24:ノエル、登場
給仕服は男女共に白に統一で、小柄な使用人が遠目でも分かる仕組みになっているそうだ。
……人目を引く事はない。
(師匠の嘘つきー)
会場の壁際に立ち、さりげなく周囲を見渡しているテオドルスは、はっきり言って給仕として浮いていた。すでに値踏みをしている魔人族もいる。
(はああっ! シンプルな使用人服を着ても凛々しくて美しいってどういう事よ! みんなが興味持っちゃうじゃない!)
先程、裏の厨房にて段取りの最終確認の時も、テオドルスは他の従業者たちの注目の的だった。
「君はどこから派遣されたんだ?」
美しい獣人がテオドルスに声を掛ける。その程度の魔人語はルルディも聞き取れた。その獣人青年も美形ではあるものの、皇族として生まれ育ったテオドルスの品位溢れる容姿の敵ではない、と師匠贔屓の弟子は思う。
「デルモール商会からですよ」
こういった舞踏会には高位貴族の召使いが派遣される事も多々ある。各家が自慢の使用人を送り込んで見せびらかしたいのだ。当然ルルディたちにはそんな背景はない。商会派遣は嘘ではない。臨時雇いに捩じ込んだジュンの人脈には感心する。
「家庭教師やマナー講師の人材派遣専門のあそこか。へえ、結構レベルが高いんだね。そちらのお嬢さんも悪くない」
ぴたりとテオドルスにくっついているルルディも同じだと分かった青年は、「ここで見初められたら貴族の愛人になれるかもな。ここにいる女たちは君のライバルだ」と悪意なく笑う。
給仕女性も美人ばかりである。ルルディは「場違いに紛れ込んでごめんなさい」の心境だ。
高位貴族魔人の妾になれば裕福な生活が出来るらしく、それを狙う女性も多いみたいだ。
「この娘は私の婚約者だ。臨時収入を得たくて仕事に来ただけだ。妙な事は吹き込まないでくれ」
肩に手を置かれて、くいっと身体を引き寄せられる。テオドルスに目を奪われていた女性たちが、小さな悲鳴を上げていた。
「し、師匠……」
(恋人通り越して婚約者ですとー? 役得ー!!)
脳内歓喜のルルディは、しかしすぐに落ち着いた。
(師匠、知ってたわね。若い美男美女ばかりがフロアに配置させられる理由を! 愛人に引き抜かれ待ちなんだ!)
そういう前情報は共有してもらいたいものだ。“自分が気にして守ればいい”な考えが垣間見える。いい加減自立した女性だと思って欲しい。
腹の中は不満たらたらなルルディも、いざ舞踏会開催となると澄ました顔で立つテオドルスの前を横切って、素知らぬ顔で仕事に専念する。
次々と来客が案内される中、空気が変わった。ざわりと、ルルディは馴染みの力を感じる。
はっと顔を上げて入り口に視線をやってしまう。召使いとして落第だ。しかし会場内のほぼ全員が現れた女性に目が釘付けになっており、誰も給仕の動向なんか気に留めない。
ハーフアップにした紫の髪には真珠と金の飾り。黒のドレスのネックラインには豪華な金の刺繍が施されている。金色の縁の黒のフリルやオーガンジーも使われて豪華だ。
ルストラレを呪った夜会ではじゃらじゃらと装飾品を着けていたと聞いたが、あれは王太子に見せつけるためだったのだろう。真珠とダイヤモンドのネックレスに揃いの耳飾り。華美ではない落ち着いた装いだ。
ノエル・ヒーグス。
今、彼女は自分のためだけに魔法を掛けている。“自分が一番魅力的に見えるように”と。
彼女をエスコートするのは、どこかの貴族と思しき美しい青年だ。彼は終始自分のパートナーをうっとりと見つめている。
生来の美貌に加算された魅力で、四十歳近い彼女の見た目は二十代半ばの妖艶な美女だ。
__これは、この状況は大丈夫なのだろうか。
攻撃性は無いにせよノエルは魔法を展開している。豊穣の女神の魔導力をここまで魔人の宮廷で使っていいものか。要人貴族が一堂に会するここには、魔人族の魔力を無効にする結界を張っている。それを無視してしまう異質な魔導力は脅威なのではないか。
なんとなく、ルルディは自分がテオドルスに引き取られた時を思い出した。
