真実 3
五月のその日は太陽が差して、暖かだった。
それとは真逆に冷えた心で、テアは身支度を整える。
鏡の中の彼女の瞳は、研ぎ澄まされたような硬質さを纏っていた。
手紙で指定された日曜日。
少し早めに昼食をとったテアは、約束の時間に十分間に合う余裕を持って寮を出た。
歩きにくい、と渋面になってしまうのは、普段履くことの少ない高めのヒールの靴を履いているからだ。
相手が貴族らしいので、それなりにきちんとした格好をしなければまずいだろうと、テアは今日の服装を無難にセミフォーマルなものでまとめていた。
相手はもしかしたらもっと格式張ったものを求めているかもしれないが、昼間から気張って改まった格好をする気にもなれず、露出度の低い黒のワンピースに、ショールを肩にかけた形で落ち着いている。
ローゼの手も借りなかったので、化粧も簡単にしかしておらず、髪型もいつもの通り、ディルクからもらったものでまとめてあるだけだ。
それでも、眼鏡の下で彼女は十分に美しかった。
それなのに彼女が他者からの視線を集めないのは、彼女が目立たないよう振る舞う術を心得ているからである。
特に今のテアは――まるで昔に戻ったかのように、と母親と二人きりで生きていた時の彼女を知っている者なら口にしたかもしれない――、人を寄せ付けない雰囲気だった。
正門へと歩みを進めながら、テアはローゼに今日予定が入っていて良かった、と改めて思う。
例の手紙が届けられるより以前から、この休日にローゼは部活の友人たちと出掛ける予定を入れていた。
彼女に何も予定がなければ、こうして一人で出掛けるために何かしら工作をしなければならなかったところだ。
いつも心配をかけてしまうローゼに、これ以上はもう、なるべく隠し事はしたくない。
だがまだ、ローゼに全てを打ち明けることはできないから。
家族のような、親友の彼女は、もしかしたら全てを承知の上で何も知らないふりをしてくれているだけかもしれないけれど――。
行ってきます、と告げて出掛けていったローゼの笑顔を、テアは脳裏に浮かべた。
お帰りなさい、と彼女に告げるためにも、早く帰らなくては、とテアは思う。
帰って来られないという最悪の事態も考えられたが、その可能性を実現させるつもりは彼女にはない。
正門で学生証を見せ、テアは学院の外に出た。
入学試験が終了するまで、不審人物の出入りを防ぐため、学院に出入りする人間は全て記録されているのだ。
さすがにこの警備の目をかいくぐっていくのは無理なので、素直にテアは自身の名が記録されるのを見守った。
テアがたったひとり外に出たことを知ったら、学院長はどんな顔をするだろう、と思ったけれど、どうしようもない。
このことを知った彼が、すぐにでも戻ってきてくれたら相談できるのに――。
などと考えて、多忙な学院長にこれ以上頭痛の種を増やしてどうするのだ、とテアは溜め息を吐いた。
ただでさえテアの入学に関して学院長には迷惑をかけ通しだというのに……。
『……何かあった時には周囲を頼るのを躊躇わないように』
その言葉を思い出しながらも、テアはひとり、歩く速度を緩めなかった。
しかし、指定された場所までは少し距離がある。
テアはこの靴でその距離を歩く気にならず、少しして潔く馬車をつかまえた。
テアは余裕を持って指定された場所に辿り着いたが、迎えはそれよりもずっと早く到着して彼女を待っていたらしい。
午後一時より二十分も早く、テアは誰が寄こしたかも分からない馬車に乗り込んだ。
御者は荒っぽい様子もなく、むしろ丁寧過ぎるくらいの態度でテアに接し、運転も慎重なものだ。
馬車は目立たない外見であったが、かなり金をかけた品のようで、乗り心地は快適である。
どこに連れていかれるのか特に説明はなく、手紙の主の招待も明かされないままだったが、着けば分かるだろうと、テアは何も聞かず大人しく座っていた。
とはいえ、目隠しするでもなく、余計な道を辿るでもなく、馬車はまっすぐに目的地へ向かっている。
