邂逅 2
木々の中で、オーボエの音色が柔らかに響く。
楽譜の終止線まで辿り着き、フリッツはオーボエのリードから口を離した。
「……大分良くなりましたわね。少し休憩にしましょうか」
その言葉に、フリッツは深く息を吐いて、後ろのベンチに座り込んだ。
その隣に先ほどから腰をおろしている人物をちらりと見て、彼は遠い目で空を眺める。
――なんでこんなことになってるんだっけ……。
彼の隣に座るのは、エッダ・フォン・オイレンベルク。
クンストの四大貴族の一、名門オイレンベルク家出身の女性である。
貴族の出身であるフリッツであっても、本来なら簡単に近付けないような相手。
だがフリッツとは同い年で、今は同じシューレの生徒として音楽を学ぶ身だ。
だから少なくともこの時こうして二人が肩を並べて座るのは、そうおかしなことではない。
とはいえ、入学してからこれまで接点のなかった二人である。
それが何故か現在、エッダがフリッツの指導をしてくれていた。
フリッツが頼んだ、というわけではない。
それならばどういう経緯で、と問われても、フリッツにもはっきりと答えられない。
成り行きで、という答えが彼にとっては一番近い。
シューレに入学して以降、彼女と初めて言葉を交わしたのは、つい最近のことだ。
泉の館の北隣に位置する、緑に囲まれたこの憩いの場で、偶然彼女と出くわした。
前期の試験前辺りから、度々フリッツはこの森の中でオーボエの練習をしている。
それまでは彼も他生徒と同様、練習室を利用していたのだが、試験前の時期、常以上に練習室の確保が難しくなったのだ。
フリッツはベルナー家の別荘から通っている身である。授業が終わってしまえば帰宅してからいくらでも練習できるのだが、授業の合間や休み時間に練習できないということが何度かあって、探し出したのがこの場所だった。
シューレに通うために別荘に移る前、ベルナー家の本邸にいた時は、邸を囲む緑の中で練習することが多く、森の中がどこよりも落ち着ける場所だったということもある。それに、人がいるところで緊張することの多いフリッツにとって、人気のないここは絶好の練習場所だった。
前期試験が終わってから利用は減ったが、気温が高くなって外でも過ごしやすくなってきたのと、院内コンクールが迫って練習室の競争率が高くなってきたことがあって、最近また毎日のように訪れるようになった。
そして、エッダと出会ったわけである。
生徒会役員に就任した彼女が、生徒会執行棟である泉の館に足を運ぶのは当然で、それに隣接する場所で休憩しようとするのに何らおかしいところはないから、彼女との邂逅は必然といえば必然の流れであったのかもしれない。
けれど、こうして顔を合わせることが何度となく続けば、毎回のように助言をくれることが続けば、フリッツとしては不思議に思わざるを得なかった。
――どうしてこんなに熱心にしてくれるんだろう……。
それを問わなかったわけではない。
役員としての仕事もあるだろうに、わざわざ時間を割いてもらって申し訳ないのだとフリッツが言えば、彼女は「お礼ですから気になさらず」と言った。
しかしフリッツには、彼女に礼をされるほどの何かをした覚えはないのである。
――あの時ハンカチを拾ったこと……なのかな。でもあれはどっちかっていうと余計なお世話っぽかったよね……。
そんな疑問をそのままに、エッダは毎日のようにフリッツの練習に付き合ってくれている。
今日もそうで、授業が終わった放課後、いつもの緑に囲まれた中に、二人はいた。
コンクール参加を決めたフリッツは二次審査を無事通過し、後に本選を控える身で、いくら練習してもし足りない時期だ。
彼にも当然指導教官はいるが、エンジュがテアのみ指導しているのとは違い、彼の教官はフリッツの他にも数人を担当しているので、いつもいつも付き合ってもらうわけにはいかない。
だから、エッダがこうして演奏を聴き助言してくれるのは、フリッツにとってはとても有り難いことだった。
