が最優先ですがそれでもかまいませんか」なんて堂々と言うものだから、一人、また一人と脱落していったという。
そんなエラルドも五年前に結婚し、今では妻を溺愛しているというが、イアナから言わせれば、落ち着くところに落ち着いたのだろうなと言う感想だ。口では何と言おうと、好きな人ができればどうしてもその人を優先するようになる。結婚が遅れたのは最愛の人に出会うのに時間がかかってしまっただけだろう。
父の後妻のためにわざわざ魔術具付きの馬車と使用人、護衛を送り出してくれたエラルドはきっと素敵な人だろう。今のイアナよりは十五歳も年上だが、優しそうな息子でよかったとイアナは思った。
「奥様、参りましょう」
まだフェルナンドに面会する前だが、すでにイアナを奥様と呼んでくれるらしい。
イアナの中のフットマンとメイドたち、そして騎士たちへの好感度がぐぐんと上がった。
父たちは一応形式的に見送りに出てはきたが、三人が三人とも興味のなさそうな顔をして、「気を付けて」と言う一言すら出なかった。まあこんなものだろうとイアナは思っていたが、フットマンたちはその対応が気に入らなかったらしい。あからさまに顔をしかめていた。
アントネッラ伯爵家に支払われる支度金はイアナがステファーニ公爵家に到着したあとになる。
父からは公爵家に到着したら、すぐに支度金を支払うように手配しろと言われた。
(まあいいんだけど、支度金って本来わたしのためのお金だと思うのよね)
イアナの荷物は旅行用のトランク一つ分しかない。古くて継ぎはぎだらけの普段着は持って行くのははばかられたので、比較的綺麗な服とドレスを一着ずつしか入れていないのだ。
支度金をまるまるアントネッラ伯爵家に送った場合、イアナは追加の服をどうすればいいのだろう。支度金をもらっておいてさらにドレスを買ってくださいとは、嫁いだばかりの身としてはなかなか言いづらいものがある。
(支度金の金額ってお父様に伝えてあるのかしら? もし伝えていないのなら少しちょろまかしてもばれないかしら?)
そんなことを考えつつ、イアナは馬車に乗り込んだ。
馬車が動きだし、アントネッラ伯爵邸が見えなくなると、フットマンが口を開いた。
「改めまして、自己紹介させてください。私はドナートと申します。タウンハウスの執事の息子で、使用人ではありますがエラルド様の雑用係が主な仕事です。それからメイドのクロエとマーラです。我が家には侍女がおりませんが、奥様が必要であれば募集をかけましょう」
ドナートは焦げ茶色の髪に灰色の瞳で、中背。年は三十二歳。
クロエは黒髪に黒い瞳で、年は二十六歳。
マーラはくすんだ金髪に琥珀色の瞳で、年は二十五歳だという。
高位貴族の女主人や令嬢には侍女がつくものだが、ステファーニ公爵家ではフェルナンドの前妻が亡くなった時に侍女が去ったという。
そして五年前にエラルドは妻アリーチャと結婚したが、アリーチャは男爵家の出身で侍女に世話をしてもらうという生活を送っていなかったため必要ないと言って雇い入れなかったらしい。
「わたしも、これまで侍女がいなかったから必要ないですよ」
イアナが答えると、ドナートが頷いてクロエとマーラを見た。
「そうであれば、ここのクロエとマーラが奥様付きのメイドとなる予定です」
「そうなの? クロエ、マーラ、よろしくね!」
アントネッラ伯爵家では、乳母が任期を終えて去ってからまともな話し相手がいなかったから、専属のメイドができるのはとても嬉しい。
クロエもマーラもにこりと微笑みを返してくれたが、すぐに表情を引き締めた。
「奥様、不躾な質問ですがよろしいですか?」
「なにかしら?」
「奥様のお荷物はこちらのトランク一つだけのようですが、他のものは後程送られるのでしょうか?」
やはりトランク一つで嫁ぐのは不審がられたらしい。だけどイアナの荷物はこれしかないから誤魔化しようがなかった。
「ええっと、これで全部よ。うち、その……貧乏だから」
この言い訳はちょっと厳しいかなとイアナは思った。というのも、仕方なく見送りに出ていた母とジョルジアナは実に派手に着飾っていたからだ。最新の流行のドレスにアクセサリーを身に着けた彼女たちを目にしているクロエたちに、「貧乏だから」という言い訳は通用しないだろう。イアナが今身に着けているドレスも数年前のデザインで、あまり高価なものではない。
見送りに出たアントネッラ伯爵家の人たちの態度と格好で、クロエたちは大体の状況を理解したようだった。
「こんなことなら、エラルド様に支度金の一部を先払いしていただけばよかったですね」
「うーん、支度金の一部を先に頂いていたとしても、その……ジョルジアナの作った慰謝料の返済に充てられたと思うから、持って行くものの準備はできなかったと思うの」
イアナが正直に答えると、ドナートもクロエもマーラも唖然とした顔になった。
「慰謝料?」
「あれ、知らないかしら? うちの妹、ちょっと問題を起こして慰謝料を請求されちゃって」
