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30:破天荒 vs 破天荒

 テオドルスがルルディを連れて転移したのはジュンの自宅だった。二階の使われる事のない物置部屋で、人目につかない転移場所である。


「何かありましたか」


 物置部屋から出るとキッチンで、リビングにいたらしいジュンが様子を見に来た。滅多に使わない緊急用の転移部屋なので驚いている。

 まだジュンが就寝前なので良かったけれど、深夜いきなり現れたら心臓に悪そうだ。それでなくとも勝手に他人の生活空間に入るのは失礼だ。だから緊急避難先なのである。


「ノエル・ヒーグスが舞踏会で国王陛下に呪いを掛けた」


「ええっ!?」


 テオドルスが端的に答え、ジュンが仰天して顔面蒼白となる。


「ば、馬鹿なっ! 美形で有能で慈悲深い国王として魔人各国からも人気の高いグェダショック国王に!? 何を考えているんだ! あの女は!!」


(そうなんだ。臣下たちにも好かれてると思ったけど。普通は卑屈になりそうな容姿格差がある王弟殿下も、兄様大好きだもんね。いい人なんだわ)


「……何も考えていない大馬鹿者だったよ」


 テオドルスは大きく溜息を吐いた。



「おい、それで王の呪いは解いたのか!?」


 三人が固まって話していると、背後から別人の声がしてルルディはびっくりして飛び上がってしまった。


「早かったですね、塔主ブロウ。貴方まで転移魔法で訪れるとは思いませんでしたよ」


 ジュンがそう言って、テオドルスも特に驚いた素振りはない。


「諜報船から正規に入国すると時間がかかるだろうがよ」


 一国の盟主が不正入国を悪びれない。とんでもない事である。彼の背後には、ブロウと同じように商人風の服を着た男が立っていたが、ルルディも知っている魔導士だった。


〈追跡士〉の第一人者。物や人の行方を追う専門家だ。彼が同行しているという事は……。


 テオドルスが事の顛末を説明すれば、「良かった! よくやったなルルディ!」とブロウは心底安堵する。


「しかし、あのクソ女、どれだけ国際問題を起こすんだよ!!」

 魔導塔主は本来口が悪い。

「いい機会だからとっ捕まえるために来た訳だが遅かったか! だが逃しやしねえぞ!」

 怒り心頭で吐き捨てた。


「……導師。魔導士の気配がまだ王都にあります。追いましょう」


〈追跡士〉に「そうだな」とブロウは頷く。


「テオドルスとルルディも来い! 完全包囲するぞ!」


「二人ともこちらへ! 着替えてください!」

 ジュンに言われるまで、ルルディは自分と師匠が給仕服を着たままでいるのを忘れていた。






「どいつもこいつも若い女がそれほどいいわけ!?」


 黒のドレスを薄汚い路地裏に脱ぎ捨てたノエルは、大声で愚痴を言い続ける。

 ドレスの下に黒いシンプルなワンピースをインナー的に着込んでいるのは、着飾った時に不慮の出来事があれば、いつでも逃げられるようにだ。長い逃亡生活で得た知恵で、装飾品は内ポケットに入れて隠す。さすがに高価な品々をそこいらにばら撒けないし、売れば金になる財産だ。


 何もせずとも男が侍ってちやほやしてくれたのは二十代まで。見た目は当時とそんなに変わっていない。そのように魔法をかけているのに。何かの拍子に実年齢を知った男たちに距離を置かれるのは納得いかない。


〈補助士〉として、ある程度顔が知られているのが仇になった。若い頃は年齢を隠しもしないから、経年数で実年齢がバレてしまうのだ。



「そりゃお前みたいな癇癪持ちの年増より、まだ我儘な小娘の方が可愛いに決まってるじゃねえか」


 いきなりノエルの頭上から声が降ったかと思えば、声の主がノエルの前に降り立った。


「フライン!?」


「よう、久しぶりだな、ノエル」


 ブロウの登場に「どうして貴方がここに!?」と動揺する。


 ノエルは王をイボネズミに変えて舞踏会から逃げ出したものの、残りの魔導力では王城より然程離れた場所に転移は出来なかった。だから〈追跡士〉もすぐに見つけられたのだが、ノエルには彼がここにいる意味が分からない。ずっと逃げおおせていたのだ。北の大陸まで追ってくるとは想像もしなかった。