目的地を隠すつもりはないようだが、何があっても戻れるように、テアは頭の中に道を叩きこむことに集中した。
その馬車の外からはテアの姿が見えないようにされていて、それが招待主の配慮によるものか、あちらの都合によるものか、たまたまなのか、判断に迷うところだ。
馬車は静かにケーレの街を出、首都の東へ向かう。
馬車に乗っていたのは、三十分かそこらだっただろう。
郊外の自然に囲まれた中に、ぽつりぽつりと貴族たちの別荘が建てられているところがあり、その中の一つの邸の敷地内へ馬車は進んだ。
どうやらテアを招いた相手は相当裕福らしい、と彼女は冷ややかに辺りを見渡しながら考える。
この辺りは貴族が別荘を置くのに人気のある場所だが、購入と維持に莫大な金が必要で、生半可な者では手が出せない土地だと、彼女の知識が教えていた。
半ば強制的なやり方で呼び出されたせいもあるだろう、テアはますます手紙の主に会いたくない思いを募らせる。
もともと、テアは貴族という存在が嫌いだった。嫌悪し、憎悪していた。
オイレンベルクの仕打ちに、そんな感情を抱く以外にどうできただろう。
ローゼやモーリッツに出会い、力強い協力者に出会い、貴族というだけで一括りにできないと、今では若干その感情も薄らいでいるが。
そうでなければ学院への入学など断固として断っていただろうし、フリッツと交流を深めることなどできなかっただろう。
そう、テアの貴族への忌避感はそれほどのものだったのだ。
自身にその血が流れていると考えることさえしたくなかった。
そんな風に、幼い頃に根づいてしまったものは簡単に消えることなく、今も心の奥底でテアは貴族を嫌っている。
だから、こういう、まるで権力や財力を誇示するかのようなものを見ると、テアはどうしても嫌悪感がわいて堪らなくなるのだった。
だからといって、その在りようの全てを否定することも今のテアにはできないのだけれど――。
馬車が停まり、テアは御者にエスコートされて邸の前に降り立つ。
他の別荘の間には、距離と緑の壁があり、互いに干渉しない、されないように工夫されているのが分かって、挑むようにその扉を見上げる。
別荘自体の外観は、地味なものだった。そこまで古いものではないが、新築でもない。手入れはしっかりとされているようで、きれいに整えられている。大きさも、大きすぎると言うことはなく、テアが圧倒されるということはなかった。かといって、小さいという形容詞は当てはまらないけれども。手入れはしっかりとされているようで、きれいに整えられている。
そんな、落ち着いた佇まいを見せる邸の扉の前には、馬車が帰ってきた音を聞きつけてか既に使用人らしい男性が待ち構えていて、慇懃無礼と感じるほどに丁寧に丁重に、テアに頭を下げてみせた。
「ようこそおいでくださいました」
初老のその男は、穏やかだが考えの読めない顔で、扉を開ける。
「主人がお待ちです。どうぞ」
テアはそれに無言で頷き、従った。
外観と内観にギャップがあるのではないか、と思ったがそういうこともなく、邸の中も至ってシンプルにまとめられている。
調度品は華美ではないが品の良いものが揃えてあるようで、邸の持ち主の趣味の良さが窺えるようだ。
やがて、案内人は一室のドアをノックした。
促され、開かれたドアからテアはその部屋に一歩足を踏み入れる。
広い、部屋だった。
部屋の中央にテーブルが置かれ、それを囲むようにソファが設置してあるそこは、応接室のようだ。
大きな窓から差し込んでくる太陽の光が白い室内を照らして、部屋の中はとても明るい。窓の向こうには、小さいけれどもよく整えられた庭が見え、緑が目を楽しませてくれる作りになっている。
その窓を背後にして、男が一人、立っていた。
まだ若い――二十代後半くらいか、とテアは目測を立てた。
母の知り合い、というのでもう少し上の年齢を想像していたのだが、どうやら外れてしまったらしい。
