孫娘懐柔計画 3
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天使二人はおなかが膨れると揃ってお昼寝タイムに移ることになった。
イアナは二人の愛らしい寝顔を見届けると、自分の部屋に戻る。
若返って仕事の処理能力が上がったフェルナンドは、この時間には自室でのんびりしているだろう。
イアナはライティングデスクに置かれた手紙を持つと、内扉を使ってフェルナンドの部屋に向かった。
「旦那様、イアナです。入っていいですか?」
「構わないよ」
扉を叩いて確認すれば、すぐに穏やかな声が返って来る。
イアナが部屋に入ると、フェルナンドは読んでいた本から顔を上げてにこりと笑った。
「おやつ作りは終わったのか?」
「はい。ニンジンのカップケーキを作りました。ルッツィもカーラもおやつを食べてお昼寝中です」
「それはそれは。孫を可愛がってくれてありがとう」
「当然ですわ。だってわたしのお孫ちゃんでもあるのですもの」
フェルナンドがソファの端に寄ってくれたので、イアナは彼の隣に腰を下ろす。
イアナは手に持っていた手紙をフェルナンドに見せた。
「実は実家から手紙が届きまして。どうせろくな内容ではないでしょうから、一緒に見ていただけないかと」
「ああ、君のあの問題の家族か」
イアナの家族がどんな人間かは、フェルナンドにも話してある。フェルナンドは掃除や洗濯をイアナ一人に押し付けていたアントネッラ伯爵家の家族にいい感情を抱いていない。
フェルナンドがライティングデスクの上からペーパーナイフを持って来た。
「私があけよう」
ペーパーナイフで怪我なんてしないが、過保護なフェルナンドはイアナに刃物をあまり持たせたくないらしい。もちろんその気遣いにきゅんきゅんするからお任せする。
フェルナンドが手紙の封を切って中から便箋を取り出した。
便箋は一枚だけだが、まあこんなものだろう。あの父親が「元気か?」なんて言葉でも書こうものなら天変地異の前触れかと思う。どうせ用件だけ書かれているに違いない。
フェルナンドが二つ折りの便箋を広げたので、彼にくっつくようにして覗き込む。
思った通り、手紙には用件しか書かれていなかった。もはや手紙でも何でもなく、書類と言った方が正しいかもしれないくらいの簡潔ぶりだ。
「あらあらまあまあ」
短い文面に視線を走らせたイアナは、つい笑ってしまった。
フェルナンドはぐっと眉を寄せている。
手紙は要約すれば、イアナが自由になる金を送金しろと書かれていた。
具体的には「小遣いくらい渡されているだろう」「実家が困窮しているのだから贅沢はせずに送金しろ」とあり、「ジョルジアナのドレスが必要だ。お前はいらないだろう」とも書かれていた。おおかたジョルジアナに新しいドレスを買ってほしいと言われて困ったのだろうと思われる。あと借金の返済か。
イアナに贅沢をするなというくせにジョルジアナのドレスが必要だと書くあたり、矛盾していると思わないのだろうか。まあ、アントネッラ伯爵家ではそれが当たり前だったので、こう書けばイアナが素直に応じると思ったのかもしれない。
「君の父親にこんなことは言いたくないが……馬鹿なのか?」
「わたしもそう思います」
先王の弟が当主を務める公爵家に嫁いだイアナが、みすぼらしい格好ができるはずがない。贅沢をしようとは思っていないが、身分にあった最低限の装いが必要だ。はっきり言おう、没落寸前の伯爵令嬢ジョルジアナのドレスより、イアナのドレスの方が重要なのである。
というかそれ以前に、公爵夫人としての品位を守るために必要だと判断されて渡されている予算を、まるまる実家によこせとはどういう了見なのだろう。予算は渡されていても、何に使われたのかは帳簿に残る。全額実家に送金して、公爵家の人たちが何も言わないと思っているのか。
「馬鹿以前に、人としてどうかと思いますね。我が父親ながら」
同じ家に住んでいる時に、妹の贅沢のためにお前は我慢しろと言われるのは百歩譲って理解できる。本音は理解したくはないが、同じ家に住んでいるのだから仕方がないと割り切ろうと思えばできなくはない。
しかし、嫁いだ以上、イアナは嫁ぎ先の人間だ。その人間に、その実家の妹を贅沢させるためにお前は我慢して金をよこせ、という道理が通ると思っているのか。
それが通ると思っているのならば、普通の人間の思考回路じゃない。どこか異次元の、宇宙人だろうか。
「捨てるか?」
「そうですね。手紙は捨てて無視しましょう。返信したら返信したで面倒そうですし」
借金の返済ならまだしも、ジョルジアナのドレスを買うと言った時点で終わっている。そんな馬鹿に付き合ってやる価値はない。
ジョルジアナは社交場に出せば問題しか起こさないのだから、むしろドレスなんて買い与えずに家で大人しくさせておくのが一番だろうと思うし。
そのうち、庭師も料理人も家令も雇うお金がなくなることだろう。借金できる場所はもうないので、彼等に支払う給料が捻出できないはずだ。給料未払いのまま働き続けてくれるほど、あの三人にアントネッラ伯爵家に恩があるわけではない。むしろ安い賃金で働かされていたのだから嫌気がさしてとっとと出て行くだろう。
「あの、アントネッラ伯爵家の庭師と料理人と家令が解雇されたら、ステファーニ公爵家の名前で紹介状を書いてあげてもいいでしょうか?」
父は紹介状なんて書かないだろう。そういう人間だ。メイドたちが解雇された時はイアナがこっそりイアナ・アントネッラの名前で紹介状を書いたが、母やジョルジアナがそんなことをするとは思えない。紹介状がなければ次の勤め先を見つけるのも苦労するので、フェルナンドが問題ないならイアナ・ステファーニの名前で紹介状を書いてあげたい。
「もちろん構わないよ」
「ありがとうございます。じゃあ、三人にはこっそり手紙を出しておきますね」
家令はともかく、庭師と料理人は通いなので、あの二人の住所に解雇になったらイアナが紹介状を書く旨を書いて手紙を出し、家令にも伝えてもらえばいいだろう。
「この手紙の処分は私に任せてもらっても構わないかな?」
「はい、どうぞ。煮るなり焼くなり好きにしてください」
「さすがに手紙は煮ないかなぁ」
くすくすと笑ってフェルナンドが便箋を封筒に戻す。ローテーブルの上にそれを放置した彼は、イアナに向かってすっと手を差し出した。
「用事が終わったのなら、夕食前に一緒に散歩でもどうかな?」
「喜んで!」
もう、キュンキュンが止まらない。
イアナはフェルナンドの手を取ると、満面の笑みを浮かべて立ち上がった。
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