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17:私、失敗しないので

「……初見で感じた通り、術式がめちゃめちゃです」


 ルストラレを観察していたルルディが、彼から視線を外して首を振った。


「協会で習う術式じゃないのかい?」


「ええ、嫌がらせ魔法の我流を極めていたら呪いになった、いい実例ですね」


 いい実例と言われたルストラレが「呑気に言うな!」と気色ばむ。


「失礼しました。しかし忌憚ない意見を述べるなら、これはどの国の魔導士でも解呪に躊躇してしまいます。正規の魔法による“呪い”ではありませんから、解呪魔法を掛けて余計酷くなったり、最悪死亡でもすれば国際問題になるでしょう。だから『手に負えない』のです」


 ルストラレが肩を落とした。おそらく落胆しているのだろうが、ガマガエルは無表情である。


「ノエルがあんなに恐ろしい女だとは思わなかった……」

 悲観しても今更である。素性の知れない流浪の民に、手を出さなければ良かっただけの話だ。


「ルルディ、国際問題が心配なら手を引いてもいいぞ」

 

 ルストラレの感傷など意に介さず、テオドルスは無情な助言をする。見捨てられるかも知れないと、ルストラレはギョッとしたのだろう。テオドルスの顔を見た後、目の前のルルディに縋るように手を伸ばす。が、彼女は手の届く距離にいなかった。


(平民の私に触れられるのを拒絶していたあなたがねぇ)

 向けられたその短い手を取る事はない。吸盤の付いた指を冷たく見下ろす。


「頑張ろうとは思うんですが、術式が破綻しているんですよね。消したり書き加えたり。惜しいですねー。ノエルさんはきっと魔法開発の才能がありますよ。協会で正しく勉強すれば、綺麗な魔法陣に仕上げられたでしょうね」


「それはそれで悪戯や嫌がらせの魔法が増えるだけでは」

「あはは、そうかもですねぇ」


 魔導士たちの緊迫感のないやり取りに、従者の騎士は「不敬だ!」とも言えず唇を噛む。こちらは恨みを持っているであろう〈元聖女〉に懇願する立場なのだ。


「ルルディ様、どうかお力を貸してください。我々では殿下の不快感の緩和くらいしか出来ないのです……」


 王太子に付き添っている〈聖人〉は、以前は当然の如くルルディを軽視していたが、態度を改め頭を下げる。もし聖女アリアンがここにいても、絶対頭は下げないだろうなとルルディは思った。