シャープな印象の、整った顔立ちの男だった。
理知的な瞳が、入室してきたテアを捉え、細くなる。
それは、微笑みだった――それなのに、テアは背筋がざわりと粟立つのを感じた。
何だこれは、とテアは警戒心を溢れさせる。
この男が、テアに向けるこれは……、憎悪ではないのか――。
「ようこそ」
テアの警戒を知ってか知らずか、男は愛想良く告げた。
テアの後ろでドアが静かに閉まり、部屋は二人きりの空間になる。
「初めまして。ハインツ・フォン・ベルナーと申します。突然の招きにも関わらず来て下さり、有難うございました。わざわざ足を運んでもらって申し訳ない。こちらから赴くのが礼儀とはいえ、それができませんでしたので」
ゆっくりと男が近付いてくる。
それに、追い詰められるような錯覚を覚えながら、テアは硬く応じた。
「初めまして。テア・ベーレンスと申します」
こちらは招待を有り難く思う気持ちなど微塵もなく、答えは必要最低限のものになる。
そして、そう応じつつ、テアは男の名に驚きと困惑を禁じ得なかった。
ハインツ・フォン・ベルナーと聞いてテアが一番に思い浮かべるのは、彼女の友人であるフリッツ。
フリッツの兄、ベルナー家の当主が目の前にいる男だと聞いても、あまりぴんと来ない。
目の前にいるハインツはフリッツと共通項が見出せないように思えたし、母とどう関わりを持つ人物なのか想像がつかないのだ。
初対面の挨拶を済ませると、ハインツはテアにソファを勧めた。
客であるということからテアは奥の席に座らされたが、ドアから離されたことで逆にますます落ち着かない気分になる。
テアがソファに浅く腰かければ、それを見計らっていたかのように、先ほど案内を務めた男が茶を運んで来て、またすぐに出ていった。
「……お気付きとは思いますが、私はフリッツの兄でしてね。あなたのお名前自体はずっと以前よりお聞きしていました」
男が出ていって少ししてから、穏やかにハインツは話し始める。
ハインツの方がずっと立場は上であるのに彼の言葉が丁寧なのは、彼がテアを客として招いているから、だろうか。
「兄として、弟と仲良くしてくださること、感謝していますよ」
「……いえ」
この人に礼を言われたくてフリッツと友人でいるわけではない。
テアは短く答えたが、それを気にした風でもなく、ハインツは続けた。
「しかし、弟がシューレに在籍していながらお恥ずかしい話ですが、私が学院に足を運んだのは先日のコンクールが初めてでした。それも、弟の演奏と、入賞者の演奏を聴くばかりでしたが――あなたを拝見した時には本当に驚いたものです」
早速、相手は本題に入ってくれるようだ。
テアは相手の言葉に神経を集中させた。
「本当に……、あなたは、カティアにそっくりだ」
はっきりと、ハインツはその名を呼んだ。
ハインツは本当に母のことを知っているのだと、それが分かる口調だった。
当然ながら、テアとカティアの親子関係を彼は疑っていない。
手紙からも分かっていたが、調べられていることを、テアは実感した。
「……卿は、母とはどのようなお知り合いだったのでしょうか?」
「簡単に言い表せば友人……、でした。語弊があるかもしれませんが、幼馴染み、姉弟のような関係でもあったかもしれません。オイレンベルク家の所有する別荘、カティアが療養のためにいた場所のすぐ近くに、うちの別荘もありました。幼い頃はよくそこに赴いていて、彼女と他愛のない話をしていたものです」
なるほど、とテアは思った。
ハインツの言葉に嘘の気配はないし、嘘をついてどうなることでもないから、それは本当のことなのだろう。
しかしやはり、彼は母がオイレンベルクであったことを知っているのだ。
シューレに入学する前、こうしたことを全く考慮しなかったというわけではない。
だから問題は、現在テアが協力者に連絡をとれないことと、目の前の男の本当の狙いが分かっていないことだ。
