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10:魔獣を呼んだ犯人は?

「これは一体何だ?」


 衛生管理局の品質管理部屋に珍しく魔導島塔主ブロウが訪れ、目の前にある書物ほどの大きさの正方形の石板を観察した後、局長に問うた。


「分かりませんが、第三湖の中央くらいに沈んでいました。〈地脈士〉がおかしな波動の物があると感じ、調べたところ見つかりました」


 説明した局長は、更に石板をもうひとつ、慎重にブロウの見ていた石板の隣に並べ、「更にこれが第一湖から見つかりました」と報告する。


「第一湖からも? 水質汚染されていたのか?」


「穢れはまだ初期段階ですが……。テオドルス様が全湖、小さな泉、河川、全ての調査を早急にと指示されまして、分かったのです」


「ほう、おかしな波動ねえ。……テオドルス」


 ブロウに名を呼ばれただけで、テオドルスは大体彼の意図を察する。その聡さも魔導塔主は気に入っている。


「はい、外部から持ち込まれた物に違いありませんが、我が国の魔導具審査を擦り抜けたのは、我々の大地の力と異なるからでしょう」


 テオドルスの返答で正解を導き出しているであろう塔主は、「つまり?」と先を促す。


「この石板に刻まれた記号は、魔人族にとっての魔法陣のような物なのでしょう?」


 逆にテオドルスがブロウに問いを投げた。石板にびっしり細かく刻まれた記号とも絵ともつかない奇妙な羅列。書物で見た魔人族の文字に似ているのだ。


「私は一度も魔人族と対峙した事がないので断言は出来ませんが」


「……ああ、魔人の地底魔導力が込められている」

 

 奈落、業火の神フェダーラの魔導力を身に宿している魔人族と異なり、女神クレニーヴァの能力を使える人間族は少ない。そんな人間族を下等種と見做している魔人たちは基本、関わりを持とうとしない。


 しかし人間族は知恵があるので、下人として使う魔人連中はいる。獣人族は魔法を使える者もおらず、純粋に頑丈な身体のみで賭け闘技場で戦わせる奴隷として魔人の娯楽品だ。知的下等種を攫って下僕にする所業は、魔人族の中でも非道徳だとされる。


 かつてブロウは魔人族の闇奴隷市を潰した事がある。表面上だけでも『多種族を虐げるのは下品だ』との魔人族の意識のお陰で、こういった組織を人間族や獣人族が掃滅したところで、他の魔人は介入しない。


 しかし魔人族の中でも下級民な奴隷商人たちでさえ、扱う魔法は人間族の魔導兵士並みである。普通は罠を張って正面対決は避けるものだが、まだ血気盛んな十代だったブロウは、国民の救出を依頼した国の魔導兵一個部隊を率いて、堂々と乗り込み殲滅させた。


 そんなふうに特出した魔導力を遺憾なく発揮するブロウは、魔導協会の中でも一目置かれていた。三十代で塔主に選ばれたのはその圧倒的な攻撃力ゆえである。


 短慮な性格なので指導者としてどうかとの反対意見は当然あった。協調性や合理的思考に欠けるとして“特級魔導士”には合格していないのも理由にされた。


 それでも指導者には、魔人族相手にも臆する事のないカリスマ性が必要だと認められた形だ。彼の不足分は周りが補えばいいのである。


「……で、あなたはこれを何だと思う?」

 

 次にブロウが尋ねたのは、テオドルスが湖の調査を依頼したベテランの〈地脈士〉だ。彼は魔人族と戦った経験はないものの、女神クレニーヴァの魔導力より更に奥深くの地底エネルギーを感知できる。


「……おそらく“魔物召喚板”と呼ばれるものでしょう。魔人族の戦争ではよく使われる物らしいですが……」


 凶暴な魔物を呼び出しては使い捨て戦力とする。自軍の被害を少なくする前哨戦のようなものだ。どれだけ相手軍の魔物を削って敵兵に切り込めるかだ。そんな戦略が主流らしい。


