27:私、失敗した事ないので
「仕方ない。話してくる」
「ま、待ってくださいよ! 置いていかないで!」
ルルディの手を離し、玉座に向かおうとするテオドルスの袖を、彼女は引っ張って止める。
「私に何かあれば、すぐに諜報船に転移して、魔導島に緊急連絡してくれ」
「解呪をする私が逃げてどうするんです!」
「しかし……」
「私は師匠から離れませんから!」
ルルディはテオドルスを睨む。
どうやら思う以上に、今自分は冷静じゃないのかもしれない。確かに彼女だけを逃してもあとが心配だ。自分の目の届くところに置いておくのが正解な気がする。
「……分かった。私は偽装を解く。この指輪を持っていてくれ」
そう言ってテオドルスは認識阻害の指輪を抜いてルルディに渡す。
「ああっ。せっかくのペアリングが」
(ペアリングだって? ただの同じ型の小型魔道具だ。……ああ、だから宿屋の夫婦が私たちを夫婦と勘違いしていたのか……)
ようやくテオドルスは思い至る。ルルディが兄妹設定じゃなく恋人設定がいいと主張したのもそのためか。兄妹で同じ指輪をするなら、家紋が入っているくらいじゃないと不自然だ。それにしても“せっかく”とはどういう意味だ。
よく分からない面映さが込み上げてきて「……ただの魔導具だ」と告げた。
「知ってますよーだ」
ルルディの言動は、彼女が〈聖女〉をやっていた時より幼く感じる。それだけ懐いてくれているのだろう。
不安げな顔をした少女を腕に引っ付けた人間の給仕が、慌てふためく現場に近づくのを近衛兵が止めた。さすがに注意を怠らない警備の鑑だ。
「なんだ、おまえたちは! 近づくな! 使用人は裏で待機しろ!」
テオドルスは反応しなかったが、やっと動く許しが出たとばかりにフロア中の使用人が我先にと引っ込んだ。
「このような使用人の格好で失礼します」
テオドルスが魔人族流の最敬礼をすれば、宮廷術士たちが反応した。
「…………おまえ、〈魔導士〉だな!?」
テオドルスの魔導力に気が付いて、一気に魔人たちの敵意が溢れる。だが問答無用で拘束しない分、理性的に話ができそうだ。
「いかにも。まずは名乗らせていただきたい。私は魔導協会の“特級魔導士”テオドルス・ラフィタルと申します。ラフィタル帝国第二皇子でもあります」
珍しく初っ端からテオドルスは出自を明らかにする。魔人族でも人間の皇族を名乗る者をいきなり攻撃したりはしないだろう。グェダショックは他国との争いを好まない。今回は〈魔導士〉より〈皇子〉の方が交渉しやすい。
「……確かに外見の特徴と魔導力の多さ。テオドルス皇子の名を騙るとは思えませんが、なにゆえここに? 私は宮廷魔法術団団長のカダンと申します」
カダンはテオドルスを信じたようだ。しかし非難を込めつつ、警戒している。
「ラフィタル帝国としても魔導統治国としても国交がありません。正式に名乗れば面倒かと思い、裏で画策したのを謝罪いたします」
(師匠! がんばれがんばれー!)
