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4:魔導国ってすごい!

「うわあああ! 海を初めて見ました!」


 転移門が設置されている公国の港町に着いたルルディは、目の前の光景に興奮し放しである。

 

「普通はあの乗り物で移動する」

「絵物語で見ました! “船”ですよね。あの船、すごく大きいです」

「荷物を積んでいるからな。貿易船だ」

「ああ! 外国と売買する為の商品を運ぶ船ですね!」


「白い塔が建っている島があるだろう? あそこが魔導国だ」


 テオドルスが指差す方角に目をやると、すぐそこにある島々の奥に円塔が建つ島が見える。遠目にも家々が点在しているのが確認できた。


「思ったより近いのですね」

「そうか」

「なんだか白いモヤがかかって見えます。霧に覆われているのでしょうか」

「あれは結界だ。外からの攻撃を防いでいる。軍隊を持たない自治国だから防衛の為だ」


 テオドルスは律儀にルルディの相手をしてくれる。最初は皇族であり魔導士である彼に萎縮していたルルディも、慣れて遠慮しなくなった。

 テオドルスはそんな彼女の変化に安堵している。


 

 中央神聖教会から連れ出す時、ルルディは小さな古びた鞄一つと、装飾も何もない生成りのワンピース姿でテオドルスの目前に現れた。聞けば私服は寝巻き兼用が二枚だけで、その一着だと言う。教会と決別するのに聖女服も教会メイド服も要らないとルルディは笑ったが、商家の下級メイドの方がまだ身なりはマシなので、テオドルスは眉をひそめた。


 聖女アリアンは侯爵令嬢の装いで国王の在位記念祝賀会に出席していた。各国へはちゃっかりと〈有力聖女〉と紹介されて。

 信者たちから筆頭聖女と認識されているルルディに関して、『マナーが悪い平民だからパーティには出せない』と国王自らが他国の招待客に述べるのを聞いた。表舞台に出す気ははじめから無かったのだ。


 筆頭聖女役をやらされていた少女は、今はテオドルスが買い与えた服を着ている。

 最初は服の購入を固辞していた彼女も、『私の奴隷のように見えるから着替えて欲しい』と告げると納得した。大通りを走る馬車の中から見える女性たちと比べると、ずいぶん見窄らしい格好だと気が付いたのだ。

 庶民向けの店すら入店は初めてで、気後れしていたからテオドルスが勝手に選ぶ。リボンやフリルで飾られたピンク色の花柄ワンピースは中級庶民のお出かけ用レベルの物だが、『こんな可愛くて素敵な服は着た事がないです』と大喜びしていた。


 

「こっちだ」

 テオドルスは港と反対の林道を進む。ルルディは海に未練があるようで、チラチラと未練がましく振り向いている姿に苦笑する。


「魔導国は海に囲まれた島だ。そのうち海なんか見飽きるぞ」

「あ、申し訳ありません」


 背後を気にして遅れがちだったルルディは慌てて歩を早める。林道の奥に進む事もなく、すぐ右の小径に入ると然程大きくもない建築物が現れた。

 円形の石の床に等間隔に並べられた六つの柱が立ち、それに支えられた半円型の屋根が乗っかっている。中央聖神教会の奥庭園にある東屋と構造は同じだ。ただ、こちらは装飾も何もなく無骨である。


「これが転移門だ」

「……転移、門?」

 テオドルスの言葉をルルディは無意識に繰り返した。ルルディの想像していたのは王都に連れられた折に馬車で潜った、百年くらい前の戦争に勝利した将軍を讃える為に造られた凱旋門だったから拍子抜けである。

 

「ま、出入り口だから“門”だ」


 軽口と共に門の中に足を踏み入れたテオドルスはルルディを手招きする。彼に続いたルルディは足元に魔法陣が彫られているのに気が付いた。


「魔法陣って……石に刻むものなのですか?」

 ルルディが修道院住み時代に読んだ物語の中の魔導士は、杖で空中に魔法陣を出現させていたから疑問に思う。


「通常はそうだけど転移陣は特殊系でね。魔法陣の発動に結構な魔力と時間を食うんだ。それじゃ緊急事態なんかの際に不便だろ? だからこうやって魔法陣を刻んでおいて魔導力を予め補填しているんだ。尤も発動にも魔導力が必要だから、ある程度の魔導力を持つ魔導士じゃないと使えない」


 説明しながらテオドルスは軽く指を振った。

 ブォン__無機質な音と共に魔法陣が金色に光る。


「わっ!?」

 突然だったので驚いたルルディはたたらを踏み、思わずテオドルスにしがみついた。意図せず高貴な男性に抱きついたルルディは「申し訳ありません!」とすぐに離れようとしたが、テオドルスはそのまま彼女の肩を抱いた。


