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6:特殊魔導士を目指します

 魔法について習うより先に、ルルディは最低限の教養を身につけなければならなかった。文字の読み書きは問題ないものの、マナー、常識に加え、計算に歴史など、無学の彼女は年下の子供たちに混ざって基礎勉強から始めていた。


 大体の子供が幼少期に無意識に魔法を使ってしまい、家族が魔導力持ちと気が付く。彼らの保護者は魔導協会で魔導力の測定をしてもらい、保持者と判断されれば、大抵そのまま子供を預ける。


 魔導力暴走を防ぎ正しい魔法を覚えさせたいのは勿論の事、子供を差別から護る意味もある。魔導力持ちは田舎ほど今でも忌避され排斥の対象なのだ。

 そうして預けられた子供の保護者との面会や交流に関して、魔導協会は寛容である。そこに(しがらみ)を作らない。



「ルルねえちゃん、魚釣りしよーぜ!」

「ダメよ! ルルねえさんは私たちとお菓子作りする約束だから!」


 年上のくせに物知らずだと馬鹿にするでもなく、共に勉学に励む子供たちは明るく素直で、ルルディに懐いてくれた。

 十三歳で使用人兼修道女見習いとして修道院暮らしになるまで、ルルディは隣接する孤児院に居たから年下の面倒は慣れている。“姉さん”と慕ってくれていた孤児の彼らも、彼女にとって弟妹のような存在だった。


「だってルル姉、もう明日で学舎卒業じゃん」

「そうだよ! 勉強の後に俺たちと遊ぶ時間なんかなくなるじゃないか!」

「あら、私たちだって同じよ!」

「そうよ、あんたたちもお菓子作り手伝えばいいじゃない」

「いっつも食べるだけのくせに!」


 女児たちの口撃に旗色悪くなったのか、男児たちは勢いを失くす。


 ルルディは微笑ましくなった。

「じゃあ明日はみんなでピクニックしよう。サンドイッチ作って」


 彼女の提案に、わあっと歓声が上がった。







「ルルディが来てから約一ヶ月ほどになるか」


 ブロウの言葉にテオドルスは「はい」と頷く。


「ちょっと前に届いたものだが、おまえに見せてやろう。ルルディの扱いの抗議文に対する、これがマルジャラン王国からの正式な回答だ」


 ブロウから渡された書状に目を通すと、テオドルスは冷ややかな笑みを浮かべた。


「なるほど。アドール教会が秘匿していたせいであり、王家は関与していない。彼女の能力が魔導だと知っていれば速やかに魔導島に送っていたと……。国王さえ知らされていなかったと言うなら、王家は随分教会にナメられているのですね」


「ああ、それにしても実に慇懃無礼な文章だろう? 豊穣神の魔導力など太陽神の神聖力に劣る紛い物だと侮蔑している国だからな。だが魔導協会は国際的には無視できない存在だ。嫌々仕方なく在位記念式典に招待したものの、こんなケチつけられたんじゃ腹も立つってなもんさな」


「そうなのですか?」


「マルジャラン王城の諜報員によれば国王はかなり教会にご立腹だとさ。それもそうよな。魔導協会に謝罪する羽目になったのだからな」


「自業自得でしょう。アドール教内部の調査を怠ったせいです」


 テオドルスはマルジャラン王の在位十年記念式典を思い出す。準備されていたのは末席だった。最初は排他的関係の魔導協会が、若輩者を派遣したので怒っているのかと思った。どこの国でも魔導協会は高位の賓客として扱われるものらしいのに、テオドルスの扱いがぞんざいだったからだ。


 しかしテオドルスが、ラフィタル帝国のカイファー皇太子と気安く話す姿に疑問を持ったようで、それから態度が変わる。

 宰相が『第二皇子でいらっしゃったのですね』と揉み手をしてきたのには驚いた。国王は流石にそんな媚びる真似をしなかったが、王子王女、貴族たちは明らかにご機嫌伺いに転じる。


 テオドルスの価値が〈魔導士〉ではなく〈大帝国の第二皇子〉に変更されたのだ。しかし参加者の素性すら調べないのかと、他人事ながらマルジャランの政治体制が心配になったものである。


