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2:平民聖女の真実

「聖女アリアン、いつ見ても君の癒しの姿は神々しいね」

 

 恙無くお勤めを終えたアリアンに声を掛けるのは、第一王子の王太子ルストラレだ。

 アリアンは上品な笑みを浮かべ「まあ、嬉しゅうございます」と、しおらしい。寄り添う距離感はおかしいが、美男美女で実に絵になる。

 ちらりとルルディに視線をよこしたアリアンは、勝ち誇った顔をしていた。


(いちいち“王子は私のもの”アピール、ウザいんですけど!)


 ルルディはうんざりした思いで顔を逸らす。アリアンがルルディにあたりがきつい最大の理由はこれである。全く以って不本意な事に、ルルディは王太子の婚約者有力候補であるからだ。


 太陽神に最も愛されている娘__即ち一番神聖力の強い筆頭聖女は、聖人ではない王族と婚姻するのが慣例となっている。代々これを繰り返すおかげで、産まれた子供は高確率で聖者に目覚めるらしい。それは王家の威信にもなり、聖者は他国から『是非に』と望まれる最高の政略結婚の駒となり得るのだ。


 今の王は自身が聖人だから、わざわざ聖女を娶らなくてもかまわなかったので、政治的な理由で同盟国の王女を妃に迎えた。産まれた二人の王子は残念ながら、遅くとも十代半ばには覚醒すると言われる神聖力を得なかった。だから王太子の第一王子ルストラレは聖女と結婚する事になっている。


(……ルストラレ様は私との貴賎結婚を嫌がっている。こっちだって蔑まれながらの王妃なんて、国に責任を持つ立場になんかなりたくないわ)


 平民の娘が王子様と結婚して幸せになりました、なんて楽観視するほどルルディは愚かではない。相思相愛で王子様が全力で娘を護ってこそのおとぎ話である。


(あーあ、アリアン様を妃に迎えたらいいのに。侯爵令嬢なんだし)


 王族と婚姻を結ばされるなんて最初から知っていれば、ルルディは自分の能力を全開にしなかった。中央神聖教会に連れてこられた当初、望まれるまま毎日倒れるくらい癒しの力を使ったのがまずかった。今代随一の聖女と呼ばれる羽目になり、他の聖者たちの嫉妬の対象になってしまった。

 聖者も神官も選民思想の貴族の奴らばかりだ。平民の聖女なんか傷つけてもいいと思っている。


 アリアンに当てつけされたルルディは嫌な気分だ。聖者たちの陰に隠れてひっそりと自室に戻ろうとして、視界の端に紫色のローブ姿を捉えたので立ち止まる。


(さっきの男の人だ)


 彼がルストラレ王子に近づいて話しかけた。堂々としており王子に遜った態度でないところを見ると、異国の貴人なのだろう。そして視線に気が付いたのか、彼はルルディの方に顔を向け目が合った。


「やあ、君は先程の」


 青年はルルディに馴れ馴れしく声を掛けた。


 嫌そうな顔でルルディを一瞥した王子が「……テオドルス魔導士殿、彼女がなにかご迷惑を?」と問う。


(あのローブ姿、見慣れないと思ったら魔導士の装いだったのね。じゃあ彼は国王の即位十年の式典に招かれた異国の賓客かな)


 ルルディは彼と軽々しく会話した事を後悔した。王太子に睨まれてしまった。どう対応して良いか分からず、とりあえず胸の辺りで両手を組んで軽く頭を下げる聖女式礼をする。


「いや、先程使用人の服で掃除をしていたから、聖女だと知って驚いたのさ」


 ルルディは聖女の服に着替えている。彼は先程の言葉を疑っていたのだろうか。そんな嘘をつくはずがないのに。


 アリアンが「ああ、あの娘は平民なので下働きをしているのですわ」と、当然の口調で微笑む。


「筆頭聖女は平民だと聞きました。彼女なのですね。能力があるから筆頭なのでしょう? 殿下の婚約者候補では?」


 それはルストラレ王子の地雷だ。ルルディは目を閉じる。王太子の不機嫌な顔など見たくもない。

 

「今まで平民が王子妃になった事はないのです。聖女としての色を纏わぬあの娘を娶って王家のためになるのか、疑問なところではあります」


 王子は苛々として語気荒く吐き捨てた。苛立ちを外国人に見せるのは王家の品格としてどうだろう。ルルディはぼんやりとそう思った。


(もう部屋に帰っていいかな……)