不利な状況でも堂々としているテオドルスに、心の中で精一杯の声援を送っているルルディは、キラキラした目で師匠を見上げている。
その紅潮した顔は場にそぐわない。不審そうにカダンはルルディを観察する。
「あなたも魔導士ですか」
「は、はい! 呪いを解く専門の〈呪術士〉です!」
カダンの魔人語は癖がなく聞き取りやすい。国王を囲んでいた魔法士たちの目が一斉にルルディに向く。期待か猜疑か。
「どうして我が国に……」
「もうお分かりでしょうが、ノエル・ヒーグスを追っていました。魔導協会は彼女を破門していますが、マルジャラン王国の王太子をガマガエルにして逃亡したのは、あまりに〈魔導士〉として悪質なので指名手配しています」
ルルディはノエルを逮捕するなんて話は聞いていない。この場をやりやすくする方便か、秘密裡にそんな指令がテオドルスに出ていたか。
「貴族に囲われて姿を見せないノエルが、この舞踏会に招待されると知り乗り込んだ次第です。彼女が王宮を出れば身柄確保するつもりでした。まさかここまでの暴挙に出るとは夢にも思いませんでした。最善の対策が取れず申し訳ありません」
さすが師匠。流暢な魔人語だ。ルルディは単語単語で大体判断している。
「いや、あれは防げぬ」
口を開いたのは人語を喋る大型イボネズミで、さすがは魔人大国の王。もう落ち着きを取り戻している。嘆き悲しみ、寝具に埋もれて隠れていたどこぞの王子とは大違いだ。
「余も油断していた。アレは王族を平気で呪う女なのにな。どこかで年齢で侮辱された経験が怒りのトリガーになっているようだが、沸点が低すぎる」
「更年期障害かもしれませんね」
「ルルディ、ノエルに会ってもそれは絶対禁句だ」
「では、若年性更年期と言います」
「やめておけ。怒り狂ったアレとは会話ができん。“更年期”しか聞こえないぞ」
身を以てそれを知らされた王の言葉は重い。
「テオドルス特級魔導士がついている娘か。ふむ、おまえが王太子の呪いを解いた〈呪術士〉だな」
「左様でございます」
「ノエル・ヒーグスの呪いは、おそらくこの者なら解けるかと」
ルルディとテオドルスが神妙に言葉を紡ぐ側から「人間の魔導士など信用できるか!!」と怒号が飛んだ。
声の主は……ノエルに上手く使われた王弟だった。
(そうよね。ノエルさんに騙されたようなもんだもんね)
「……なんだ小娘。その憐れむような目は」
(おっと、いけない。つい顔に出ちゃう)
「静かにしろ。地底神と豊穣神の魔力は異なる。我々の魔力では解けぬのだ」
国王が弟を嗜める。
どうだろう。ルルディはかつてセイランの従属魔導具の呪いを解いた。魔人族の魔法を魔導士が解いたのだから、逆も可能ではないか。
しかしややこしくなるから告げない。どんな手順でとか、流す魔力量はとか、問われると「適当に様子を見ながら」なんて、叱られる答えしかないのだ。
このルルディの感覚を数値化しようとしているのがカフェロンだ。研究者として優れている彼女なら、もう少しマシな答えもあるだろう。
「娘よ。解呪は可能か?」
お気の毒な不細工イボネズミに問われ、ルルディは「はい」と胸を張る。
「ただ、魔力は抑えてください。異質な力に干渉されると時間がかかるので」
多分強い魔力、地底エネルギーは妨げになる。そこははったりで断言しておく。
「怪しい真似をすれば、すぐに拘束しますぞ」
立場上、言わないといけないのであろうカダンを、ルルディはまっすぐに見る。
「怪しい真似とは? そちらの流儀と違っているだけで判断されるのは困ります」
「……陛下が苦しんだりしない限りは口出ししない」
「それなら良かったです。普通の解呪とは異なるので」
まだ少女である〈呪術士〉の実力はいかほどか。宮廷術士も全員が不安そうな顔をしている。“呪術”は掛けるのも解くのも難しい。
「ノエル・ヒーグスの“呪い”は厳密には“呪術”とは言えない代物です。本人に解呪するつもりがないから、術式もいい加減で魔法陣も不完全なのです。ですから既存の解呪魔法は使えない。それを理解してください」
テオドルスが理解しやすいように説明した。
「ルルディ、大丈夫か?」
テオドルスが南大陸の共通語で小さく問う。
魔人族の体質は人間と異なるし、ルストラレ王太子は魔導力を持っていないから、ルルディの魔導力がすんなり受けつけられたのかもしれない。
「大丈夫です! 私、解呪を失敗した事ありません!」
事実だ。魔獣退治で受ける呪いの浄化は簡単に行う上に、聖女生活の名残で体力や傷まで癒してしまう。
何やら複雑そうな依頼は大事をとってルルディに回される。それが彼女の自信に繋がっているので大いに結構なのだが、こんな未知の事象に挑戦させるのは、テオドルスはものすごく心配なのだ。




