扶養義務はありません 2
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カルリ侯爵家のパーティーの翌日。
フェルナンドとソファに並んで座り、共に読書を楽しんでいたイアナの元に、困惑気味の執事がやって来た。
フェルナンドとイアナに来客だと言う。
事前にアポイントもなく突撃してきたので追い返すこともできるが、相手が弁護士を名乗っているのでどうしましょうかと執事に訊かれ、イアナとフェルナンドは顔を見合わせた。
「弁護士?」
「うちの顧問ではないのだろう?」
「はい。ステファーニ公爵家の顧問弁護士ではありません。あの方はアポイントもなく来訪しませんし」
「まあそうだな」
ステファーニ公爵家にはヴィットーレという名前の顧問弁護士がいるが、高位貴族を相手にしている弁護士だけあって、マナーはしっかりしている。急ぎの用事でも必ず先ぶれをよこし、来訪していいかと確認を入れるのだそうだ。
「ヴィットーレに至急連絡を取ってくれ。それから、来客はサロンに案内して少し待たせておけ。ヴィットーレに確認が取れてから対応しよう。急に来たのだ、待たされる覚悟くらいしているはずだからな」
「かしこまりました」
執事が部屋を出て行くと、フェルナンドが指先で眉間をぐりぐりとやった。
「どうせろくな用事ではないだろうな。なんだか嫌な予感がする」
「わたしもです。面倒ごとに巻き込まれそうな、そんな予感がします」
そして、フェルナンドとイアナの予感は当たっていた。
フェルナンドから連絡を受け、ヴィットーレが駆けつけてくれたのでサロンに向かうと、突撃してきた弁護士はオルネロと名乗った。
(オルネロって……あ! お父様が相談に行ったことのある弁護士だわ!)
銀行から金を借りる際に雇った弁護士がそういう名前だった。ということは十中八九アントネッラ伯爵家がらみの要件だ。頭が痛い。
フェルナンドとイアナが並んで座り、ヴィットーレがその斜め前の一人掛けのソファに座る。
オルネロは額の汗をハンカチで拭いながら、鞄から一枚の書類を取り出した。
「お忙しいところ恐れ入ります。……ヴィットーレ会長もご同席とは思わず」
ヴィットーレは王都の弁護士会の会長らしい。道理でヴィットーレの姿を見た途端オルネロが顔色を悪くしたわけだ。
ヴィットーレはモノクルを指先で押し上げ、オルネロが取り出した書類を見やった。
フェルナンドは泰然と構えているので、やり取りはヴィットーレに任せておけばいいと言うことだろう。アントネッラ伯爵家がまた彼に迷惑をかけるのかと思うと胃が痛くなってくるが、イアナもひとまず口を挟まない方がよさそうだ。
「オルネロ君、この書類はいったい何かね」
書類の中身を確認し終えたヴィットーレが厳しい視線をオルネロに向けた。
「私の目には、アントネッラ伯爵家の借金を肩代わりするための書類に見えるがね。連帯保証人でもないステファーニ公爵に、アントネッラ伯爵家の借金を代わりに返済する義務はないはずだが?」
「そ、それはですね……、三親等以内の親族が困窮したときには、その親族を扶養しなければならないと言う決まりがですね」
「私相手にそのような誤魔化しが通用するとでも? 扶養については義務ではない。この場合、アントネッラ伯爵が申請し、イアナ夫人が受理すれば義務が発生するだけで、拒否することも可能だ。そして、あくまでそれは扶養の話であって、借金の返済義務は生じない。このような騙すような書類を作って持ってくるなんて、弁護士の資格を返上した方がいいのではないかね?」
「も、ももも、もちろんですとも! この書類はあくまでアントネッラ伯爵の要望をまとめたものでして、騙すつもりのものではありません! 本当です!」
だらだらと汗をかきながら言い訳するオルネロに、イアナはあきれるばかりだ。もしここにヴィットーレがいなければ、扶養義務だとかなんとか言って書類にサインを求めたに違いない。ヴィットーレを呼んだフェルナンドは慧眼だ。
ヴィットーレは嘆息し、書類をフェルナンドに差し出した。
「アントネッラ伯爵の要望だそうです」
イアナもフェルナンドと一緒に書類を見させてもらったが、内容は唖然とするものだった。アントネッラ伯爵家の借金が一覧になっていて、最後に「アントネッラ伯爵に代わりこれらの借金を返済する」という一文が書かれている。その隣にサインする場所が設けられていた。