 去るタイミングが分からず立ち竦んでいると、目の前にテオドルスがやってきた。


「君、名前は?」


「……ルルディです」


「君、あの王子様と結婚したい?」


 小声で問われ、反射的に大きく首を横に振る。魔導士が笑った気配がした。


「聖女でなくなるけど、ここから連れ出してあげよう」


 そんな事が可能なのだろうか。可能ならば__。


「ぜひお願いします!」


 望んで聖女になったのではない。ルルディは中央神聖教会に連れて来られてから一番の大声で叫ぶ。決断になんの躊躇もない。その勢いに押され気味のテオドルスがローブのフードを脱いで、ルルディとしっかり目を合わせた。


 魔導士はルルディの想像よりずっと若い青年だった。二十一歳のルストラレ王子とあまり歳は変わらないように見える。銀色の短髪に赤い瞳。形のいい上がり眉に切れ長の目は鋭く、引き締まった薄い唇。ルストラレ王子が爽やかな甘いタイプの美形なら、魔導士は鋭利で凛々しい美形だった。


 顔を晒したリベルタスに聖女たちが小さく騒めいた。乙女たちなので無理もない。


「ルストラレ殿下、そんなに平民相手は嫌なのかい?」

 魔導士は砕けた口調になった。それに対してルストラレは思うところはない。しかし問われた内容はものすごく不本意だ。


「テオドルス殿もラフィタル帝国の皇子なのですから分かるでしょう?」


 なんと、この魔導士が大国の皇子とは!

 驚いたのはルルディだけでないらしく、失礼がないようにあちこちで姿勢を正す気配がした。

 まさに雲の上の存在。異国の平民が一生会う事はない。どうして自分に声を掛けたのか。動機が不明でルルディは警戒を強めて身を固くする。


 そんな少女の態度に気が付かず、テオドルスは「成程ねえ、魔導協会が私を派遣したのはこういう事か」と、顎を撫でながら呟いた。


「いかにも私はラフィタル帝国の第二皇子だが、現在は魔導協会に身を置いている。だから今回の式典は魔導協会からの派遣だ。国からは兄上が参加した」


「ええ、皇太子殿下とは親しく交流させていただきました」

 この在位式典で大国の後継者と繋がりが出来たと、ルストラレは胸を張る。


「魔導協会は実力主義だ。私より地位の高い老師たちがいるのに、なぜ若輩の私が式典参加者に選ばれたのか不思議だった」

 テオドルスは薄く笑みを浮かべている。そんな彼の態度に王子もアリアンも戸惑う。


「この国は上層部が平民をあからさまに蔑んでいる。皇族の私なら馬鹿にされないからだったのだな」


 身も蓋もない言葉にルストラレの頬に朱が走る。


「腹芸も出来ない未熟者だ」

 テオドルスの言葉はルルディにだけ聞こえた。


「まあいい。ルストラレ殿下、君に朗報だ。このルルディは聖女ではないよ」


 さらりととんでもない事を告げる。

 ルルディは「えっ!?」と叫んでしまい、王子やアリアンだけでなく聖者や神官たちも一斉に驚愕の目をテオドルスに向ける。


「ルルディには癒しの力がございます。平民ながら神聖力を持っているのは事実です!」

 大司教が慌てた。


 テオドルスは緩く頭を振る。

「神聖力じゃないよな。ルルディの力は魔導力だ」


「……っ!?」


 ルストラレが息を呑む。


 魔導力……を使える魔導士……。産まれた時から大地に奇跡の能力を与えられた存在だ。自国では見た事がない。


「い、癒しの力が……」

 更に言い募る大司教にテオドルスは嘲笑を向けた。


「ルルディの癒しの力は、薄っすらオレンジ色がかっている。そもそも神聖力は白い光だ。そうだろう?」


「それは……」

 口ごもる大司教にテオドルスは「先程の聖女アリアンの施しにもオレンジ色の癒しの力が部屋に流れていた。ルルディが聖女アリアンの神聖力の不足分を補っていたんだよな」と、追い討ちに容赦ない。


「なっ!?」

 弾かれたようにアリアンはルルディと大司教を交互に見た。ルルディは困惑しているし、大司教は苦虫を噛み潰したような顔で、二人とも魔導士の言葉を否定しない。


「わ、わたくしの実力ではないと言うの!?」

 アリアンの悲鳴が静かな教会内に響いた。



 

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