魔大蛇(アペス)が、棲む汚泥ごと召喚されたという事ですか?」


「魔物が棲めるだけの環境を最低限に整えたのでしょうなあ。そして次々と魔大蛇(アペス)のような水陸両棲生物を送り込む……」


 テオドルスの質問に〈地脈士〉は、考え考え答えた。


「きちんと封印できているな」


 ブロウの目は真剣だ。


 局長は「はい、魔物が這い出る隙間のない真空魔法で封印しています」と自信ありげに答える。


「破壊するのは簡単だが、魔人族が魔導島を攻撃したという大切な証拠だ。厳重に保管してくれ」


「了解しました。念のため第一級封印物として地下シェルターの一室に入れておきます」



 石板の管理が決まったところで、ブロウとテオドルスと〈地脈士〉は衛生管理局を出る。


「では、私は更に石板の捜索に戻ります」


〈地脈士〉は二人に礼をすると去っていく。探知能力の高い〈地脈士〉たちが総動員で異常物の探索に努めていた。不意に魔物が現れた場合に備え、〈守護魔導士〉も同行している。


 魔導国は優れた魔導士が大勢住んでいるため、他国の脅威となる軍隊を表立っては所有していない。しかし騎士団というものはある。他国での魔法兵団と同等の存在だ。彼らはここでは〈守護魔導士〉という名称で呼ばれ、各国の魔物討伐依頼や災害救助の要請に対応するのも彼らだ。


 テオドルスやフーゴも騎士団員だし、魔導塔主ブロウが各騎士団を統括する総団長であったりする。ブロウは国家元首に加え、実質“元帥”なのだ。


 魔法兵として特化できればいい各国の魔導士と違い、魔導国では肉体を鍛え、剣術や体術も会得する。魔法を使うより手っ取り早かったりする時もあるし、咄嗟の行動にはやはり体力や素早さが必要だからだ。


「さて、テオドルス、……最大の問題は、誰が持ち込んだかなのだが」


 魔導塔に帰る道すがら、ブロウが気軽に切り出す。


「魔人族が入り込めば、魔導士たちの違和感に引っ掛かりそうですけどね」


「そうだ。設置している警報魔導具なんかより、我々の感覚の方が頼れるからな」


「……人間か獣人かの協力者が商人の中に紛れ込んでいる可能性があります」


「考えたくはないが、国民が関与している可能性も捨てきれない。その場合、島に魔物を出現させる理由が分からないが」


「いくらでもあるでしょう。混乱に陥れたい愉快犯やら、外から攻めにくい分、内部からの崩壊を指示された他国のスパイやら。ただ、誰にせよ魔人族の魔導具をどういった経緯で手に入れたか。そちらの方が問題です」


「……魔導士を減らしたところで、人間族や獣人族に利はないはずだしなあ」


 ブロウはめんどくさそうに首を振った後、「また緊急会議だ。議員を招集しないとな」と気乗りしない様子を隠さなかった。



 会議をしても結局のところ、警戒を強めるくらいの案しか出なかったのだが。


 夜中にこっそりと第六湖に石板を沈めた男が、隠れて見張っていた騎士団員に不法投棄の現行犯で捕まった。

 『犯人確保』の報告を受けてブロウやテオドルスは叩き起こされる。


 ……商船に紛れ込んで商会の下級作業員として入国した、まだ若い獣人を捕まえたものの、その男の首のチョーカーが魔人族の隷属魔導具だと判明し、早急に〈呪術士〉たちが集められた。〈呪術士〉は数が少ないので、まだ新人のルルディも駆り出される。



 ルルディは初めて騎士団の取調室に入ったが、机と椅子があるだけの殺風景で寒々しい部屋だった。

 三角の耳をへにゃりと下げた若い獣人は、もう全てを諦めた顔で、ブロウの前に膝を折って突き出されている。


 ルルディは獣人族の青年の姿を見た途端、「うわっ、なんてえげつないのを着けられているのよ」と思わず口走った。


「ルルディ、どんなものか分かるか?」

 カロスイッチは“解呪困難な極めて禍々しい首輪”だと直感するけれど、この天才少女にはどう視えているのだろうかと思う。


 手足を魔錠で拘束されているのでルルディは躊躇なく青年に近づく。するとテオドルスが素早く彼女に添った。青年は抵抗もせず逮捕されたらしく、今も暴れる気配はないけれど念のためだ。



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