聖女アリアンの手助けをしていた加療室は神聖力が外部に漏れないよう、結界が張られていたらしい。神聖力の結界はルルディの魔導力を阻む事なく、テオドルスはルルディの魔導力が加療室から漏れているのを見た。
それと同じ事が起きている気がする。
ノエルは術式を常時自分に掛けているのだろう。豊穣の女神のオレンジ色の光が淡く彼女と重なっているのが見える。
ルルディやテオドルスには、その程度の魅力魔法のようなものは効かない。
だが魔導力耐性のない人間や獣人には効果覿面らしく、フロアで働く彼らは仕事の手が止まり、男女共にノエルに熱い視線を送っている。
豊穣女神の魔導力による魅力の上乗せは、魔人族にも効果があるようで、ノエルにみんな興味津々だ。
ルルディは思わずテオドルスの方を振り返る。彼はノエルから目を離さない。見惚れているようでいて、彼女の一挙一動を注視している。
玉座の国王が「ぜひ歌を」と望んだ人間だ。
ノエルは堂々と御前に立ち、美しい礼をする。さすが踏んでいる場数が違う。
まだ三十歳の若き国王は、赤褐色の肌に青銀色の髪と金色の瞳の整った容姿をしていた。ジュンの表現通りまるで精巧な人形のようだ。
華々しく「〈魔導士〉の歌姫」と紹介されたノエルは、宮廷楽団の伴奏で歌声を披露する。正確で伸びやかで美しい。これは人間の歌だ。どこの国発祥か分からないが、歌詞は変われどメロディは一緒で、明るい曲調のためどこの国でも陽気に歌われている。
そして次に歌ったのは魔人語だった。確か有名な恋愛劇の曲だと思う。宿屋の娘さんがよく口ずさんでいる。切ない恋の歌だ。
感情を揺さぶられたのか、何組か寄り添って踊りはじめる。人間の貴族たちのように王族が踊ってからなどの縛りはない。自信があるものはフロアの中央で目立てばよい。
「あっ」
ルルディは思わず声が出て、慌てて両手で口を塞ぐ。背後のテオドルスも息を呑んで身じろぐ。
ノエルは切ない恋心を歌に乗せて国王を見つめ、彼に魔法をかけた!
__自分にかける魅力補助ではなく、他者にかければそれは“魅了”だ。
〈魔導士〉が一国の王に攻撃した。果たして魔人の王はその魔導力を感知したか。
何事もなく、ノエルは二曲歌いきり、会場は拍手喝采だった。国王も機嫌よく、自分に纏わり付く魔導力に気が付かなかったのか? まさか! 国王はとんでもない魔力保持者だ。
大きな異質の魔導力が国王の体内を血のように巡っているのを、ルルディは感じ取れる。業火の地底神フェダーラの恩恵だ。国王の近くにいる大柄な男性に、同じ血統の魔導力が流れているので、彼がジュンいわく魔物似の王弟だろう。
(ジュンさんって失礼ね! イエティ・オーガに似ているなんて。美形じゃないけど野生的で素敵じゃない! 筋肉好きな女性には大モテだわ、きっと。でもノエルさんの好みじゃないわね……)
ノエルの男性遍歴を見れば、整った顔の細身の男が好きっぽい。顔の系統は拘らないと思う。執着していたブロウと、『好みだから』と手を出したルストラレとはタイプが違う。きっとただのイケメン好きだ。
「素晴らしかった! 褒美は何を望む? 出来るだけ希望に応えよう」
この場で褒美に言及するとは、王はノエルを絶賛である。
「望みはただひとつ。王の側室になりたく存じます」
フロアの感動の空気が一気に引いた。王妃がノエルを睨みつける。
彼女は妖艶な笑みで王の愛情を求めた。
(いくら美形好きでも、魔人族の王を狙うなんて無謀でしょう!)
まだ“魅了魔法”は続いており、ルルディは気が気ではない。
(本気か!?)
テオドルスも絶句する。
妾ならまだしも側室ときた。グェダショック王は正妃の他に五人の側室がいる。全て魔人族だ。そこに下等種である人間を加えるなど、普通あり得ない。それを堂々と言える自信はどこから来るのか。
トラブルメーカーの本領発揮である。
「余の側室、だと?」
王の金色の目が細まる。ノエルの色香に迷っていない、施政者としての顔だった。