何よりエッダの言葉は的確で分かりやすく、二次審査を通過できたのも彼女のアドバイスがあったおかげだと、フリッツは思っている。
けれど、こんなにも彼女に甘えてしまっていいのだろうかと、どうしてもその思いは拭えない。
――僕の方こそちゃんとお礼しないと……。本選が、終わったら……。
本選が終わって入賞できたら、とフリッツはオーボエを持つ手に力を込める。
テアに、告白するんだ。
コンクール出場を決め、テアもコンクールに参加するのだと知った時に決めたことを改めて思って、フリッツの身体に力がこもる。
でも、と次いで彼はかすかに苦笑を浮かべた。
フリッツの決意を知れば、隣に座っているエッダはどんな顔をするのだろう。
フリッツはエッダのことを直接にはほとんど知らない。
けれど、上に立つ存在である彼女のこと、人の注目を集める存在である彼女のことは、わざわざ耳を澄ませずとも自然に話に聞いたし、視界に入ることも度々だった。
だから、分かっていることもいくつかある。
その一つが、エッダがディルクに向ける想いだ。
エッダがディルクの婚約者候補であったことは誰もが知っているような話である。ディルクが宮殿を去り、その関係が白紙になってもエッダはディルクを追うようにこの学院に入学し、彼女の恋情は誰もが見て取れるようなものだ。その愛情を家族に向けるものに近いものだと勘違いしていたのはおそらく、その感情の行く先にある人物くらいのものだろう。
そんな彼女が、二期連続でディルクのパートナーとなったテアのことを気に入るはずがない。
一見、眼中にないように、ライバルにもならないと言うように、エッダはテアの存在に見事な澄まし顔だが、不用意に口に出してしまえば、藪をつついて蛇を出すような真似になる、とフリッツは思っていた。
何より、近くで見ていれば分かる。
ディルクが誰よりも好意を寄せる相手は、テアだ。
ディルクは基本、誰にでも優しい。
そう、誰にでも優しく――ゆえに、誰も選ばない。
誰にでも同じということは、特別がいないということ。
ディルクはこれまで自分の周りに線を引き、一定の距離を超えて人と近付かないようにしていたのだと、テアが現れてようやくフリッツはそれを知った。
そして、これまで誰も選ばなかった彼が、唯一選んだのが、テアなのだ。
ディルクはディルクで、これまでと同じ、誰もに優しいように見える。
テアにも同じように優しいように見える。
けれどフリッツは知っている。
テアが危機に陥った時、これまでにない険しい表情を彼が見せたことを知っている。
彼女のために走っていった背中が、怒りを宿し、冷静さを欠いていたことを、知っている。
それに、時折フリッツは感じることがあった。
背中がぞくりとするような、ディルクの視線を。
最初は勘違いかと思った。
だが、違う。
ディルクはおそらく、いや、きっと――嫉妬、していたのだと思う。
それを感じるのは、テアといる時だけだったから。
それは、フリッツにとって恐ろしくもあり、同時に光栄なことだった。
自分がディルクほどの人物の嫉妬の対象になるなどと、これまでなら考えられないことだったはずだから。
少しは誰かに認められるような人間になれたのだと思えた。
テアに近しい人間だと告げられているようで、嬉しくもあった。
けれど同時に、敵うわけがないとも思っていた。
自分が彼のライバルになんて、おこがましいと、思っていた。
――だけど、やっぱりそれだけで簡単に諦めてしまうのは、嫌だ。
この恋が報われないことは、知っている。
ディルクだけではない、テアも、ディルクのことを想っている。
その想いを変えられるなんて、思わない。思えない。
それでも、こんな自分に対して「立派だ」と、「誇りに思っていいのだ」と、そう言ってくれたテアを簡単に諦めてしまうなら……それこそ、今までと同じだ。
変わりたいんだ、とフリッツは強く思っていた。
