29:天才 vs 天才
ルルディが解呪を行っている時、テオドルスは周囲を警戒し、彼女の身を守る立場にいる。
本来ルルディの役職は“テオドルスの補佐官”なのに、彼女は未だにこの不自然さに気が付いていない。
ルルディは『弟子ヅラをしてテオドルスに纏わり付くな』と複数の女性魔導士に妬まれて、嫌がらせされていた。しかし〈平民聖女〉の時に受けていた虐めに比べれば児戯に等しく、ルルディは全く問題にしていなかった。
それでも他者から見て理不尽なのであちこちから苦情があったのも、当事者のルルディは知らない。
それで、そもそもの原因のテオドルスの補佐官に任命する事で『纏わり付くな』を封印したのだ。優秀なルルディの抜擢は不自然ではない。
と、それすら表面上の理由で、“ルルディが単独解呪に挑む時は、彼女が一番信頼しているテオドルスが補佐につく”が彼に与えられた任務だ。
しかし〈呪術〉に関しては素人のテオドルスがルルディの助力になる事はなく、専ら護衛官となり、彼女の身辺を護るのに徹していた。
……テオドルスは今回初めてルルディの解呪の手助けをする。
魔人族の体内を流れる魔力から、変貌した豊穣女神の魔導力を抜き出す緻密な作業だ。魔導力の多さならルルディを凌ぐテオドルスは、国王に触れる必要はない。
ルルディの魔導力が、ノエルの魔法を抑え込もうとしているのが視える。それに加勢する。大抵の魔法がそれなりに使える身の本領発揮だ。
(あっ、師匠の魔法だ!)
ルルディは自分の意思とは違う魔導力が干渉しているのに気が付いた。収れん魔法が魔導力相手に応用できるとは知らなかった。
在野の魔導士の多くが、“収れん”や“捜索”を得意とする〈探索士〉だ。国が重用するのは〈攻撃魔法士〉や〈防御魔法士〉〈解毒士〉たちで軍人である。収れん魔法で砂金を集めたり、捜索魔法で失せ物を探したりと、地味な作業系の〈探索士〉は民間の方が需要が多いのだ。大商会専属の者もいれば、冒険者の一員になって活動する者もいる。
要するに魔導力が平凡でも習得可能なのである。国家魔法士は高魔導力者が多く、そんな下級な魔法は覚えない。
テオドルスが習得しているのは趣味だ。“特級魔法士”に登り詰めたらあとは魔法の精度を鍛えるだけ。低級とされている魔法は面白いものが多く興味を抱いて覚えてみれば、元の魔導力が多いからそこそこ使えてしまう。仮にテオドルスが〈探索士〉の分野を極めてしまったら、第一人者になるのは間違いない。
そんな彼でも〈呪術士〉は向かなかったので早々に諦めた経緯がある。だがその経験があるからこそルルディのやりたい事が分かり、補助ができるのだ。
(しかし本当に迷惑な魔導力だな! しかも面倒な相手にかけて!)
テオドルスの内心の罵倒も無理はない。
王の魔力が高すぎてノエルの魔導力を吸収してしまう。これは本当にまずい。
ひたすら収れん魔法をかけ続ける。熟練度が低いから回数を熟すしかない。
ルルディはテオドルスが集めてくる魔導力を自分の手の中に包み込む。絶対に逃さない。
(全部、来た!!)
ルルディはノエルの魔法を捕まえ、呪殺魔法をぶつけたのち、一瞬で解呪した。
「く、う、ううっ」
王が苦しげに呻く。側近や魔術士がすぐ厳しい表情で反応する。
しかしそれも一瞬で、王は柔らかいオレンジ色に包まれ、やがて変化が解けてゆく。その間もルルディは魔法陣は発動しないで、ただ祈った。『悪き想いを浄化せよ』と。
「おおおお!!」
「陛下!!」
「陛下ーー!!」
「兄上ー!!」
ルルディも国王の手が、やっと人のものに戻った事に気が付いて閉じていた目を開けた。
「……うわっ、びっくり」
とんでもなく美しい顔が至近距離にあって驚いたルルディは慌てて一歩引いた。
『国王に惹かれない女はいない』とノエルは言ったけど、惹かれてしまうのも烏滸がましい気がする。
(イケメンや美形って言や師匠もそうなんだけど、これは次元が違うわ)
惚れはしない。神の最高傑作の造形美を拝む、王は観賞用だ。側室にしろなんてノエルはよく言えたものだ。魅惑魔法を自身に掛けていた彼女でさえ見劣りする。
その王に縋り付いて泣いている体格のいい王弟の姿がある意味、王を人たらしめている。王が困ったような笑みで「泣くな」と弟の頭に手を置いて、感情を露わにしているからだ。
「さすが魔導協会の魔導士だな。完全に元に戻った。礼を言う」
言いながら国王は弟の頭に置いた手で、宥めるようにぽんぽんと軽く叩いているのは無意識だろう。王族の誇りも忘れたような王弟は嬉しそうだ。
(懐いた大型ワンちゃんかな?)
