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12:天才か、変人か

 誰もが驚いて、床に転がった従属魔導具を見下ろしていた。


「は、外れた……。う、嘘だろ……?」

 

 いきなりぽろりと落ちたチョーカーを、信じられないと云った顔で眺めていたソインが呟いた。


 ルルディは魔導具を拾い、「どうします、これ」とブロウに淡々と尋ねた。



「ああ、カフェロン、研究棟に持ち帰って分析してくれ」

「はい」

 呪い研究家の〈呪術士〉の女性がルルディから受け取り、早速裏返して焼きペンで書かれた呪文の羅列をしげしげと観察する。


 カロスイッチと、彼の直弟子である青年呪術士のルートロースも近寄って、もう他の物は視界に入らない。

 魔人族の魔導具だ。仕方ない……。これが魔導士の生態である。



「気分はどうだ?」

 平気そうに見えるが、テオドルスがソインに体調を尋ねる。


「だ、大丈夫、です。でも子供の時から着けていたんで、なんかスースーして落ち着かない妙な感じです」


 ソインは現実味がなくて、嬉しさより困惑の表情だ。


「本当にありがとうございます。ルルディさん」

 それでも、命の恩人の少女への礼は忘れない。


「いいえ、無茶したかもと思ったけど、上手くいって良かったわ」

 ルルディは屈託なく笑う。



「ルルディ、最初は聖女時代のやり方を試みていたね。あれはどんな意図で?」

 

 テオドルスの問いにルルディは、直感の行動なのだと上手く伝わるよう、言葉を選ぶ。


「そうですねえ………解き方が全く分からなかったので、まずは張り付いた魔導力を弱体化しました」


「なんと!? そんな事が可能なのか!?」

「う、嘘でしょ? 呪力の弱体化なんて、どんなやり方よ!」

「さすが唯一の〈解呪士〉だな。……意味わからんが力技って事か?」


 カロスイッチたち〈呪術士〉は、首輪に(たか)っていながらも、ちゃんと話を聞いていたらしく、各々驚愕の反応である。

 

「……解き方が分からなかった?」


 魔導国の最高魔導士であるブロウも首を傾げる。解呪とは、組み込まれた術式をひとつひとつ外していくものだ。


「だって未知のものですもの。魔人族の術式に上書きした方が早いでしょう?」


「ルルディ、普通はそんな事、出来ないんだよ」

 理解を超えた弟子の発想にテオドルスは呆れている。


「でも師匠。理論上、術式を上回る魔導力があれば、相殺出来ると言ってたじゃないですか」


「確かに教えた覚えはある。だがあくまで“理論上”だ」


「ちょっとルルディ。聞きたいんだけど」

 カフェロンが少女の目の前に、ずいっと首輪の裏側を見せつける。びっしりと書き込まれた記号のような羅列は、魔人族の呪文に違いない。


「この呪文のどこで殺害の日が分かるの? 教えてちょうだい」


 研究者の彼女は興奮してルルディに詰め寄った。

 

「え……、分かりませんよ。そんなの」


「もしかして、俺を脅す、はったりだったのか?」

 ソインの声に非難の響きはない。結果的に救われたのは事実だから、責める気は起こらない。


「それは本当よ。術式は解読出来なかったから、思念を視たの」


「……悪念に染まった宝石の穢れと同じか?」

 

 テオドルスはルルディの初仕事を思い出す。しかしあれは物に宿った残留思念で明確な呪物ではないから、純粋に浄化出来たのだ。


 個人を縛る従属魔導具は、そんなに簡単にいかないはずだ。


「ええ、発想は同じです。でも明確な“悪意”の解呪ですから、人体への悪影響を考えて、〈聖女〉の時の“解毒”の祈りの要領で、まず呪術そのものを薄めてみました」


「なんだ、そりゃ」

 ブロウが塔主の威厳なく素で反応した。魔導士の最高峰である、彼の理解の範疇を超えている。


「その次に、どうやったら簡単に解呪できるか考えて……首輪に呼吸を止める魔法をかけて、発動する前に一気に解除しました」


 …………沈黙。


 皆には、ルルディの説明を理解する時間が必要だった。


 突然カロスイッチが顔色を変える。

「ま、まさか首輪に即死魔法を付与したのか!?」


「強い魔法でないと上書き出来ないじゃないですか」


「いやいや! 無謀だ! 間違って発動したら死ぬだろ!!」

「即死魔法を施すなんて、何考えてるのよ!!」


 ルートロースやカフェロンも非難する中、「そんなヘマしませんよ。単一魔法を解くだけなのに」と、効率いい最善を選択したつもりのルルディは心外そうだ。


 魔導士たちが騒ぐので、余程危険な目に合わされたのかと、救われたソインも怯えている。


 