こんな自分を励ましてくれ、認めてくれた彼女の前で胸を張っていられるように。
彼女の言葉通り、自分のことを心から誇れるようになりたい。
これまでと同じように自分は駄目だからと、卑屈になって、簡単に諦めることだけは、したくなかった。
だから、フリッツはコンクールでの入賞を目指している。
テアとディルクと同じところに立ちたくて。
そうしなくては、想いを告げる資格もないように感じて。
それに、友人という関係に浸り、甘えているフリッツには、そんなきっかけが必要だった。
フリッツの告白は、テアを困らせるだけかもしれないけれど……。
思わず溜め息を吐いてしまうと、隣から声がかかった。
「そんな大きな溜め息を吐くほど疲れてますの? 今日は止めます?」
「え……っ、あっ、ごめん! 色々考えてたらつい……」
そもそも最初はエッダのことを考えていたのだった、とフリッツは思い出した。
テアの名前は、やっぱり出さない方がいいんだろうな、とフリッツは隣に座る美貌の主の方を向いて、思う。
――僕が分かるくらいだから、きっとエッダもディルクさんの気持ちに気付いてるはずだと思うけど……。
もしかしてあの時の涙の理由はディルクに関わることなのだろうか、とフリッツは考えた。
だが、そんなことを直接聞けるわけもない。
「別に、構いませんわ。本選もすぐですものね。考えることは多いでしょう」
「う、うん……」
フリッツは誤魔化すように頷き、立ち上がった。
「そろそろ再開するよ。あんまり休憩してばっかりだと、余計なこと考えちゃいそうだ」
「あなたは特に、そういう性質ですわよね」
からかうように上目遣いで笑ったエッダに、少しだけフリッツはどきりとする。
そう言えばいつも、ここで練習する時は彼女と二人きりなのだと、彼は明確に意識した。
エッダを講義棟などで見かける時は、いつも誰かしら彼女に付き従っているのに。
やはりエッダのような人でも、供をつけないでいる時があるんだな、と妙に感慨深くフリッツは思い。
――やっぱり僕、余計なこと考えすぎなのかも……。
「じゃ、じゃあ、さっきのところから……」
そう告げて、意識を切り替えるように瞳を閉じ、フリッツはまたリードから息を吹き込んだ。
そんな風に練習に打ち込んでいれば、コンクール本選へ向かってあっと言う間に日々は過ぎていく。
特にシューレの音楽コンクールは他のコンクールに比べ、短い時間の中で一次審査から本選まで行われるから、本当に瞬く間といった形容が似合う。
コンクールは四部門に分かれていて、その本選は四日間に渡るが、一日目が声楽部門、二日目が弦楽部門、三日目が管楽部門、四日目がピアノ部門となっている。
入賞者の発表は全てが終わった五日目の朝で、その夕方には入賞者によるコンサートが行われるという、何とも慌ただしい、というよりも出場者にとって、それから主催者にとっても鬼のような過酷なスケジュールだ。
そして、管楽部門の本選四日前。
面窶れしたように見えるフリッツが、授業を終えて講義棟から出てきた。
コンクールが迫っていても授業は当然のようにあるので出席せねばならず、けれど全く頭に入って来ない講義を聞き流してきたばかりの彼は、疲れたような目をこすりながら、練習棟へ向かう。
そんな彼を、複数の視線が追いかけていた。
管楽部門でコンクール本選に残ったフリッツには少なからず生徒たちの関心が集まっていて、二次審査合格後はライバルの視線を痛く感じていたフリッツだった。
しかし今の彼はもうそれをいちいち気にしてなどいない。気にするほどの余裕は、今のフリッツにはなかった。
だがそれは悪い意味でのものではなく、ただとにかく、今のフリッツの頭にあるのは音楽、だったのだ。
演奏に集中している自分を、フリッツは自覚していた。
だが、それでも。
その二つの姿は、練習棟に向かうフリッツの目に当然のように飛び込んできた。
「あ……」