「せっかく破門にされただけで済んでたのに、おまえ、暴れすぎで黙認できなくなっちまったんだよ」


「え? 指名手配されていなかったの?」

 やはりノエルはずっと勘違いをしていたらしい。


「だったらすぐに捕まえてるぜ。このようにこっちには〈追跡士〉もいるんだしな。魔人の大陸で女神の魔導力を纏うのはおまえくらいしかいないから、特定が楽だったよ」


「破門だけなら放っておいてよ!」


「嫌がらせ程度なら目を瞑るが王族を呪うからだろうが! 〈魔導士〉の倫理に反した事やってんじゃねえ!!」


「何よ。呪いって! ちょっと懲らしめただけじゃない」

「じゃあ変化(へんげ)の魔法はいつ解けるんだよ!」

「知らないわよ! そのうち勝手に解けるんじゃないの!?」


 驚いた事に、ノエルには悪事を働いた自覚がないようだった。


 

「えっ? ホントにノエルさんって幾つなんですかね。いい年して良識が欠如しすぎでは?」

「ああ、子供にも劣るな」


 背後からの悪口(あっこう)に振り向けば、可愛らしい少女と見目良い青年が立っている。紛れもなく〈魔導士〉だ。

 __ノエルを蔑む美少女と美青年。

 それだけでノエルの苛立ちは増してくる。しかし今対峙すべきは魔導塔主だ。


「ねえ、フライン。呪い呪いって大袈裟ね。あれは大した魔導力も使わない簡単なものよ」


「おかしな魔法、作るんじゃねえよ!」

 

 あれが大した魔導力を使わないなんて画期的すぎる術式だ。やはり歪な天才である。ブロウは嫌悪の目でずっとそんなノエルを見ている。


「年を重ねた貴方もいい男ね。でも決して私のものにはならないのよね」


「あれだけ過激に迷惑かけられて、惚れるような変態趣味はねえよ!」


「可愛さ余って憎さ百倍って、こんな気持ちなのね」


 ノエルが()()不細工な魔法陣を繰り出す。


「あっ、ブロウ様、避けて!」とルルディは叫ぶ。あの魔法の発動は早い。


「ルルディ、愛している!」

 ブロウはノエルを通り越して背後のルルディに優しく微笑んで愛を告げた。


「あんな小娘がいいの!? この豚野郎!!」


 一気にノエルの怒りが膨れ上がり、放たれた魔法が罵声と共にブロウを襲う。

 ニヤリ、と悪い笑みを浮かべたままブロウは動かない。


「えっ!?」


 ルルディは眼を見張る。ブロウに当たる直前にノエルの魔法は魔法陣に弾かれ、まっすぐにノエルに向かった。


「ぶぎゃああああ!!」


 およそ女性とは思えない悲鳴をあげたノエルは呆然と立ち尽くす。


「な、何よ、これ」


「おまえ自身の魔法だよ。俺を牙豚にしたかったんだな」


「ぶごっ、どうして、こんな、ふごっ、私に……」

 ノエルは手の蹄を見てから口に触れる。左右に立派な牙があった。


「あ……あ、あ……」

 ノエルはぺたんとその場に座り込んで、意味のない声を発する。「呪いじゃないんだろ」とブロウは冷たく吐き捨てた。



「酷いです! ノエルさんの怒りを引き出すために、私をダシにするなんて!!」

 ルルディはぷりぷりと怒っている。

「それにあの反射魔法陣はなんです? 必ず術者を追尾して返すなんて! 見た事ありませんよ!」


「すまんすまん」

 ブロウの謝罪は軽い。

「テオドルスの分析情報をもとに、俺がノエルの魔法を跳ね返す魔法陣を作った。ノエルの自作魔法に対抗するには、専用のもの作らなきゃならなかったんだ」


 さすが導師……みたいな目で〈追跡士〉がブロウを見ている。


 豚仕様になったノエルの身体を包みきれなくなったインナードレスが破れたので、ブロウは自分の上着を彼女の肩に掛けてやり、「立て」とノエルの腕を取って無理矢理立たせる。


「このまま俺たちは諜報船に飛ぶ。テオドルスとルルディはひとまず宿屋に戻っておけ。多分明日にはグェダショックの遣いの者がやってくるだろう。終われば任務完了だ、諜報船に戻れ」


 ブロウの口調が戻った。彼はノエルに手錠をかけ、〈追跡士〉も共に消えた。



「私たちがノエルの退路を断つ必要なかったな。彼女はほとんど導師しか見ていなかった」

「でもブロウ様が私への愛を叫んだ時、背後にいる私に殺気を放ちましたよ」

「あれは驚いたな。すぐに意図は分かったけれど」


「あんな優しい顔ができるんですね。ブロウ様。うっかりときめきましたよ」


 冗談混じりにルルディは笑ってみせた。と、テオドルスは立ち止まり、傍らのルルディを凝視する。


「君は導師みたいな大人の男が好きなのか?」


「え? 二十歳近く離れていたら父親じゃないですか。でもあんな素敵な人に言われたら、嘘でもドキッとしちゃうのは仕方ないです」


「そうか……」


 テオドルスはそれだけ言うと再び歩き出したので、ルルディも彼を追った。



次が最終話です。

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