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18:さよなら、元祖国

 ルルディの不敬など全く気にならないルストラレは言い募る。


「皆に匙を投げられた私を救ってくれた唯一の存在だ!」


『運命の相手だ!』と言い出しかねない王太子をルルディは慌てて制する。


「落ち着いてください殿下。私はあなたの嫌いな平民ですよ」


「君の美しさと高潔さには誰も文句は言えまい!」


(……駄目だ、この人、はっちゃけてる)

 冴えない平民だと罵っていた過去はなかった事になっているのか?


「太陽神アドールが唯一神である国の王太子妃に、魔導士がなれるわけないじゃないですか。大体、殿下はとっくに聖女アリアン様と婚約していると思っていましたよ」


 久しぶりに表情筋が動いたルストラレは、思い切り顔を顰めた。


「気味悪がって見舞いにも来やしないあんな薄情な女、知るか!」

 憎々しげに吐き捨てる王太子にテオドルスは口を挟む。


「逆の立場なら、あなたもそうなるのでは?」


「は?」


「行きずりの劇団員と寝た挙句、呪われ醜い姿になった女性を殿下は受け入れられますか?」


「!!」


 ぐうの音も出ない正論である。

 言葉を失くしたルストラレに従者たちが懸命に声を掛けるのを尻目に、今度こそ部屋を出て行った。


「……掌返しとはこの事です」

「そのうち現実に戻るだろう」


 ルルディたちは未だにルストラレが、アリアンと婚約していない理由を知っているから醒めている。魔導国の情報網を舐めてはいけない。


 筆頭聖女のアリアンの力が弱まっているとのうわさが世間に流れている。


 市井で人気のあった平民聖女の評判を落とすため、美貌の侯爵令嬢アリアンのまやかしの神聖力で、民の心を掴もうとした思惑が失敗した。

 アリアンの実力が思ったより低くて王家もがっかりしたが、身分的には相応しいのでルルディの後釜になった。繰り上がり婚約者候補である。


 そのまま何もなければアリアンは正式な婚約者になるはずだったが、ここにきて思わぬ伏兵が現れた。

 友好国の十三歳の王女が〈聖女〉に目覚めたため、マルジャラン王家が水面下で、ルストラレ王太子の妃にと交渉中なのだ。政略結婚にはもってこいな相手だし、王女が美少女なのでルストラレが乗り気になっていた。彼のカエル化のせいで宙に浮いていた話が再び動き出しそうだ。アリアンの実家をはじめ貴族院にも内密の行動で、波乱の匂いしかしない。


 そんな裏事情の中、王太子の一時(いっとき)の感情で発した「魔導士を嫁にしたい」お花畑発言が公になったら、要らぬ火の粉を浴びてしまう。


 とっとと退散が吉である。


 王太子宮からすぐに国王に連絡があっただろうから、すぐに謁見が叶った。謁見の間ではなく、執務室の隣に通される。

 正式訪問ではない魔導士がマルジャラン王城に居て、あらぬ想像をされるのは避けたい。王家は出来るだけ、臣下や使用人たちに魔導士の姿を見られたくないのだ。


 マルジャラン入国に対し、“普通の服装でお願いしたい”と要望が記されていたのをブロウは鼻で笑った。“魔導士と分からないように頼む”と言う意味だろう。


『魔導国騎士団員が魔導士として訪問するんだ。先方におもねる必要はない。そうだな、普段の仕事着で行くといい』


 そうして建前上配慮した(てい)の白ローブ姿だ。立派な訪問ローブではないから実際そこまで目立たない。



 王太子の醜聞で心労が祟った王妃は寝込んでいるらしい。

 国王はげっそりと頬がこけてはいたが、解呪の報告を受けて目に生気が戻っていた。しかしルルディの姿を確認すると、動揺で瞳が揺れる。


 “魔導国一の〈呪術士〉を派遣する”との返事を魔導塔主からもらって、秘密裏にやって来たのが、王家や貴族がこぞって馬鹿にしていた元〈平民聖女〉だったのだ。


 王太子宮から慌てて「派遣者はラフィタル帝国第二皇子と元筆頭聖女」と連絡があったものの、他国の要人と公式会談直前だったため、抜けられなかった。


 まさかマルジャラン王国に恨みを持つ元〈聖女〉と、その彼女を保護したラフィタル帝国第二皇子が来るとは思わない。当然魔導国の老練な〈呪術士〉が来ると信じていた。


 仮にも国同士のやり取りである。魔導国が信用を損なう行動をするのは有り得ない。救いの要請はきちんと精査して真摯に取り組む。それが魔導統治国を永世中立国たらしめているのだ。それを知っていて尚、敢えて失敗するため来ているのではと勘繰る下地が充分に有りすぎる。