さらには「上記に加え、アントネッラ伯爵家の財政が落ち着くまでは年に金貨三百枚の援助を行う」という一文まである。馬鹿なのか。
書類を読み終えたフェルナンドは失笑した。
「これを作ったのは君かな?」
「え、ええっと、あくまで内容はアントネッラ伯爵の要望でして……」
「だから、その要望をまとめて書類にしたのは、君かなと訊いているんだが」
「は……はい、その通りです」
オルネロはしきりにハンカチで汗を拭っている。もはやハンカチは汗でびっしょりだろう。
フェルナンドはヴィットーレに視線を向けた。
「これは弁護士会に抗議してもいい内容かな?」
「そうですねえ。会長の立場としては弁護士会に抗議されると困るので、対応は私に任せてくださると嬉しいのですけど」
もちろん、ご納得いただける処分を下しますよ、とヴィットーレが微笑む。オルネロは真っ青だ。
「オルネロ君。相手が悪かったね。この方は、こんな詐欺まがいの書類が通用する方ではないんだよ」
フェルナンドから再度書類を受け取ったヴィットーレが、ぴらぴらと書類を振る。
「君の処分については、後日弁護士会で会議にかけるとして、用件はこれだけかね?」
「はい、いえ、あの……」
「あるならさっさとしたまえ」
オルネロは逡巡したのち、泣きそうな顔で鞄からもう一通の書類を取り出した。
ヴィットーレが書類を受け取り、思わずと言った様子で息を吐く。
「いやはや……。君、まさか他でもこんなふざけた仕事をしているんじゃないだろうね」
「あ、あくまで伯爵のご要望です!」
「顧客の要望を何でも聞けばいいと言うわけではないだろう」
ヴィットーレがフェルナンドに書類を見せる。
フェルナンドと一緒に書類を確認したイアナはポカンとしてしまった。
その書類はいわゆる内容証明である。「ステファーニ公爵家が扶養義務を怠ったためアントネッラ伯爵家は立ち行かなくなった」とかふざけたことが書いてあり、慰謝料として金貨三千枚の支払いをするようにと書かれていた。拒否した場合、法務省に届け出て裁判を起こすとある。
(こんな言い分が通ると思っているのかしら?)
法律に詳しくなくて、さらに弱小貴族ならもしかしたら震えあがるかもしれないが、国王の叔父であり公爵家であり、弁護士会の会長が顧問弁護士を務めるステファーニ家が、こんな書類で騙せると思っていたのだろうか。
「なるほど? 先ほどの借金の形代わりと援助の書類にサインをしなければ、この内容をつきつけろとアントネッラ伯爵に言われたのかな?」
ヴィットーレはそう言ったが、イアナはこの内容を考えたのはオルネロだろうと考えていた。父がこんなに頭が回るわけがない。ここまでずる賢かったら、借金で首が回らない状況にはなっていないだろうからだ。
「この二つの書類は私が預かりましょう。オルネロ君、このまま弁護士会の事務所まで来てくれるかな? ステファーニ公爵、イアナ夫人、お騒がせして申し訳ございません。処分内容がまとまれば後ほどご連絡いたします」
ヴィットーレはフェルナンドとイアナに一礼して、蒼白になって震えているオルネロを促してサロンを出て行く。
「うちの家族が、本当に申し訳ありません……」
「いや、何事もなかったから構わないよ。だがイアナ、こんなことは言いたくないが、あの家族は君のためにならないと思う。縁切りを考えた方がいいかもしれないね」
それはちょっと……いや、かなり思う。
しかし、貴族が縁を切ると言うのは、言葉ほど簡単ではない。社交界では噂になるだろうし、場合によってはステファーニ公爵家がアントネッラ伯爵家を見捨てたなんて言われるかもしれない。
フェルナンドは何も悪くないのに、彼が悪く言われるのは避けたかった。実家に迷惑をかけられるのも困るが、おかしな噂が広まるのも困るのだ。
だからいっそのこと、とっとと破産して没落してくれないだろうか。社交界にも顔が出せないくなるくらいまで落ちぶれてくれれば、そのうちアントネッラ伯爵家の存在はみんなの記憶から消えてくれるだろう。
(ここで、ご迷惑をおかけするから離縁します、なんて言えればカッコいいのかもしれないけど、旦那様と別れたくないし……)
あの困ったちゃんな実家を何とかする方法はないものか。
イアナは天井を向いて、長く息を吐き出した。
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