教員棟から出てきたのは、テアと、それから、彼女のパートナーであるディルクだ。
おそらく、教員棟の練習室を使用して練習してきたのだろう。
首席特権の首席用練習室が教員棟にあることはテアに聞いて知っていたから、フリッツにはすぐにそうと分かった。
テアもディルクもコンクールに出場し、本選まで残っている。
入賞すれば二人で演奏する機会が与えられるし、何よりもまず二人はパートナーである。練習を共にしていても何もおかしいことなどない。
彼らとは少し距離があったので気付かれず、フリッツが見つめる前で、二人は二、三言葉を交わすと、手を振りあって別れた。
いずこかへと向かっていくディルクの背中を、立ち止まったまま見送るテアの姿に、フリッツの胸が締めつけられるように痛んだ。
二人が想い合っていることを、フリッツは知っている。
けれど二人は、所謂恋人同士の関係ではないのだという。
どうしてあんなに近くにいるのに、手を伸ばさないのだろう。
そうしてくれたなら、もっと簡単に諦めることができたのに。
そんな、自分本位なことを思って、フリッツは奥歯を噛みしめた。
これでは駄目なのだと、分かっているのに。
――僕は、諦めたいんじゃない。
ただ、臆病なだけなんだ……。
だから、言えない。
ほんの一瞬でも、そんな、切ない表情を浮かべるテアを見たくないなんて。
ここに、君を想っている僕だっているんだって。
今は、言えない。
だけど……。
フリッツは首を振り、意識を切り替えた。
「……テア」
少しの間足を止めていたフリッツだが、足早に歩き出すと、先にいるテアに向けて控えめに声をかけた。
「フリッツ」
テアはすぐフリッツに気付き、顔を綻ばせる。
「授業終わったんですね。課題、出ませんでした?」
「大丈夫だったよ」
答えるフリッツは普段通りの彼だった。
「コンクール直前でもレポート出すのとか、もうホント、止めてほしいよね。本選出場者には免除してくれる先生もいるらしいけど、容赦ない先生の方が多いしさ」
「私は今からその容赦ない先生のレポート課題のために図書館です……」
「うっわー……、ご愁傷さま」
フリッツは心の底から気の毒がった。
テアのことだからレポートなどさっさと仕上げてしまいそうであるが、今はフリッツと同様、コンクールに集中したい時だろう。
「まあでも、今の今まで練習していたので、息抜きと思うことにしています」
「レポートを息抜きと言えるところが、テアのすごいところだよね……」
「すごくもなんともないですよ……。それはもちろん、ピアノは弾いていたいですけど、サイガ先生のスパルタが、スパルタ中のスパルタで、スパルタの最上級過ぎて、つまり、スパルタなので、それすら息抜きになるくらいなんです」
若干テアの目が据わっている。フリッツは少しばかり後ずさった。
「う、うん、とにかくサイガ先生が相当なスパルタだってことは分かったよ。大変だね……」
その労いの言葉に、テアはいつものように微笑んだ。
「フリッツは、これから練習ですか?」
「うん。伴奏者と合わせるんだ」
「だからいつもの方向じゃないんですね」
「う、うん」
その言葉に、フリッツは少しどきりとした。
フリッツがシューレの敷地内の森の中を練習場所として気に入って使用していることは、彼女も知っている。
だがフリッツには、テアに伝えていないことがあった。
それはもちろん、エッダにアドバイスをもらっていることである。
言わない理由は、エッダの前でテアの名を出さない理由と同じだ。
多分であるが、テアもエッダのことを快く思っていないだろうと見当がついたからである。
フリッツはテアの口からエッダの名が出るのを聞いたことがないし、テアがエッダに関して何かしらのアクションを起こしたところも見たことがない。
それでも、一時エッダはディルクの婚約者候補であったわけであるし、学院でもエッダとディルクの関係は何度か噂になったことがある。