「分かりました。まず、このカエル化は期限が設けられていません。そして非常にまずい事に、寿命もガマガエル基準になっていますから、あと十年程度の命だと考えられます」


「!! 私はカエルのまま十年後に死ぬのか!?」

 絞り出すようにルストラレが叫ぶ。


「そこまで精度の高い“呪い”なのか?」

 テオドルスは驚いている。


「逆です。細かな設定が出来ていないから、そうなってしまっているんです」


「ルルディ! 君を蔑ろにしてすまなかった! どうか助けてくれ!!」


「そのために来ていますから。私情は挟みません」


 都合のよい謝罪なんか必要ない。思った以上に冷淡な声が出た。言外の『許す気ねえわ』が伝わったらしく、ルストラレはびくりと身体を揺らした。


 さてどうしよう。練られた魔法じゃないから、解呪は単純そうではある。

 でもめんどくさい。部分部分に合わせた術式を切り合わせて貼り付け、まとめて一気に剥がすか。大事をとってひとつずつ消していくか……。


「大胆か慎重か、師匠はどちらが好みですか?」


 悩んだ時は師匠に頼ればいい。


「……主語を端折るんじゃない。それに好みじゃなく、どちらがより確実且つ安全かと問うべきだろう」


 ルルディの唐突な質問の意味も、テオドルスは持ち前の察しの良さと、彼女との付き合い加減で理解してしまう。さすが師匠。


 あっけらかんと「では、それで」と言う彼女に、テオドルスは気ままな猫を相手にしている気分になってくる。結構そんな時が多くて対応にも慣れた。


「不完全な術式は正しい術式で消える。一気に重ね掛けして、それでも残ってしまったものは個別に剥がせばいい」


「なるほど、合わせ技ですね」


 技術と魔導力で上回ればよい。ルルディの好きな相殺理論である。彼女は嬉しそうに口角を上げた。


「殿下、額に触れてもよろしいでしょうか」


「ああ……」


 現筆頭聖女アリアンはじめ、有力聖女たちはガマガエルの姿の彼を怖がり、気絶する〈聖女〉までいた。それを屈辱に感じたルストラレは〈聖人〉しか頼らなくなった。〈聖者〉による解呪の期待はとっくに捨てたが、皮膚の痒みや口の中の不快さが和らぐから癒しは掛けてもらいたい。


 思えばルルディはどんな小汚い者や醜い者でも厭わず触れていたなと、ルストラレは昔を振り返る。


 __額に触れたルルディの手は柔らかく温かかった。小さく紡がれる呪文であろう響きの心地良さに、ルストラレは目を閉じて身を委ねた。


 ルルディとルストラレの接点を中心にオレンジ色の光が輝く。

 それは近くで見守る〈聖人〉にも馴染みがある、筆頭聖女とされていたルルディの光だ。しかし目の前のオレンジ色の濃さは見た事がない。


 いきなりいなくなった〈平民聖女〉の力が、神聖力でなく魔導力だったと聞かされても半信半疑だった。淡いオレンジ色の光は確かに人々を癒していたのだ。だが実際異質な力だったのだとやっと納得できた。かつての〈聖女〉は正しく魔導力を使う〈魔導士〉に他ならない。


 

 一方、テオドルスはルルディの解呪の魔法陣を通して、ノエルの術式の分析を試みていた。

 ルルディの術式に反応して、時折反発するように浮き上がるノエルの魔法陣は歪んでいる。不自然に切れていたり部分的に重なったり。呪術は専門外のテオドルスも、その基本が呪術魔法陣でない事は分かった。むしろ、どこかで見たような、そして違和感があるような。


(これは……補助魔法……の反転!?)


〈攻撃魔導士〉のテオドルスも世話になっている、〈補助士〉の最大強化魔法陣の反転。これはノエル独自の能力だと気がつく。正の魔法陣を反転したところで負の魔法陣にはならない。そんな単純なものではないのだ。


 導師ブロウに報告しないとならないだろうな……テオドルスの気は重い。


 もしノエルが穏やかな優しい性格だったなら、魔法陣開発に革命を起こす、ブロウの最強のパートナーに成り得たのでは、と無意味な“たられば”に想いを馳せてしまうくらい残念だった。


 バチッ!!


 耳に聞こえたのではなく、解呪が完全終了した音をテオドルスは感知した。これは感覚の表現なので、常人には理解し難い。


「あ、あ…ああ……」


 ルストラレが自分の手を眺め、言葉にならない声を発した。


「王太子殿下!」

「ルストラレ様!!」


 従者に医師、〈聖人〉が叫ぶ。


 ベッドの上のガマガエルは人の形を取り戻し、手を確認したあと顔に触れ、がばっと上掛けを捲る。そして全てが元に戻ったのを実感する。


 やつれてはいるものの、そこには金髪の美男子がいた。


「……あ、やっぱり目は緑色だったんだ……」


 王太子の呪いを解いた立役者の第一声は、心底どうでもいい事だった。



「ありがとう。……本当にありがとう!」

 ルストラレが心から他者に礼を言うのは、初めてではないだろうか。


「いいえ。成功して良かったです」

「ルルディ、ご苦労様。さっさと国王陛下に謁見して帰ろう」

 感涙する王太子に対し、魔導士師弟はあくまでも事務的な態度を崩さない。


「ま、待て! ルルディ!!」


 儀礼的な礼をして退出しようとするルルディをルストラレは呼び止める。


「やはり君は〈聖女〉に相応しい存在だ! 私の妻になってくれ!!」


 扉の前でゆっくりと振り返ったルルディの態度は「は? 頭湧いてます?」と呆れ顔の塩対応だった。


 

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