(まるで忠犬だな。王弟は真に兄の剣なのだろう)
師弟揃って同じように“犬みたいだ”と思ったが、着眼点はまるで違っていた。
「……破門したとはいえ、元身内の不祥事にお詫びのしようがありません」
テオドルスが真摯に詫びる。彼自身はノエルの破門事件の時は魔導国民ではなかったし関係がない。だが慎重にならなければ、魔人と人間の間に軋轢が生まれてしまう。ラフィタル帝国の皇子であり魔導統治国の重鎮の男が、王の前に跪き深々と頭を下げる。
平然としている王そのものより会場の有力貴族たちや側近、魔術士たちに対する誠意の意味が強い。そんなテオドルスの態度をぽかんと見ていたルルディは、はっとして彼に倣って膝を折ろうとする。
「よい。娘よ、跪くでない。テオドルス殿も立ってくれ。そなたたちは恩人だ」
ようやくテオドルスは立ち上がるが首は垂れたままだ。
「異なる魔力が体内に満ちるのは、なかなかに気持ちの悪いものであった。ルルディといったか。そなたの魔法は穏やかだが一瞬心臓が止まるような気配がして焦ったぞ」
無表情を貫いているテオドルスは、王の鋭さに肝が冷える。
ルルディが王を呪い殺そうとした事にテオドルスは気が付いた。セイランに対しての解呪方法と同じだ。ノエルの呪いの魔導力を浮き彫りにして、その上に最凶魔法を掛けてからそれを解呪する。しかしセイランの場合は魔導具だった。生物に強引に干渉するのは未知の領域でリスクが高すぎる。
(解呪魔法陣の展開が遅ければ死んでしまう。いや……自信はあったんだろうが……危険すぎて普通は躊躇するものだろ。しかも相手は魔人族国の王だぞ)
“呪い”をもって“呪い”を制す。
このやり方は恐ろしすぎてルルディしかできない。
「……ノエル・ヒーグスの忌々しい魔法を消すために一気に魔導力を流しましたので、気分が悪くなられたのでしょう」
(良かった!『即死魔法を掛けたから』なんて馬鹿正直に申告するほど、ルルディは愚かじゃなかった!)
「皆の者! 一連の出来事は余興だったと思ってくれたまえ! 美味い料理も酒もたんとあるのだから堪能してくれ! さあ、宴の再開だ!!」
異様な空気を払拭するべく王が明るく大きな声で告げれば、王の意を汲んで皆は気持ちを切り替え、和やかに動き始めた。
「あのノエルという女の魔法は女神の恩恵を侮辱したもので、対抗手段があるのかと絶望しました。ルルディ殿、本当に有り難うございました」
最初の対応はどこへやら。カダンは深々とルルディに礼を述べる。
「あなたは天才ですな!」
敵意丸出しの野犬みたいだった王弟も、すっかり飼い犬風情だ。
「いえ、私はまだ駆け出しの身でまだまだです! ただ失敗しないのが誇りです!」
魔導協会保護後、自己肯定の意識がないルルディは周囲から『自信を持て』と言われていた。謙遜しすぎかなと思い付け足せば、なんだか“できる魔導士”宣言みたいになってしまった。
「そなたたちに礼をせねばな」
王が鷹揚に言えば、周囲も頷く。
「……国王陛下。大変ありがたいお言葉ですが、我々はこれからヒーグスの追跡をします。まだ近くにいる可能性もあるので」
テオドルスはやんわりと断る。
王も彼らの仕事を思い出し、「そうか……。ではまた改めて」と引いてくれた。
引き止めたそうな面々に挨拶すると、テオドルスはルルディの手を取り転移魔法を発動した。