調べればわかることなので誤魔化すつもりはない。身内の恥だが、先方の奥方が怒り心頭であちこちに吹聴して回っているため、ジョルジアナが不倫したと言う噂は今年の社交シーズンがはじまるまでには国中の貴族に広まることだろう。慰謝料を払えばそれで終わりという問題ではないのだ。
ドナートがすごく言いにくそうな顔で言った。
「それでは、奥様が旦那様に嫁いでこられることになったのは、その慰謝料の支払いのためでしょうか?」
「ええっと、父はそのつもりで受けたみたいね。あ! でも、わたしは違うわ。これ! この方が旦那様よね? とっても素敵な方でドキドキしているの!」
大事に持って来た絵姿を広げれば、ドナートたちは微妙な顔になった。
「……エラルド様は、その絵姿を送ったのですね」
あちゃー、とマーラが額に手を当てている。
どういうことだろう、とイアナは首を傾げた。
「この方が旦那様じゃないのかしら?」
「ええっと……旦那様には違いないのですが」
「ええ、正真正銘そこに描かれている方は旦那様……フェルナンド様ではございますが」
「なんというか、ちょっと前の旦那様でして」
つまり、ここに描かれているフェルナンドよりも、今のフェルナンドは少し老けているということだろうか。そんなの全然問題ない。むしろウェルカム。
「そうなのね? あ、でも安心して。この絵姿よりもちょっとお年を召していても、ちょっと太っていても、わたしは全然大丈夫よ! とっても楽しみだわ!」
ドナートとクロエとマーラは顔を見合わせ、とても不安そうな顔になった。
そして、クロエが意を決したように一枚の絵姿を取り出す。
「事前にお見せしておくようにと言われたので持参したのですが、こちらがエラルド様とアリーチャ様、二人のお子様の絵姿でして……」
イアナはクロエから絵姿を受け取り、とっても愛らしい未来の孫二人にきゅんとときめいた。早く会いたいと思いながら絵姿を見つめ続けるイアナに、クロエが続ける。
「ちなみにですが奥様、ここに描かれているエラルド様と、絵姿の旦那様、その……どちらがお好みですか?」
おかしなことを訊くものだ。
イアナは首を傾げたが、はっきりと答えた。
「それはもちろんフェルナンド様よ! この目じりの皺、ほうれい線、白髪が混じったロマンスグレーの髪、何もかもがわたしの好みだわ‼」
自信満々に答えると、ドナートたちは何故か青ざめ、そして絶句した。
☆
さすがに荷物が少なすぎるからと、道中で服などを買い足しながら五日。
イアナはついにステファーニ公爵邸に到着した。
ドキドキと胸を高鳴らせながら玄関前に立ったイアナに、ドナートがすごく不安そうな顔を向けて来る。
「奥様。旦那様は外見はどうあれ、中身はとっても素敵な方です。どうか外見だけで判断されませんよう、心よりお願いいたします」
「大丈夫よ! わたし、絵姿よりもお年を重ねていらっしゃっても全然オッケーだもの!」
うんうんと頷くと、ドナートはぐっと言葉に詰まり、玄関扉の取っ手に手をかける。
「奥様、繰り返しますがお気を確かにもたれてくださいね」
ドナートはよほどイアナとフェルナンドの年齢差を気にしているのだろか。
わかったわと頷けば、ドナートが大きく深呼吸をしたのちに、玄関扉を開ける。
するとそこには、絵姿で見たエラルドとアリーチャ、そしてもう一人、エラルドよりもだいぶ年若い――イアナと同じ年くらいの、つまり二十歳くらいの青年が立っていた。
キラキラの銀色の髪に青い瞳。
すらりと背が高く、顔立ちは精悍と言うよりは綺麗と表現する方があっている。
(エラルド様に弟がいたのかしら? でも、フェルナンド様は三十年前に奥様を亡くしているから……計算が合わないような?)
この、王子様然とした青年は誰だろう。
というか、イアナの素敵な旦那様はどこにいるのだろうか。まさか体調を崩して寝込んでいるとか? それは大変だ。すぐに看病に向かわないと!
だがその前に、出迎えてくれたエラルドたちにきちんと挨拶をすべきだろう。
イアナはできるだけ綺麗に見えるように丁寧にカーテシーをした。
「はじめまして、イアナと申します。これからどうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそはじめまして。それから父との縁談を受け入れてくれて心より感謝いたします。こちらは妻のアリーチャ。そして――」
エラルドは隣の青年に視線を向けると、にこにこと言った。
「父の、フェルナンドです」
イアナは言葉を失ってたっぷり沈黙し、それからつい「え?」と訊き返してしまう。
すると、ドナートが頭が痛そうな顔で、エラルドと同じことを言った。
「奥様、繰り返しますがお気を確かにもたれてくださいね。……こちらが、ステファーニ公爵家当主であり、エラルド様の実のお父君である……フェルナンド様です」
イアナはドナートとエラルド、それからフェルナンドと紹介された美青年を順番に見た。
フェルナンドが困った顔で、「フェルナンド・ステファーニだ」と名乗ってくれる。
イアナはカッと目を見開き、それから――
「お、奥様ああああああああっ⁉」
気絶した。
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