テアは後者を知るために、男の言葉を聞き続ける。
「楽しい日々でした。彼女は床に伏せることが多く、訪ねて行って会えないこともしばしばでしたが、顔を合わせる時にはいつも明るく朗らかに笑っていたものです。私は随分とそれに励まされてきたのですよ。だからこそ……、彼女があそこから姿を消した時には、人一倍落胆しました」
やるせない表情。
それが本心からのものか、テアには判断がつかなかった。
「オイレンベルク家に尋ねてみましたが、以前より身体の調子が悪くなったので人も設備ももっと整った場所に移ったという答えが返ってくるだけで、彼女の居場所は教えてもらえなかったのです。どうにか会いにいけないかと思いましたが、それ以後は一度も……。彼女は――亡くなってしまった、のですね……」
沈鬱な表情で、ハインツは問うた。
それは答えを知っていてなお、信じたくない事実を確認するもので。
テアはそれに、首肯するしかない。
テアにとってもそれは、頷きたくない現実だったのだけれど。
「ですがまさかこうして、彼女の子に、あなたに会うことができるとは……。彼女は、幸せだったのでしょうね。恋人を得、子どもを得て……。自分は人並みの幸せを得ることはきっとできないだろう、とカティアは言っていましたから。だから私には可愛い恋人をつくって結婚して、幸せになれと……」
その母の言葉は、テアの脳裏にもありありと浮かぶようだった。
誰よりも強い願いを持ったひとだった。
同時に、誰よりも他の人間の幸せを願うひとだったのだ。
「とはいえ、私の方はこの年まで結婚を決められなかったのですが……。それも、この出会いがあるからだったのかもしれません。彼女のあの言葉も……」
「え……」
母のことを思い出し、手を伸ばすことのできないティーカップに視線を落としていたテアは、予期せぬ言葉に戸惑いの声を上げた。
「テア・ベーレンス嬢。今日あなたにここに足を運んでもらったのは、手紙に書いた通りカティアのことを話したかったからです。けれどそれだけではなく、もうひとつ、お願いがあります」
まっすぐにテアを見つめ、ハインツは告げた。
「――私と、結婚してください」
この展開は――予想だにしないものだった。
テアは言葉を失うしかない。
ただ茫然と、ハインツが告げるのを聞いていた。
「突然のことで、驚かせてしまって申し訳ない。ですが、私は本気です。あなたを初めて見た瞬間から、あなたを側にと、思いました」
「……私では、」
テアは真っ白になる頭で何とか言葉を捻り出した。
「私では、卿には釣り合いません。私は――平民です。貴族の振る舞い方も分からない、ちっぽけな子娘です。とても、満足頂けるとは思えません」
「それは謙遜が過ぎるでしょう。あなたは美しい。学業でも優秀な成績を修めていると聞いています。何より、オイレンベルクに連なる女性だ」
「私は……、オイレンベルク家の一員ではありません」
「そうだとしても、その血を引いていることは確かです。いえ、それがなくともあなたの父上も立派な方だ。多少何かを言われることはあるでしょうが、そう気にすることでもないでしょう。私の領民にも彼のファンは多いようですから、むしろ皆喜んであなたを迎え入れるはです」
「……な、にを――」
「本来なら、私もお父上にまずご挨拶すべきだとは思ったのですが、やはり本人に先に話をしなければと考えましてね。私以上にお忙しい方とは存じておりますが、なるべく早い内にご挨拶をさせていただきたいと考えています」
ハインツは、笑顔で爆弾を投げ落す。
その効果を知っていて、彼の獲物を手に入れるために、容赦なく。
「今はどちらにいらっしゃるのでしたか、あなたのお父上は――」
そして、テアの父の名前を、男は、囁いた。
時が凍りついたような感覚を、テアは、覚えて。
それを知るのは、テアを含めてたった六人しかいないはずだった。
テアでさえ、それを知ったのは一年前でしかないその事実を――何故、目の前のこの男が知っているのか。