「……つまり、魔人族の呪術を薄め、その上に女神の強い呪いをかけたから、チョーカーがそれを正しい命令だと判断してしまった。そして瞬発的な女神の解呪エネルギーを受けて外れた……」


「さすが師匠、言語化が上手いです。そんな感じで、首輪が女神魔導力と勘違いしている隙に()()()()です」



 尋問官が「()()()()()()……?」と、首をひねり、そして「……意味が分からない」と続けたのは、普通の反応だと言えよう。



 緊迫しているのやら間抜けなのやら、不可思議な空気の中、ブロウが吹き出した。そして、大笑いである。


「おまえ、ほんっとに面白いな! そんな破天荒、思いつきもしないぞ!」


 心底愉快そうな魔導国盟主をソインが奇異な目で見る。


 そしてカフェロンがルルディの腕を掴み、「実に興味深い実践理論ね! ぜひ研究に協力してもらいたいわ! テオドルス様! この子を独り占めしないで貸してください!」と彼に頼み込む。


「い、いや、別に独り占めはしていないよ……。ルルディは好きに行動している」


 カフェロンの勢いにタジタジとなりながらも「私の許可はいらない」と告げた。


「師匠の側は楽しいんです。外国に着いていっても師匠の顔の良さと身分で大抵の物事が解決するし。偉い人たちほど遜って面白いんですよ!」


「ルルディ、君はそんな気持ちで私の外交に同行してたのか……。“秘書”なんて役職を勝手に作ってまで……」


 テオドルスは微妙な顔だ。彼にしてみれば、狭い世界しか知らない哀れな弟子の見聞を、広げていたつもりなのだ。


「だって私を邪険に扱ってた偉そうな人が、私の後ろから師匠が出てきた途端、態度を変えるんですもの。“この雑魚め!”って目で見下してやると悔しそうな顔するから気分がいいんです!」


「あー、なんか分かる。虎の威を借る狐って状況、俺もガキの頃カロスイッチ師匠に付いてた時に覚えがある!」

 懐かしそうに語るルートロースを、カロスイッチは渋い顔で見やった。


「もう、師匠離れさせるか」

「嫌ですよ! まだまだ外を知りたいです!」

 ため息混じりのテオドルスの呟きを、ルルディは即行拒否した。


「テオドルス、ちゃんとこの娘の手綱を握っとけ。とんでも理論で何かやらかさないように見張っとけよ」


 未だ笑いを収めきれていないブロウが、冗談めかしてテオドルスに告げるが、心中は違う。


(ルルディの思考は一般では通用しない。深慮遠謀なテオドルスがいなければ、ただの変人奇人扱いで孤立する危険がある)


 真の無能に盟主が務まりはしない。ブロウは実は多角的な視野に優れている。

 

 人当たりが良いように見せかけているものの、テオドルスは他者と馴れ合わない。それは皇族であるが故に、魔導力を持つ彼を恐れつつ機嫌を取る者たちに囲まれて育ち、建前だけの交流に辟易したのだろう。


『私は自由に生きるために魔導士になります』


 魔導島にきたばかりの少年は、抱負を聞かれてそんな生意気な返事をした。皇居での生活は『身分なんてしんどいだけだ』と宣うくらい、彼は窮屈だったのだ。


 十代で既に厭世的だった情に薄いこの青年が、懐に入れた者は大事にするのだと知れたのは僥倖だ。彼の将来を心配する年長の魔導士たちが、こんな事を話しているなんてテオドルスは思いもしない。


(普通の師弟関係と異なるのが、こいつらの()()なんだろう)


 ブロウは“潜在的問題児たち”を、こう評した。




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― 新着の感想 ―
ノンノン、〝天才〟かつ〝変人〟なんですよ! 野良聖女モドキに仕立て上げられちゃったから、めちゃくちゃですよ。
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