「目を閉じて。おそらく目眩がするから」


 指示に従って、咄嗟に固く目を閉じる。ふわりと体が一瞬浮いた感覚のあと、今度は急に地面に落とされたような衝撃があった。


「着いたよ」


 目を開いたルルディはふらつく。テオドルスに肩を支えてもらっていたのは正解だった。


「初心者は大抵そうなるんだよな」

「……ありがとうございました」


 着いたのは広い円形の部屋だった。足元に先程と同じ魔法陣がある。輝きはない。


 ルルディはテオドルスから離れると周囲を見渡す。大きな扉が一つ、正方形の窓が二箇所あるだけの殺風景な場所だった。



「テオドルス! 帰ったか!!」


 重厚そうな扉をいとも簡単に開けて、短めの茶髪を後ろでひとつに縛った四十代くらいの男が入って来た。灰色のローブ姿だ。


「なに女の子連れ帰ってんだ!? ナンパかよ! 魔導塔に正体不明の人間入れちゃダメでしょうが!」


 男はルルディの存在に驚いて彼女を一瞥した後、テオドルスを罵った。


「マルジャラン国から出る時に、塔主様に連絡済みですよ。師匠は聞いていないのですか」

 テオドルスが冷淡に反論すると男は気まずそうに頭を掻いた。


「あー、そうか。俺、火山噴火に巻き込まれた国の救助活動に行ってたんだわ。さっき帰ったとこだから聞いてねえ」


「それはお疲れ様でした。でも事情も知らず怒鳴るのはやめてください」


「すまねえ。嬢ちゃんも驚かしてごめんな?」


 素直に謝られてはルルディも、「いえ、大丈夫です」としか言えない。


「俺はこいつの師匠、フーゴだ。よろしくな」

「ルルディと申します」

 礼をするとフーゴが妙な顔をした。

「聖女の作法……?」

 しまった。ついうっかり習慣で。普通に軽く頭を下げただけで良かったのだった。


「アドール教中央神聖教会の〈聖女〉を攫ってきました」

「はあ!? 何やってんの、おまえ!」

 涼しい顔で宣うテオドルスにフーゴが突っ込む。しかし再度ルルディに視線を移すと「あれ? 神聖力じゃないよな?」と首を傾げる。


「詳細は塔主様に話しますので。おいで、ルルディ」

 賑やかな師匠を置いてテオドルスは部屋を出ていく。

「待て待て、俺も聞く!」

 しばらく唖然としていたフーゴが、慌てて二人の後を追った。


 転移陣は塔の一階にあり、塔主の部屋は屋上を除く最上階だと聞いたルルディは、上まで続く螺旋階段に目眩がしそうだった。


(こ、ここを上がるの……? 絶対途中でバテちゃう……)


 青い顔をしているルルディにテオドルスは「塔主は八階に住んでいる」と、しれっと告げる。


「は、はちかい……」


「心配すんな、ルルディちゃん! おい、馬鹿弟子、意地が悪いぞ!」


 フーゴが忙しげに二人を交互に見て弟子を非難すると、「だから師匠はせっかちだと言われるんですよ」とテオドルスは冷めた顔をフーゴに向けた。


「ルルディ、これは非常階段と呼んでいる。普通は使わない」

 そう言ったテオドルスは再度塔の中に入る。


 彼は入り口から少し離れた場所の壁際にある黒い四角い物に手を翳す。すると壁の一部が扉のように音もなく開いた。

 ルルディが驚いて突っ立っているのを入るように促す。中は成人が十人くらい立てるくらいの何もない小部屋だ。見渡せば外にあるのと同じ黒い四角の物が内部にも縦並びにいくつもある。それらには下から順に数字が一から九まで書かれていた。今度はフーゴが“八”と書かれた物に触れる。

 

 途端に足場が揺れる。

「わっ!? あっ、す、すみません!」

 驚いたルルディがテオドルスの腕を掴んだが、思い切りぶつかった。急に寄りかかられても彼は予想していたのか微動だにしない。


「魔導士はこれを使う。微量な魔導力を流すだけで動く仕掛けだ。魔導力持ちしか作動させられない。この黒い物は開閉器と呼んでいる」


「す、すごい……」


 原理は分からないが、行きたい階の開閉器に魔導力を流せば移動できるなんて信じられない。それにしてもなんて便利なんだろう!

 ルルディが神聖力だと思っていた能力は魔導力だとテオドルスは言った。だから自分も使えるのだと思うとわくわくする。


 上昇感が収まると箱部屋が停止した。やはり音もなく扉が開く。いや、開くと云うより消えると表現した方がいいかもしれない。


 移動箱から出るとそこは広めのホールとなっており、目の前に扉があった。テオドルスが扉をノックする。


「塔主ブロウ様、テオドルスです」


「入れ」

 落ち着いた男性の声と同時に扉が内側に開く。


 中に居たのは三十代半ばに見える、長い黒髪の男性だった。




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