 不安のまま会談を終えた国王の元に「王太子殿下の呪いが解けました! 元〈聖女〉様のお力です!」とすぐに吉報が入った。

 伝令従者は解呪の瞬間を見届けた直後に行動したから、“王太子殿下が元聖女に求婚して振られた”のは知らない。余計な情報が追加される前に、二人の魔導士は国王の前に現れた。双方期せずして面倒事が避けられた形だ。


「……本当に世話になった。ルルディ、君は魔導士としても優秀だったのだな」

 

 昔は“おまえ”呼ばわりしていた国王に労われても、ルルディには響かない。()()()()()()()とはなんだ。彼女は自身を〈聖女〉とは認めていない。


「テオドルス皇子もありがとうございます」

 頑なに“魔導士”ではなく帝国の皇子と呼ぶなんて。この国の信念は歪みない。


「“最小限の人数で”とのご希望ゆえに、国一番の〈解呪士〉を警護するために”特級魔導士”である〈攻撃魔導士〉の私が付けられました。この()も攻撃魔法が使えますが、年若い女性だから魔導国も単身派遣が出来なかったのです。私は体裁だけの護衛ですね」


 テオドルスは必要以上に細かく、謙遜とも警告とも、どうとでも取れる発言をした。


 魔導のない国で何か問題が起こっても、ルルディ一人で対処できる実力がある。護衛は一人で十分、と云うわけだ。

 魔導国と敵対してはいけないと、国王は再認識して顔が引き攣った。が直ぐに表情を抑える。


「ルストラレを廃嫡しなければならないかと苦悩していたところでした。土壇場で救っていただいて感謝しております」


 国王が馬鹿丁寧に礼を述べている相手は、ルルディじゃなく、きっとテオドルスだ。国王はどちらとも視線を合わさない周到さである。


(別に第一王子が廃嫡でも良かったんじゃないかな。弟王子がいるわけだし。むしろ他国の〈聖女〉王女を娶るなら、まだ瑕疵の無い第二王子の方が、年齢的にも相応しいんじゃないかしら)


 ルルディはルストラレより六歳年下の第二王子の顔を思い出そうとしたが、特に交流はなかったので脳裏に浮かばない。名前も失念した。でもルストラレによく似ていると思った記憶はあるので、多分金髪緑目の美少年だろう。


 女遊びで汚点がついたルストラレより、弟が王太子になった方がいいかもしれない。


(まあ、関係のない国だからどうでもいいけど)


 ルルディにとって、今は魔導統治国が祖国である。





「成功報酬の契約以上の金額を頂きましたね」


 金貨のぎっしり詰まった鞄を宰相から受け取ったテオドルスの顔を覗き込んで、ルルディはほくほく顔だ。


「君への迷惑料が加算されてるらしい」


「迷惑料?」


「ああ、君を虐げていたなんて公式には認められないから、慰謝料と云う言葉は使わないんだ。まさか〈元聖女〉が呪いを解くなんて想像もしてなくて、〈解呪士〉の君へ“これで過去を水に流してくれ”って苦肉の策なんだよ」

 

「え? 過去の行いは消えませんけど」


「じゃあ、契約報酬以外の金は突き返すかい?」


「嫌です。正当に得た国庫資金ですよ」


 なんでも金で解決しようとするから権力者は嫌いなのだ。だが金貨に罪はない。くれると言うなら貰おうではないか。


「師匠、王太子殿下がとち狂った行動を起こしたら困るから、さっさと出国しましょう。そして公国の名物、串焼き海鮮食べて帰りましょう! あ、でもせっかく国交のないマルジャランまで来たんですから、みんなに王都土産買いましょうか」


 思わぬ臨時収入だ。自分宛のものなら金貨の一枚や二枚使っても構わないだろう。ルルディは上機嫌だった。



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