「それとルルディの生い立ちの裏が取れた。王都から離れた子爵領の森の村に住んでいた猟師の一人娘だ。五歳の時に魔獣の被害で両親を亡くし、親戚は引き取る余裕もない貧しい家ばかりで、領都の孤児院に入れられた。孤児院は十二歳までしか居られないから、以降は隣接の修道院の使用人として働いている。衣食住の保証だけで金銭は殆ど得ていなかったらしい」


「ああ、彼女らしいですね」

 短い付き合いのテオドルスも納得だ。ルルディは物欲があまり無い。聖女に祭り上げられなければ、やがては修道女として子爵領で一生を終えたかもしれない。


(いや、あの容姿だ。どこかで見初められて結婚したかもな)


 そう思ったテオドルスも、それはかなり幸運な場合だと知っている。好色爺の妾にされるのはまだマシで、拐われて酷い待遇の娼館に売られるかもしれない。ルルディは綺麗なだけに、最悪ごろつきたちに目を付けられて陵辱された挙句に殺される可能性もあった。聖女として教会に連れて行かれたのは、女として蹂躙されない意味では却って良かった。


(私が見つけられたのは僥倖だった……)


「それにしても、彼女が癒しの力を使ったのは十四歳の時ですよね。親と早くに死別したとは云え、それまで誰も彼女の魔導力に気が付かなかったのも不思議です」


「孤児院でも修道院でも、たまに彼女はうっすらオレンジ色の光を纏った姿を見せていたそうだ。ぼんやりだから、光の加減や見間違いかと思われていたらしいぞ。機嫌がいい時や優しい気持ちの時、無意識に周囲に加護を与えていたんだろう。無知とは面白いものだ。オレンジ色の光で人々を癒している姿を見て、領都の神官が聖女認定してしまうとはな」


「地方神官では、神聖力と魔導力の違いに気付きもしないのですね」


「ああ、本部の司教たちは知っていて〈聖女〉にした。彼女の治癒力が高かったからな。本当に〈聖者〉なら、どこかの貴族の庶子かもしれないと徹底的に身元調査もされる。それをしなかったのだから、知らぬ存ぜぬの言い逃れは出来ない」


 ブロウはそう言うと「まあ日陰の聖女の身から救い出せて良かったよ」と話を締めた。






 元々地頭は悪くなかったのだろう。ルルディは熱心にあらゆる事を学び、半年もすれば古語の読み書きもほぼ出来るようになった。


 様々な魔法の基礎を習得したルルディは、一年後、ブロウに告げられる。


「君は魔導力が多いから大抵の魔法はそこそこ使える。器用で使い勝手はいいんだが、君には解呪を行う〈呪術士〉になってもらいたい」


「……呪術、ですか」


「そうだ。呪い干渉系を解く事に特化してほしい。呪術を扱える人材は貴重なんだ」


 塔主に言われ、ルルディは考え込む。これから特殊系の呪術を学べとは意外だったのだ。


「ルルディ、魔導協会では呪いは禁術だから、立場は〈呪術士〉と云うより呪いを解く〈解呪士〉になる。それには呪術そのものを知らなければならない。そういう事だ」


 すっかり師匠の立ち位置になっていたテオドルスが、ルルディの隣で補足する。


「“癒し”を使える魔導士は希少なんだ。状態異常を掛けられるのを総じて“呪い”と呼んでいる。それには魔物の毒や麻痺攻撃も含まれている」


「その通り。知能の高い魔人なんかは厄介で、安易に他者に複雑な呪いを掛けたりする。……それに我々魔導士もな」


 ブロウは皮肉げに付け足す。


「残念な事に、呪いの魔法を使ったために、魔導協会が破門した〈呪術士〉たちは昔から存在するのだよ」


「分かりました。ご教授のほど、よろしくお願いします」


 ルルディは頭を下げた。呪いなんておとぎ話の中でしか知らない。だが実際に苦しめられている人たちがいるのなら助けてあげたいと思う。

 信心深くもなく聖女でもなかったけれど、ルルディは確かに善意でもって人を癒していたのだ。使える力が違っても本質は変わらない。


 

 テオドルスほどの魔導士でも呪術は専門外だ。ルルディは魔導協会随一の〈呪術士〉、カロスイッチ老師に師事する事になった。



 


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