ひどく動揺している己を、テアは自覚した。
それでも、今はまだ決して明るみに出してはならないそれを、テアは簡単に肯定しない。
「……何を仰っているのか、理解いたしかねます」
「おや、ご自身のお父上のことではないですか」
「母は、父の名は最期まで教えてくれませんでしたので」
「それはまた……。すると、カティアはたったひとりであなたを?」
「そうです」
「では、お父上に会われたことはないのですね」
「ええ」
テアが否定しても、目の前の男はみじんも揺らいだ様子を見せない。
テアの答えも、全てもともと彼の知るところなのだろう。
そう――、この男は、ほとんど全てを知っている。
知った上で、仕掛けてきている。
それが分かって、テアは慄然とした。
「なるほど」
一体何がなるほど、なのか。
見透かすようなハインツの視線が厭わしかった。
テアの顔色が悪くなっているのを分かっているだろうに、彼は鷹揚に笑って続ける。
「いずれにせよ、私はあなたを諦めるつもりは毛頭ありません」
宣言して、男は身を乗り出し、
「私の求婚を……受けて、いただけますね?」
「私は――」
突然のそんな申し出を簡単に受け入れられるはずはないのに、相手は当然のように肯定だけを求めてくる。
テアのことを、知られたくないと思っている事実を知っていると思うからこその、傲慢。
いや、知っていることから来る確信、自信、なのか。
テアが答えられずにいると、ハインツは立ち上がり、ゆっくりとした動作で座るテアに近付いた。
テアの身体が逃げるように後ろに下がり、背中がソファにぶつかる。
男は右腕を伸ばし、テアの左側の背凭れに手のひらをついた。
逃げる道を残しているのは、確信と自信ゆえか。
逃げなければいけない、とテアの本能が警鐘を鳴らしていた。
けれど同時に、まだ逃げてはいけないと、理性が告げていた。
まだこの男は、手札を持っている。
そしてそれを、彼はこの時晒した。
「……もちろん、すぐに結婚しようと言うのではありません。あなたも学院は卒業したいと思っていることでしょう。しばらくは婚約という形で、卒業後に籍を入れましょう。その後もピアノを続けたいのなら、夫として協力は惜しみません。私は海外にも色々と伝手を持っていますから、何かと力になれるでしょう。そうですね、例えば海外メディアにも人脈はあります。このことは国内に留まらず、もっと外に向けて発信してもいいかもしれませんね。あなたにとっても良い宣伝になるでしょう――」
間近に迫った男から顔を背けていたテアだが、はっと顔を上げた。
「もちろん、慎ましいものが良ければそれはあなたの希望通りにいたします。私はあなたが手に入るならばどちらでも構いません」
優しくも、熱烈な愛とも聞こえる言葉だった。
だが、その言葉の意味するところを、明確にテアは理解して、蒼白になる。
「あなたは――あなたは、自分が何を仰っているのか、分かっているのですか」
「もちろんですとも」
心外だと言わんばかりに大げさにハインツは言った。
「私はあなたが欲しいと思った。そのためならばなんでもする。ただそれだけのことですよ」
「……そのために何が起ころうとも構わないと」
その問いに、肯と言う代わりに、ただハインツは笑った。
それにテアは、悟る。
――ああ、この人は、
この人は、あの時の私と同じ――。
そう思って。
静かに、テアの瞳が伏せられた。
「……少し、考える時間を、下さい」
その言葉に、ハインツは笑みを深くする。
「もちろん、今すぐ返事をとは言いません。そうですね……、一週間、待ちましょう。一週間後、同じ時間にまた迎えを差し上げます。その時に、返事を」
「――分かりました」
「できればご自分だけでゆっくりと考えてもらいたいですね。他の人に邪魔されてしまっては、今から少々妬けますから……」
耐えるように、テアはその言葉に頷くしかなかった。