ディルクへ想いを寄せるテアからすれば、エッダの存在は好ましいものではないだろう。
そんなエッダを頼りにしていると知られれば、テアのフリッツへの態度も変わってしまうかもしれない。
そう思ってしまえば、言えるはずもなかった。
だが、フリッツのそんな思いを他所に、テアは唐突に爆弾を投下してきたのである。
「ああ、そういえば、先生、という話でフリッツに一度聞いておきたかったことがあったんでした。……エッダ・フォン・オイレンベルクのアドバイスはどうですか?」
「――え」
一瞬、フリッツはテアが何を言ったのか分からなかった。
いや、聞こえたし分かったのだが、理解し難かったと言った方が正しい。
何秒か後にようやくフリッツはその言葉を理解して、目を見開き蒼くなった。
「な、なんで知って……!?」
「たまたまです」
微笑んだテアの事情を、フリッツが知る由もない。
テアはフリッツの知らない理由からエッダを警戒し、その動向を把握していたし、自分の事情に巻き込まないよう、守る意図からフリッツのことも気に掛けていたのだ。
だから彼女は、知っていた。
これまで何も言わなかったのは、下手に口出しをして逆にフリッツを妙なことに巻き込まないようにするためだ。
何より、エッダの行為に悪意を見つけられなかった。
疑念を覚えてはいたが、エッダは善意でのみ行動しているように見えたのだ。
あの試験での勝負以来、彼女は本当に約束を守っているようなので、あまりピリピリする必要はないかと、だから見守っていた。
「そんなに驚きました?」
「えっいや、えーと……」
思ったよりテアが平然と、いつも通りに微笑んでいるので、フリッツは戸惑った。
考えすぎだったのかな、と思って、今度は赤くなる。
「フリッツの調子も随分いいみたいですし、良いアドバイザーなのだろうと思ったんです。ピアノもかなりのものみたいですけど、そういう才能もあったんでしょうね。それがちょっと意外で、少し興味が。気を悪くしたのなら謝ります」
フリッツがエッダのことを黙っていたのは、言い出すきっかけがなかったのか、もしくは、同い年の、しかもピアノ科の生徒に助言されているというのは言い辛いことだったのだろう、とテアは勘違いしており、フリッツの意図には全く気付いていなかった。
「あ、ううん、全然、いいんだ。ちょっとびっくりしただけだから……。でも、そう、だね。正直、すごく助けられてるよ。二次審査通ったのだって、多分、エッダのおかげだから……」
「彼女の助言を生かして、あなたが努力したからですよ」
「同じようなこと、エッダにも言われたよ」
フリッツは苦笑して言い、テアは若干口元を歪ませた。
テアにとってはあまり嬉しくない言葉だった。
「……とにかく、フリッツがそう言うなら、やはり大丈夫、なのでしょうね」
「え?」
フリッツを巻き込むようなことにはなっていないようだと、彼の反応からも確認できたテアは、懸念を晴らし笑った。
「いいえ。それより、引き止めてしまいましたが、時間は大丈夫ですか? 伴奏者の方がお待ちでは……」
「うん、大丈夫大丈夫。待ち合わせ時間、結構余裕持って設定してあるから。でも、そろそろ行くよ」
「はい。それでは、お互い、頑張りましょう」
「うん。サイガ先生がいくらスパルタでも無理しないようにね……」
「はい。……正直、コンクール本番より日々のサイガ先生のレッスンの方が余程恐ろしいのですが……」
テアにとっては笑いごとではないのだろうが、少しおかしくて、フリッツは笑った。
「じゃあ……、今度会うのは、本選中になるかな」
「ええ」
二人は頷き合い、目と目を見交わせて互いに励まし合うと、それぞれの目的地へと足を向けた。
テアと別れたフリッツは、決意も新たに、さらにコンクールへ向け練習に力を入れる。
学院では、そうして充実した時を過ごしたフリッツだったが――。
その日、帰宅して彼を待ち受ける知らせを、この時の彼はまだ、知らないのだった。




